プロローグ2 友人、冬部サナには何やら事情があるようで・・・
やがて私たち姉妹はファミレスに着いた。
サナが先に着いていたから、受付をスルーしてサナのもとへ。
ちなみに私たち姉妹はここの常連みたいなもので、結構な頻度でこのファミレスには来ている。家から近いから。
まあ、常連だからなんだという話なんだけど……。
だって別に、常連だからってサービス変わんないもん……。ファミレスだから、しょうがないよね。
席に到着。サナは既にドリンクを飲んでいた。緑色のジュースだ。おそらく、というか十中八九メロンソーダだよね。サナの好物らしいしね。
「喉が乾いてきたわ。私たちもジュースを頼もうかしら」
「私、ジンジャエール」
サナが吹いた。お姉ちゃんがくすりと笑い、指摘する。
「ここドリンクバーよ」
「……あっ//」
恥ずかしくなり俯く。頬が熱くなっている。
「あっ」
サナが、時計の方を見て声をあげた。時刻は11時。
「少し早いですが、昼食も一緒に食べませんか?」
サナの提案にお姉ちゃんは指をぱちんと鳴らした。
すると私のお腹が鳴った。
また、お姉ちゃんがくすりと笑い、サナが吹き出し、私が赤くなる。
そしてお姉ちゃんは言った。
「妙案ね。そうしましょう」
実兎、メニュー取って。てな感じの、お姉ちゃんからのアイコンタクトに、私はコクりと頷き、メニューを手に取り開いた。お姉ちゃんがお尻を動かし近付いた。二人で肩付けメニューを見る。
「仲良いですよね。お二人」
サナがぽつりと言った。
「ん?」
お姉ちゃんが疑問符。
「ああ、いえ私には姉妹がいないものですから」
「あー……」
なんか暗雲がモクモク発生して微妙な空気になっていってる気が……。
「あ、気にしないでください! 今は実兎さんも居ますから!」
「サナ……」
サナに妹だと思ってる的なことをさらっと言われて、私はとっても嬉しかった。なんだかポワポワとした気持ちになった。
すると、サナが切り出す。
「さあ、それよりもランチ楽しみましょう!」
『だね』
これ以上空気を悪くしてはサナにとってもよくないだろうし、私たち姉妹はそう答えて、メニュー表を再度眺め始めた――。
そうして十五分が経過。
とにもかくにも、私たち
ちなみに、私はパスタを注文、ミートソースがかかったやつを食べて、うふふな感じ。お姉ちゃんはドリアを食べてご満悦。
そしてサナはというと……パエリアなんて小洒落たものをお上品に食べていた。
お腹一杯になったところで始まったのは女子会である。
女子会。もちろん看板に偽りはない。つまり女子しかいないといえど、こういうのを青春を
まあ、友人は青春に欠かせないもので、友情は青春のスパイスとなるはずだし。
――ん? そういえば、お喋りしていたはずのお姉ちゃんが、いつの間にか静かになっているような……。
お姉ちゃん、急に黙りこくっちゃった……。一体、どうしたんだろ……と、私が隣に座っているお姉ちゃんのご尊顔を横からチラ見する。
そしたら、お姉ちゃんはサナの前にあるパフェの辺りをじっと見ていた。
お姉ちゃんの視点はパフェの辺りに完全に固定されていたの。
これはもはや、見詰めているといってもいいレベルかもね……。
お姉ちゃんったら、ぼーっとしちゃって、パフェに恋でもしたのかな……?
そうして。ついでのようにお姉ちゃんの目から得られる情報を元に、お姉ちゃんの気持ちを推察することにする。
こう言っちゃなんだけど、お姉ちゃんって意外と単純なところがあるんだよね……。
だから、顔や目に感情が現れやすくって……。
私は、そこからある程度気持ちを読み取れてしまうの。
目は口ほどにものをいうとはいうけれど、私は妹だから尚更なのかな。お姉ちゃんの心を読み取るのはとってもたやすかった。
つまりこれは。お姉ちゃんに対する愛が成し遂げた愛の力ということ! というのは冗談のつもりだったけど……、
――あれ、わりとガチかも? お姉ちゃんの事が好きすぎて、芽生えた才覚ってやつなのかな?
まあいいや……、それは置いといて、放置プレイ。
ええと……、今回のお姉ちゃんはどんなことを考えているのかな? ってな感じに私は、まるでお宝を査定する人かのように、まじまじとお姉ちゃんの顔を見た。
そしてピコンッと私の脳裏に浮かんだのは、
――あっ、もしかして、あのパフェを食べたくなったのかな?
という推測。
そう私に推測させた要因は、サナのパフェを見るお姉ちゃんの目が、すっごく物欲しそうな目だったから。
お姉ちゃん、わっかりやす!
お姉ちゃんを
お姉ちゃんが惚れたパフェはどんな感じのやつなのかななどと思いながら、私はパフェを観察する。
そしたら、そのパフェはいちごがふんだんに使われていることがわかった。まあつまり、いちご盛りだくさんないちごパフェ。
けど……。なんか、私とお姉ちゃんがこの間二人でここに来た時に食べた既存のいちごパフェとは何かが違う気がする。
なので、メニューを手に取り、指をいれ、デザートの項目が載っているページを見事一発で開き、見た目が合致するものを探してみる。
そうして、――おっ、これかな――と、サナが食べているのと同じビジュアルのパフェを発見。
パフェの写真の傍に書かれている説明文をふむふむと読む。
そしたら。どうやら、サナが食べているパフェはこのお店の新メニューらしい。――ということがわかった。
既存のイチゴパフェとは、使っているイチゴが違うとのこと。
そして、私は目敏く気付く。――あと、デコレーションもちょっと違うね。――と。
――なるほど、なるほど、なぁーるほど。
私はパフェを凝視しながら動きをともわない頷きをする。
私から見ても、サナが注文したそのパフェは、とっても美味しそうに見えたから。
加えて、期間限定! という飾り文句。――これが憎い!
期間限定。その文句が、より一層、パフェを美味しそうに引き立てている。
――期間限定なら私も注文したかったなぁ……。気付かなかったよ……。がっくし。
そう項垂れたけど、気を取り直し私はサナをちらりと見る。
サナってば、すっごい美味しそうに食べてるなぁ……。
サナは、パフェが、よっぽど絶品なのか舌鼓を打ち、しかも、「うーん、おいすぃーと♡」とか言いそうな感じで、頬を
そんなサナの様子を見ていると、つられて私まで食べたくなってしまい、思わず、「一口分けて」と言いそうになった。
なんとか
そんなこんなで。私、あとお姉ちゃんはサナのパフェに目線を
すると、サナがきょとんとした顔をしながら首をかしげる。
その視線はお姉ちゃんの方へと向いていた。
「柚月さん?」
サナがお姉ちゃんに声を掛けた。
どうやらサナも、自分が食べているパフェを見るお姉ちゃんの様子に、気付いたみたい。
サナの幸福に満たされていた表情は、お姉ちゃんのそんな態度への興味により、たちまち不思議そうな表情へと変化する。
お姉ちゃんの真意を探るようにサナは、お姉ちゃんの顔を観察し、考える素振りを見せる。
やがて、サナは「あっ」と小さく呟く。――お姉ちゃんの真意に、思い至ったのかな?
まあ、とにかくサナは、パフェを食べる手を止めた。
そして、スプーンをパフェに突き刺し、固定して――、
「食べます?」
お姉ちゃんに向き直って、そう問い掛けた。
どうやら、気を利かせたということらしいね。
まあ、あんな風に見詰められたら条件反射的にそう言わざるを得ないかもだけど……。
――けれど、サナのそんな問いかけと同時に、
「ねえ、サナ、そのパフェ、一口くれない?」
お姉ちゃんもそう言葉を発していた。
「ええ、いいですよ」
サナがにっこりと微笑み
すると、お姉ちゃんは右手を後頭部に当て髪をわしゃわしゃして、
「あはは、見てたのバレバレだったかー」
などと言いながら、ちょっと照れくさそうに軽快に笑った。
そんな様子を見て内心で私は――バレバレだったよ、お姉ちゃん……。てか、あんな顔してたらバレるに決まってるよね……。――などとツッコんだ。
「今のはわかりやすかったですよ。実兎ちゃんもそう思いますよね?」
サナが私に急に振って来た。ピクリとした私は、顔を隣のお姉ちゃんに向けた。
「うん。お姉ちゃん、顔に出すぎだよ」
お姉ちゃんの顔を見ながら苦笑いを浮かべつつお姉ちゃんへと向けた言葉を、サナからの振りの答えとする。
「そっかー」
お姉ちゃんは私を見てにんまりし、大して気にしていない風に、私の頭を撫でてきた。
「お、お姉ちゃん……」
私は困った風を装おうものの。お姉ちゃんとのスキンシップを取ることに対しては、満更ではないため心中では喜んでしまっていた。
やがて、お姉ちゃんが名残惜しそうに私の頭から手を離した。
そこで私は、ふと私とお姉ちゃんの違いについて考える。
お姉ちゃんはすっごく単純でわかりやすく、外に出る感情も豊かといえる。
それに比べ私は、あんまり感情の放出が得意でなく。「おとなしい方」だと皆から評される。つまり私は心の内に
そんなことをぼんやりと私が考えていたら、いつの間にか、サナがパフェをスプーンで
「では。どうぞ、柚月さん――」
至極自然な動作でパフェを掬ったスプーンをお姉ちゃんへと向ける。そして、一言付け加えた。
「あーん」
「――えっ!?」
お姉ちゃんが唐突な『あーん』に対し、驚いたかのように目を見開き。そして、わわわって感じで、両手を口元へ。
――私も『あーん』にびっくりした。だって、『あーん』だよ! 『あーん』!! しかも、今の今まで自分の口に入ってたものを差し出したんだよ! それってつまり……、間接キスというやつじゃん!! あわわ……。
目の前で繰り広げられる『あーん』という名のやり取りに――、
私の胸が早鐘を打っていた。なぜなのかな……、見ているだけなのにこっちまで恥ずかしくなってくる……。
「あーん」
有無を言わさぬ迫力で『あーん』を連呼するサナ。
二人の視線が絡み合い、始まる攻防。
――攻めのサナに、受けのお姉ちゃんという構図だね……。
そう思ってしまうと、なんだか、エロチックな感じに見えてしまう……。
サナの攻めに、受けとなったお姉ちゃんは、複雑そうな表情をしながらも、沈黙している。
お姉ちゃんの様子から見るに、食べたい気持ちはあるっぽい。けど、障害に阻まれているといった感じのようだった。
そこでふと。私は――あっ。――って感じで気がついた、
ほんのりと、お姉ちゃんの頬が朱に染まっているのに。
そして、私は勘づいた――ははーん。間接キスを気にしてるんだなぁ……。――ってね。
つまりね。お姉ちゃんは、私と同じように間接キスの事でも考えていそうな様子だったんだよ。やーらし。
そんな風に。傍観者として、二人の攻防を眺めていたら――、……ん? と心の声が出る。くいくいと服を引かれる感覚がしたから。
反射的に顔を向けると、私の横腹の辺りに、お姉ちゃんの手があった。
つまりね。お姉ちゃんの手は私の服を掴んでいたんだよ。
「どうしたの?」
私はお姉ちゃんに声を潜めて聞いた。
「……ちょっと実兎、なんとかして」
お姉ちゃんは私に、私と同じくらいの、いや、それ以上に小さな声で助けを求めてきた。
――でもそれは、無茶振りだよ……。サナの『あーん』を止める術は私にはないし。
なお、お姉ちゃんは、心底困っているという目をしていた。さしものお姉ちゃんも『あーん』をされるというのは、恥ずかしいらしく、たじたじなご様子。
あと。周囲の目も気にしてるのかな? キョロキョロと辺りの様子を伺っている。
私は助けを求めるお姉ちゃんに、
「私に助けを求められても……」
と、言外に『困る』というニュアンスを
――だって……しょうがないよね……。助けてあげたいのは山々なんだけど……、私には自分がお姉ちゃんの身代わりになる。という案しか、この状況の打開策が思い浮かばない。
でもそれじゃあ、望み薄なんだよね。
サナが、私の次はお姉ちゃんに向けても『あーん』するよ! と、なったりしたら、結局お姉ちゃんが『あーん』されるという結末に行き着くし……。
それに、私だって……、誰かに見られるかもしれない場所で『あーん』されるというのは、ちょっと恥ずかしいよ……。
そんな私の返答に顔を歪めたお姉ちゃんは、
「役立たずぅ……」
「そう言われても……もうどうしようもないし……、恥を捨てて『あーん』されるしかないんじゃないかな、お姉ちゃん?」
ちょっと
するとどうだろう。お姉ちゃんは、みるみるうちにテンションを落としていき、落ち込んだ雰囲気を漂わせ始める。
「実兎は、お姉ちゃんを見捨てるのね……」
ひどく落ち込んだ調子のお姉ちゃんは、今にも泣き出しそうな目をして、そう呟いた。
人聞き悪いこと言うなぁ……と私はため息、困り果てる。
そして、そんなお姉ちゃんに対し、私は思わず、
「『あーん』くらいで、
という発言をしてしまった。
――あっ! これは失言かも!! とすぐに気付く。
ナイーブになっているお姉ちゃんに対しては、言うべき言葉ではなかったかもしれない……。軽率だったかも……。
――などと、後悔したのも束の間。
私のそんな発言に、お姉ちゃんが目くじらを立てる。
「くらいって何よ!? 公衆の面前でそんなプレイ……、恥ずかしいじゃない!!」
ガタンッと立ち上がり、そう声を張り上げるお姉ちゃんは、ひどく
そんなお姉ちゃんは目立ちに目立ち、他の客の注目の的となってしまう。迷惑そうな顔で視線を集中されると、お姉ちゃんはぺこぺこと謝った。そして再度お座り、両手を膝に乗っけて、めっちゃ恥ずかしそうな顔をした後、しゅんとする。あらあら……、お顔を真っ赤にしちゃって、なんともまあ、可愛いらしいこと。
そうやって、しどろもどろになるお姉ちゃんに、
「……まあ、頑張って」
と、私が肩をポンポンしてエールを送った。お姉ちゃんには悪いけど、『あーん』の生け
するとお姉ちゃん。お顔を前に出しながら私を恨みがましげに見た後、お顔を引っ込めて、
「ぬぐぐ……」
と、
――正直、お姉ちゃんにそんな目を向けられるのは、結構しんどい。
「そんな目で見ないでよ……」
と、悲壮な声で返してから、心の中で(もう……、どうすればいいの……)と困惑する。つまり私は、すっかり対応に困ってしまったというわけなの。
私たち姉妹がそんなやり取りを秘密裏に(あからさますぎて、バレてそうだけどね……)
――にしても、サナがあれだけ軽快にスプーンを動かしているのに、よく乗っているものが落ちないものだなぁ……。
私は何か魔法的な力が働いているんじゃないかと疑った。
……まさか、ね……。
そして。改めて、眼前で繰り広げられている阿呆みたいなやり取りを見て。――ああ、平和だなぁ。――なんて思うのだった。
「柚月さん、いい加減に観念して、私に『あーん』させてくださいよ……」
「とはいってもね……」
そうして、どのくらい、そんなくだらないことを繰り広げていただろうか。
――突如、サナがスプーンをピタリと止めた。
そしてお姉ちゃんを、じー、という感じに、その
それは無言の圧力となり、
大きな大きなプレッシャーに当てられたお姉ちゃんは、あとずさろうと両手をソファーの座面に付けてお尻を動かす。……だけどまあソファーだからね……、後ずされずに、背中がすぐコツンとする。
やがて――、
「……ああもう! 仕方ないわね、わかったわよ……」
お姉ちゃんは両手で髪をわしゃわしゃし、そして、己の不幸に嘆くようにそう言った。それは分かりやすくいうと、お姉ちゃんが折れたということ。
――よって、この『あーん』を巡る攻防の軍配は、サナに上がった。ぱちぱちぱち。
「すればいいんでしょ、すれば……」
お姉ちゃんは諦めムードでそう続けた。
そんな様子のお姉ちゃんにサナはにっこりとご満悦。これぞまさしく、勝者の笑み。
そうして。サナはお姉ちゃんに差し出すようにスプーンを向け、
「では――、あーん」
サナがパフェを、改めてお姉ちゃんの口の前へと持っていく。
対して、追い詰められたお姉ちゃんは、ドギマギしているご様子。予防注射を受けるときかのような緊張を覚えていると思える。
そして、お姉ちゃんは胸を抑え、一旦すぅぅーと呼吸を整え、満を持して、
「あ……あーん」
と、言いながら口を大きく開くのだった。
サナはにっこりした。川の水の流れを表すかのようにスプーンを動かしお姉ちゃんのお口に投入。投入されたお姉ちゃんはお口を閉じてパックンちょ。
つまり、お姉ちゃんは有無を言わさぬサナの圧力に根負けし、無理くりにパフェを口へと運ばれることとなったいうわけで、そうして、お姉ちゃんのお口に投入されたのは、掬われたパフェの内容物が乗ったスプーンということ。
――今、私の眼前で女の子同士の『あーん』が行われている。
は、はわぁ……。女の子同士で『あーん』って……。――そんな未知との
今の私、たぶんお顔真っ赤かな……。とろけちゃいそうだし……。
実をいうと、お姉ちゃんとは『あーん』を何度かしたことがある。けれど『あーん』を、自分たちでするのと、してる様子を見せつけられるのとでは、全然違ったの。
パフェという糖分を注入されたお姉ちゃんは「こ……これは!!」という感じに、目を見開く。そして、お姉ちゃんの目は輝いて、味わうかのようにお口モグモグ動かした。
やがて、お姉ちゃんがお口を開くと、サナがスプーンをお姉ちゃんの口内から引き出した。
そうして、お姉ちゃんのお口から出てきたスプーンは、てっかてっか、舐め取られたかのように綺麗だった。
そんなこんなで『あーん』は終わり、
「――美味しいですか?」
うっとりとしたお姉ちゃんに、サナはにんまりとして感想を訊く。
めっちゃ笑顔のサナを見て、私は――この状況を楽しんでいるのかな……?――などという、感想を抱く。
お姉ちゃんはというと、
「美味しかったわ……、……よ」
歯切れ悪くそう感想を言ったのだった。
そして。そんなお姉ちゃんは、パフェの甘さよりも、照れが勝ったようで顔を真っ赤に染めあげ、周囲をチラチラと気にしていた。
――
私がお姉ちゃんのそんな一面に
「よかったです。実兎ちゃんもいかが?」
と、サナに微笑みかけられる。
ご指名がかかちゃった……。
え……? 私も巻き込まれる感じ……。――と、私はたじろいだ。
そして、うーんと熟考する。『あーん』されて恥ずかしい思いをする、断って嫌われる、を
そうして出た結論は――
「……うん」
断ったところで断りきれずどうせ押し切られるし……、正直食べたいし……、で、仕方なく私はそう答えた。
私の返答にサナは満足したようににっこりし、スプーンで再びパフェを掬って、そして――
「どうぞ――あーん」
それを私へと送ってきたんだよ……。
あっ、やっぱり『あーん』されちゃう感じ……、普通に食べさせてもらう可能性もあるかなと思ったんだけど……。
『あーん』については、拒むだけ時間の無駄だと悟る。ここは
「あ……あーん」
そう言ってお姉ちゃんと同じようにパフェを放り込まれた。モグモグ味わう。――すっごくあっまい!――と目を見開き、大いに満足した。
サナが私の反応ににこにこし、私の口からスプーンを抜く。
サナに『あーん』されるのって、めっちゃ恥ずかしいよ……。お姉ちゃん相手だったなら、ここまで恥ずかしくはないのに……。――と
そして。私は悟った。
私は二人と間接キスをしたんだ……。――と。
そう。つまり、サナ、お姉ちゃんと二人の口内を経由したスプーンを、さらに咥えたということになる。
お姉ちゃんとサナを順繰りと見た私は両手で顔を覆い、「うぅ……」と唸るのだった。
結論を言うと、サナから『あーん』されたパフェはとっても甘くて美味しかったよ。
――それはさておき。
唐突な『あーん』のせいで逸れたので、おさらい。
私はお姉ちゃんとサナとで、お茶を飲んでいる最中なの。
こうして二人とお茶を飲めるのは幸せ。
私たちはテーブルを挟み並んで座っている。
そのテーブルの上には――お姉ちゃんの前にはアイスティーとティラミス。私の前にはジンジャーエールとチョコレートケーキ。サナの前にはメロンソーダとパフェ。――があるよ。
ちなみに、私たち姉妹とサナとの位置関係についてはこう。
私たち姉妹が
サナの隣にもう一人座らせてあげたいけれど、三人という奇数で、仕方なくこういう配置になってしまうんだよ……。
お姉ちゃんと私は一緒に横に並んで座るのが、いつものパターンだから、仕方ないよね……。
もし、サナと向かい合わせで一対一だったらきついかも……。――歳の差もある上に、お姉ちゃん以外相手に長く喋れる自信がないから……。
けれど。今は隣にお姉ちゃんがいる。そう思うと安心する。
そんな私は、お姉ちゃん離れにはまだまだ程遠いのかな……。
そのファミレスで私たちは何をしているのかというと……、さっきも記した通り、女子三人でお茶を飲んでいる。つまり、女子会。
「それだけか?」と訊かれたりすると「それだけではない」と答えざるを得ないかな。
なぜなら、お茶呑みに付属して、(というかこっちが本来の目的なのかな?)、私たちはお喋りをしているからね。
女子としての習性であるお喋り、その内容は何でもよくて、何でも話題にして、何でも話題になるの、なので話題が尽きることはないんだよ。
例えば――、「誰々と誰々の仲が良い」「あの人とあの娘が付き合いだした」とか、そんな俗っぽいこと。「最近は~ねー」「芸能人が~」てな感じで、ニュースで流れた時事ネタをそのまま流用。「あのドラマが~」「あの映画が~」「あのアニメが~」とか若干共通の話題になりにくいもの(双方が見てない場合もあるため)。
さらに、もっとコアなものでもいい。
もちろん「ダイエット」「おしゃれ」「部活」……etc(その他
今回もそんなことを話していた。――主にお姉ちゃんとサナがね。あれ、おかしい
なら。二人が話しているその間、私は何をしていたかというと……、ほとんど聞き役に
ドリンクバーから得た飲み物――ジンジャーエールをお供にしてね。
ジンジャーと炭酸の組み合わせが格別で、最高なんだよね。これが。
ジンジャーのかーとした辛味で身体がぽかぽかと暖かくなるし、炭酸のシュワシュワとした感じには飲みごたえを感じる。
素晴らしいよこれは……。ってわけで、すっかりジンジャーエールの
なんかね。これが究極の飲み物かぁ……って感じがするんだよね。
というわけで。究極の飲み物と共に私は、今日も聞き役に徹している。……私はあまりお喋りが得意じゃないから。いつもではないけれど、度々こうしている。
断じて、人見知りってわけじゃないからね?
それに。決して、お喋りが
まあ、本能的に人と話すのが、苦手なの……。――というのは言い訳なのかな……?
時折、そんな私に気を利かせて、お姉ちゃんやサナが話を振ってくれる。優しいよね。
そんな気遣いをさせてしまっているのが、ちょっぴり心苦しいし、不甲斐ない自分を情けなくも思う……。けど……こればかりはどうしようもないじゃない……。
それも個性だし無理することないわ、あんまり気負わずに、と優しく二人は言ってくれる。
二人のそんなところに、本当に優しいお姉ちゃんたちだなぁ……。としみじみ思う私。
まあつまり、私はそんな二人の優しさにすっかり甘えさせてもらっているということなの。
だけど、出来る限りのことはしたい。と私は、振ってもらった話題に答えられるときは答えている。
けれども、考えに考えて、どうしても駄目だ、うぐぅ、答えられない……、って、ときもあって、そんなときはというと、首を振ったり、手で拒否を示したりしている。
まあ、それは私に限らず、誰にでもあるのかもだけど……。
そんなでも、私は、二人とこうして一緒にいられるってだけで楽しい。
私はサナを見た。
容姿で、まず、ひときわ目を惹くのは
そこはかとなく優しい雰囲気を帯びていて、所作のひとつひとつが完璧に
そんなサナは、例えるなら、この世に
そのまま私が視線を向けていると、サナが私に見られていることに気付いちゃった。
そして、サナは私の方に顔を向けてきた。
「ふふふ、どうしたんですか? 実兎ちゃん、そんなに見詰められると照れてしまいます」
私を見て、小鳥のように首を傾げた後、
そんなサナはとっても
もし、私が男なら惚れてたかもしれない。
――これは女神というよりかは、人を
などと私は、下らないことを心の内で思うのだった。
そしてふと、私は思い返す――。
私たち美里姉妹が、サナとこうして仲良くなったのは、二年前の偶発的な出会いがきっかけだったの。
この関係性は、高校3年生である17歳組――17歳組とは、お姉ちゃんとサナのこと。ちなみに私は高校1年生の15歳。――が、知り合いになったことから始まったんだよ。
そしてこの三人の関係性の発端について、簡単に
二年前のこと。
その時、お姉ちゃんとサナは15歳の高校1年生で、私は13歳の中学2年生だった。
ある日。お姉ちゃんとサナが意気投合。
さらに、それから何日かして、とあるきっかけにより、私とサナが出会い、打ち解け合った。
だからこそ。今、こうして、ファミレスでお茶をしている。
簡単に
まずはお姉ちゃんとサナが友達になるところからかな。
お姉ちゃんとサナのそれについて、私が知っていること。それは――、
お姉ちゃんから聞いた話ではあるけれど――(と前置き)
お姉ちゃん曰く、サナと友達になった日の出来事はこう。
――以下、お姉ちゃん談。
今から2年前の年の、高校1年次のゴールデンウィーク前。
高校生活にも適応し始め、クラスが打ち解け出すそんな時期。
柚月のクラスで姓名判断がブームになる。
姓名判断とは、その名の通り姓と名を媒体に占う、占いのこと。
柚月も興味を示し、みんなの輪に加わった。
「柚月さんとサナさんが特に結果がいいんだね」
柚月は、
「親が占ってもらって付けでもしたのかしらね」
と、誰にともなく言った。
「へぇー。私なんて、てんで駄目だったのに、すごいね」
「ねー」
「羨ましいなあ」
「ずっるーい」
女子生徒たちがきゃいきゃいと騒いでいる。
姓名判断の結果が良いコンビってことで、柚月とサナがピックアップされた、というわけらしい。
ちなみに、サナはハーフらしく、サナとカタカナで表記されがちだけれど、ちゃんと名前には『沙奈』って漢字がある。
これも何かの縁か、と柚月はサナに興味を持った。
それまではあまり話したことなかったけれど、ちょっと声をかけてみようかなと思ったとのこと。
そうして実際に声を掛ける。
「冬部さん」
柚月が呼び掛けると、呼び掛けられたサナが柚月をみる。そして柔和な笑みを浮かべた。
「姓名判断でいい結果が出たコンビですね。美里さん」
「そうね」
「あっ、すいません、何か用でした?」
「用ってほどじゃないんだけど……、あまり話したことないなって、思って」
「ああ、たしかにそうですね。あと、私はサナでいいですよ」
「なら私も柚月でいいわ――」
お姉ちゃんによると、これが二人のそのときの会話の一部とのこと。
ここから盛り上がり、打ち解け合ったの。と、お姉ちゃんは私に語った。
――以上がお姉ちゃんとサナの友達になった日について、私が聞いたこと。以下、補足。
そんな些細な会話から、二人はお互いにより強く意識し合うように。《姓名判断でいい結果が出たコンビ》という認識が深く刻まれたことによって。
こうして姓名判断を介して、二人に改めて接点が生まれた。接点は小さいようであるが、結果をみると大きかった。
結果というのは、それ以前とそれ以降で、二人の関係性が大きく変動したということ。それ以前はたまに挨拶を交わす程度だったという、それ以降は――、(次の文に続く)。
それからというものの柚月と紗菜の間で会話が弾む弾む。会話はキャッチボールであって、断じてドッジボールじゃない。
柚月はサナを、サナは柚月を、(一方的に)話す相手ではなく、(お互いに話す)会話相手と認めたということ。
片方だけが割合多く話すような間柄だったら、今現在こうして他ファミレスで話してはいないだろう。学校だけで終わりの関係だったかもしれない。
つまるところ、二人は打ち解け合った。会話を段々と重ねていくうちに、親友といえるほど仲良くなっていた。
――そして私とサナの出会いに繋がる。
私がサナと出会ったのはお姉ちゃんがぽつりと私の名前をサナの前で出したのがきっかけ。
――以下、お姉ちゃんの証言でその時のこと。
今から2年前のある時のこと。
再び姓名判断が二人の間で話題となった。
自然な流れで、
「私の妹、実兎って言うんだけどね、実兎も姓名判断の結果がいいのよ」
柚月がそれとなしに私の名前を出した。(これが私とサナの繋がりのきっかけとなるとも知らずに)。
「へぇー、妹さんいらっしゃるんですか。今度紹介してくださいよ」
柚月の妹というまだ見ぬ存在に興味が湧いた紗菜が、柚月の発言に食い付く。
――以上。柚月が私の名前をはじめてサナの前で出したときのこと。以下補足。
後で聞いた話だけれど、サナは妹というものに飢えていたらしい。一人っ子だったから。
妹がどんなものか私をサンプルに知りたかった的なことかな。
私はあまり人と交わることはない。人見知りするから。
それでも、サナはそんな私にも分け隔てなく優しく接してくれた。
「実兎ちゃん、実兎ちゃん」と、ことあるごとに、私に構ってくれた。
そんなサナのアプローチに、いつしか私も
私は、より深く、より詳しく、サナとの出会いを思い返す――
サナとの出会いは……たしか……。
私は記憶を呼び起こした。
――以下、回想。
2年前のとある日の事。
学校へいく準備をしている最中に、
「実兎、今日ね。サナって同級生の女の子をうちに連れてくるんだけどね」
お姉ちゃんにそんなことを言われた。
どうやらお姉ちゃんは、うちに友達を連れてくるから、私に話を通しておかなきゃという感じで話しているらしい。と、この時の私は思った。
「うん、わかった。私は部屋で大人しくしてるよ」
お姉ちゃんが友達を連れてくると聞いた私は、そう答えた。お姉ちゃんの友達付き合いのお邪魔をしちゃいけないと思うのは、妹として当然のこと。
「いや、そうじゃなくてね……」
「あれ、何か違うの? 私はてっきり、『邪魔だから退いといて』って意味で言ったのかと思っていたよ?」
「違う違う、私がそんなひどいこと言わないのは知ってるでしょ」
「うん? じゃあ、なに?」
お姉ちゃんの意図が読み取れず困惑する私。
「えっと……。会いたいっていうのよ。紗菜がね」
疑問が増えた。
会いたいって、両親にかな?
まさか、私にじゃないよね?
――わからない。
わからないので、一応聞いてみる。
「誰に?」
「決まってるじゃない」
決まってるってどういうこと?
まさかという三文字がぷかぁと脳裏に浮かぶ。
「まさか、私になの?」
「そうよ」
そのまさかだった。
「へぇー」
変わった人だなぁ、私に会いたいなんて。
まだ会ったこともない人に変人とは、かなり失礼だった。と、ちょっぴり反省する。
にしても、現役高校生との接点なんて思い当たる節もない。
お姉ちゃんが、何か私のことを誇張して言ったのかな?
私、そんな面白い娘じゃないよ……?
複雑そうな表情を浮かべる私を見て、お姉ちゃんは、
「会わない? 嫌なら断るけれど……」
私の意思を勝手に汲み取る。
私は別に嫌とは言っていないよ? まだ。
ちょっと興味が湧いてきたので、その娘について聞いてみることにする。
「待って、うーん……どんな娘なの?」
「女神みたいな女の子よ」
ふむ。女神ねぇ。
「へぇー、そうなんだ」
「駄目?」
私の反応を味気ない反応と受け取ったようだ。
いやいやいや、口下手なだけなんだよ……。
――ちゃんと伝えなきゃ。
「いいよ、会うよ。お話しできるかは……」
「まあ、実兎ってわりと人見知りするしね。その辺は配慮するわ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
朝からお姉ちゃんとそんな会話を交わした私は、学校にいる間中――、
どんな娘がうちに来るのだろう……?
――と、そわそわしたのは記憶に新しい。
その日の夕方。お姉ちゃんが美少女を連れて来た。
美少女は、私を見て女神のように神々しい笑みを浮かべている。
「こんにちは、実兎ちゃん、冬部サナです」
「美里実兎です……」
「柚月さんの妹ちゃん、かわいいですね」
紗菜がお姉ちゃんに向けてそう言った。
本人の前で、『かわいい』って……照れる。
「私の妹だもの、当然よ」
誇らしげにお姉ちゃんは言う。その語調は弾んでいた。
お姉ちゃんは、私が褒められたことがよっぽど嬉しかったのだろう。まるで自分が褒められたかのように喜んでいた。
「ふふっ、そうですね。――よしよし」
サナが頭を撫でてくれた。慈愛に満ちた愛撫だ。この人は凄く優しい人なんだなと直感が伝える。
「これからよろしくお願いしますね、実兎ちゃん」
そう言ってサナは手を差し出しながら、笑みを浮かべた。まるで女神様かのように眩しいくらいの笑顔だった。
「うん、よろしく……お願いします」
私は差し出された手を握り、緊張でどもりながらも返事を返した。
――私とサナとの出会いはこんな感じだ。
私は回想を終えた。
サナとの出会いも、もう2年前かぁ。
時が経つのはあっという間だなぁ。
私とサナがあの出会いから急速に仲良くなったのは、一重にサナのコミュニケーション能力と優しげな人柄が作用したからと思う。
つまり、サナは私にとって二人目の姉という感じのポジションになったってこと。
それからというものの、二人のお姉さんとこうして幸せな時を過ごしている。
――サナ、私と仲良くなってくれて、本当にありがとう。
私は想いを
サナへの友愛はすっごく大きくなっている。
今ではすっかりサナが居なくては駄目な私に……。サナ中毒?
そんなことを想っていると、なんだかサナに甘えたくなってきた。
すると気づく――、そんな私の様子を不審に思ったのか、美少女に見詰められていた。
「実兎ちゃん、ぼーっとしてましたね。考え事ですか?」
私を気にかけてくれるのは絶世の美少女――言わずもがな、サナだった。
私の第二の姉ともいえるサナは、フェミニンな薄ピンクのワンピースを着ていた。
とっても似合っていて、かわいい。
私をじー、と見詰めるサナに、私の胸がトクンとなる。
ときめいた。ときめいちゃった。
本当に、可愛い。可愛すぎて
優しい声色は、まるでこの世に降臨した女神様のようであり、おしとやかな雰囲気を
優しく人の良い女神様は優美な佇まいでそこに座している。
「何、実兎、何か悩みでもあるの? 困ったことがあるなら、いつでも相談に乗るけど」
サナの言に追従するやや砕けた口調の美少女は私のお姉ちゃん。
すっごい心配してくれているのが伝わって、心配をかけたのが申し訳なくなってきた……。
お姉ちゃんはいつも動きやすそうな服を着ているから、お姉ちゃんをみた人は、もれなく活発な印象を覚えるかな?
ちなみに、お姉ちゃんが活発なら私は憶病でヘタレ、そんな感じ。
お姉ちゃんは、妹思いであり、とても人当たりがよく誰とでも仲良くなれる、私が慕う自慢の姉。性格的にも、内気な私とは正反対。
つまり、すっごくカッコいいお姉ちゃんなの。
ヒーローにだってなれるタイプ、と私は信じている。
「ううん、なんでもないよ」
私はただ思い出に浸っていただけだし。本当になんでもないのだけど、二人とも
心配性だなぁ……。
心配してくれるのはすっごく嬉しいけどね。
「本当に?」
「困ったことがあったのなら、遠慮せずおっしゃってください、力を貸しますから」
「本当に、なんでもないよ」
とことん心配する二人に、私は念を押した。
「そっか」
とお姉ちゃんが言った。
そんなお姉ちゃんの短い言葉のなかにも私は、私に対する深い
「何かあったなら言ってくださいね」
とても真摯なサナは心の底から私のことを心配してくれているらしい。
まるで愛を振りまく、
本当に優しい。私が男なら惚れてた。
「うん、二人とも心配してくれてありがとう」
そんな二人に感謝の気持ちを伝える。心の底からありったけの感謝を込めた。二人にはほんと何もかもで世話になっていて感謝しかない。感謝の気持ちだけで天に向かってそびえる高い高い塔が築けそうである。
二人が優しすぎて、なんか感動した。
うぅ、二人の優しさが私の心の奥深くに染み込んでいくよ……。
優しいお姉ちゃん二人とこうしていられて、私はとっても幸せで恵まれているのだと認識する。
私は願った。願わくは、この関係がいつまでも続きますように……。
「で、サナはどんな子がタイプなのよ」
お姉ちゃんが唐突に始めた。何の予兆もなく、唐突にサナに恋ばなを振る。サナの好みには興味がある、私も聞き耳をそれまで以上に立てた。
「ああ、私は男の人に興味が……」
「ああ、そうなの……」
お姉ちゃんが恋ばなをスタートしたら、雰囲気が一転して暗くなった。
……悲しい。
お姉ちゃんがこちらを見たので、嫌々と拒否のニュアンスを込めて、手を振った。
「話題変えましょうか……。――サナはさ、ゲームとかするの?」
お姉ちゃんは察してくれたらしく、話題を転換した。「実兎は?」って振られずに済んだ。
「それなりにはしますよ。コンシューマーじゃなくて、ソーシャルゲームですが……」
「へぇー、例えば?」
「例えばですね――」
二人が会話を再開したところで、なんとなしに改めてテーブルを見回してみる。
お姉ちゃんの前にはアイスティーとティラミス(空皿)、私の前にはジンジャーエールとチョコレートケーキ(食べかけ)、サナの前にはメロンソーダとパフェ(空)、がそれぞれ置いてある。
「――でしょうか」
「私もそれ好きよ」
仲良さげに会話するお姉ちゃんとサナを尻目に――嫉妬半分(どちらも好きであるから、どちらに対しても、
ジンジャーエールは太る、食欲を促す作用があるから。と、お姉ちゃんは言うけれど。たまの気分転換に飲むのには最適なの。
私は、炭酸水特有のシュワシュワした感じと生姜の辛みの中のほのかな甘みを楽しんでいた。
ついでに残りのチョコレートケーキも食べる。
苦くて甘いチョコレートは好物である。
うん、とても
ファミレスに来て、何度目かの多幸感に包まれる私。
「ふふっ、実兎ったら、チョコレートケーキ頬張っちゃって」
「実兎ちゃん、体格的にも小動物っぽいですし、まさにリスみたいですね」
「わかる」
外野がなんかいっているけれど、チョコレートケーキを味わうことだけに集中している私には届かない。
「ん、サナ? 急に黙りこくちゃって、どうしたの?」
私が至福のひとときを満喫していると、突如として、会話の流れが変調した。
――流れを変えたのはサナだ。
「突然ですが。実をいいますと……、冬部サナは世を忍ぶ借り染めの姿です。いえ、私は私なんですが……。ええー、つまり、申しますと、実は、私は、――女神なんですよ。神名はサナティスと言います」
たわいもなかった会話が一転した。
サナが突然、女神を自称したのだ。
…………はえ? 女神……? ……サナが? サナティス?
サナがとち狂った。そうとしか言いようがない。
急に女神を自称したサナに、私たち姉妹に動揺が走る。
「ちょっ、どうしたのよ!? サナ」
驚愕に声を上げたのは、お姉ちゃんである。
勢いよく動いたために、グラスからアイスティーが
「あわわ」
テーブルを濡らしたアイスティーを拭き取るお姉ちゃんを見ながら私は、本当にそうだ。急にどうしたのだろう……? と思い、もしこれが嘘だったら女神に対する冒涜にあたらない? とヒヤヒヤする。
「病院、いく?」
私はストレートに提案する。右手ではスマートフォンをスカートのポケットから取り出し、タッチ・タイピングで、緊急通報――『119』と押そうとしていた。
熱で意識が
「――ちょっと! 実兎ちゃん!? ストップ! ストップ!! ……救急車は呼ばないでくださいね?」
私の指の動きをサナが慌てた様子で制止する。
「……わかったよ」
納得がいかないけど、私は手を止めた。
「あはは、ひどいですね、実兎ちゃん。まあ、こんなこと聞かされたら無理もないですよね」
そう言ってサナが自嘲気味に笑った。
私たち姉妹は、ひとまず続きを待った。最後まで聞いてみようと思った。――おそらくお姉ちゃんも同じかな。姉妹だし。考えることは似通っている(はず)。
「つづけて」
とお姉ちゃんが言うと、サナは一呼吸置いて続ける。
「まあまあ、そんなに慌てないで下さい、柚月さん、実兎ちゃん。私は至って本調子です。快調です。――さてさて本題はここからですよ?」
「どこからよ!?」
お姉ちゃんが思わずといった様子でツッコミを入れた。
自称女神様こと、サナは、お姉ちゃんのツッコミを「話進めますね」と受け流し、真面目な顔をして続ける。
「厳正なる選定の結果――」
……厳正なる選定って?
そこで店内のBGMがピタリと止まった。
あれ? 機材トラブル?
「――美里柚月さん、美里実兎ちゃん、貴女たちが異世界の女神である私の眷族に選ばれました! おめでとうございます!」
サナの言葉に合わせるように、お祝いのファンファーレがどこからか流れる。
――もしかしてだけれど、自称ではなく本当に女神様?
音楽を流している機械がトラブったのかもしれないけれど……。
「あ……ありがとう……?」
サナの捲し立てるような勢いに気圧されてとりあえずそう返す私。
ファンファーレにすっかり思考が書き消されていた。
再びサナの発言を思い返し、脳内で復唱する。
異世界? 眷族?
――それってどんなファンタジー?
「異世界の女神?」
お姉ちゃんが小首をかしげる。
私と同様、突拍子もないサナの言に、理解が追い付いていないように見える。
「はい! 実は……、こことは異なる別の世界がありまして……、その世界は私の管轄なのですけど……、――そこで!」
サナがパンと手をならす。
「私と一緒に異世界へ行き、悪の手先を倒しましょう! ってことです♪」
「えっと、ちょっと待ってね」
お姉ちゃんが、額に左手を当てながら、右手を制止のニュアンスを込めたパーに開きサナに向けた。
私も口を開こうと思ったけれど、お姉ちゃんに先を越された事により、二人が一気に話すのは良くないとお口を閉じる。
「はい」
「それは異世界とやらに私たちを連れていくってことよね?」
確認のために、そう問い掛けるお姉ちゃん。
「そうです」
「それって……この世界を捨ててってこと?」
悲壮感に満ちた表情でお姉ちゃんは訊いた。
私もこの世界を捨てるのは嫌だ! とすがるような目でサナを見る。
「いいえ、そこまではいいません。柚月さんと実兎ちゃんは、こちらの世界に還って来ることができます」
「それは魅惑的ね」
「確かに」
私はお姉ちゃんに同意する。
未開の異世界、それは私にとっても、とても魅力的であった。異世界へ行ってみたいという気持ちがないというわけではないし。
「で、どんな世界なのよ? あまり変な世界はお断りよ」
なぜか上から目線に自分の都合を述べるお姉ちゃん。
まあ、サナにお願いされている側なのだから、これくらいはいいのかな?
そんなお姉ちゃんの言い分に、答えを窮したのかサナは「うーん」と唸る。
なんだか深く考え込んでいる。
その様子は、説明するために異世界の概要を纏めているように見えた。
サナはしばらく考えた後、口を開いた。
「簡潔に言いますと――。世界観はこの世界でいう西洋的な感じですね。文明はこの世界でいう中世という感じでしょうか、この世界とは違った方面で発展しているので、言うなれば
「なるほどね」
「あっ、あと魔法があったりします。――こんな感じで」
お姉ちゃんが納得を示すと、サナが付け加えるようにそう言い――
右の手の平に、真っ赤に輝く火の
『おおー!!』
私たち姉妹は驚嘆する。びっくら仰天、目を剥き、おったまげ。
私は、なんとなく、パチパチと拍手を送った。お姉ちゃんも同時に拍手をした。
「このように、不思議な作用もあって、この世界ではあり得ないような事も起こります。魔法はタレントという、個々人の能力の一つのカテゴリーですね。ちなみに私のは『聖炎使い』というタレントです。普通の炎とは違い、悪の手先への特効があります。ちなみにあちらの世界でも魔法を使える人は殆どいません。主に教会関係者が修練の末、光魔法系統のタレントを修得するとかですね」
サナは、ふっと息を吹き掛け火の仔を消す。――意味深なことを言いながら。
しかし話があまり入ってこず、魔法という単語、そしてそれをさらっと
「魔法あるんだ」
私は呟いた。
私の呟きにサナが、ピクリと反応し、返答した。
「魔法ありますよ。これで私が女神だと納得していただけましたか? というか、最初からこれを見せればよかったですね」
「うん、サナが嘘つくわけないよね。間違えることはあっても」
「ここまで来たら、私も信じるわ」
「ところで何故女神様が地球に? しかも長い期間」
「ああ。これ実は分身体でして、本体は天界です」
言って、天を指差す。
『え゛っ!』
さらっと出てくる衝撃の新事実に、私たち姉妹は驚きを隠せません。なんだそれ。
「地球には私と波長の合う眷族候補を探しに来てたんですよ。一人でも悪の手先の退治はしなければなりません。それでは厳しいものになる可能性が高くて……、それにやはり心強い仲間欲しいじゃないですか」
わかりますよね? って顔で見てくるサナに、お姉ちゃんが頷いた。
「なるほどね。おおよそ理解したわ」
「理解はできたけど、情報過多すぎて整理ができないよ」
私は頭に両指を当てる。頭の中がビッグバンしそう。シナプスの宇宙が崩壊の危機に瀕していた。
「くすっ、変な顔ね」
そりゃあ、変な顔になるよ。だって、友達が女神で、魔法があるファンタジーな世界に連れてってくれるらしいじゃん? 悪の手先の退治っていう任務もあるけれど。
「そうそう。ちなみにですが、ファミレスには今、妖術をかけております。――貴女たち二人はその対象外ですが」
なるほど。道理で、先程から私たちの会話を変な目でみる人がいないわけだ。
サナが自分の髪を触る。なんの変哲もない
「あとこの銀の髪もこの日本では目立つので、女神パワーで私の髪を視認した皆さんの認識を変えているんですよ――違和感ありありから違和感なしなし、つまり不自然から当たり前に」
「え? そうだったの?」
「言われてみれば……?」
「そう、そのはっきりしないぽわぽわとした感じ、私の術中にかかっているってことですよ、それ」
『…………こっわ』
私たち姉妹は揃って身震いした。
「と、ところで、この世界ではあり得ないことって、具体的には?」
お姉ちゃんが話を戻し、問い掛ける。私も詳しく聞きたい。
「この世界のもので例えるなら、ゲームみたいな感じですね。レベルやら、ステータスやら、スキルやら、――と呼ばれているアレです。……まあ、レベル、ステータスは内部データみたいなものなので、自分で自分のは知り得ませんが、タレントと耐性を獲得したときにはわかるようにしておきます」
「へえ。スキル使えるって楽しそうね。――ねえ、実兎。どうする?」
お姉ちゃんが私にふる。自分はいくと決めたので(声の弾みようで分かった)、後は私の決定次第という事にしたのかな?
唐突に決定権を委ねられた私は――
①いく
②いかない
③女の子だけのハーレムを築く
――究極の三択に悩む……。
「うーん……、もうちょっと詳しく聞かせて」
気にかかることがあった。
ジンジャーエールで、一旦喉を潤し、私はサナに質問をする。
「えっと、向こうにいくのはいいけれど、こちらの世界の時間経過は?」
「ほぼこのままです。戻ってきた際も数秒しか進まないでしょう」
「そういうことなら、サナのために悪の手先の退治に向かってあげたいかな」
「――危険はないの?」
私がそう決意すると、お姉ちゃんが割り込んできたよ。
まったくもうお姉ちゃんったら、絶妙なタイミングで私の決定に水を差すような事を言うなぁ……。
「もちろんありますが、私がいる限り、貴女方を全力で守ります――友達ですから」
サナが満面の笑みで言った。
『サナ……』
《友達》というワードが私の胸にジーンと染み入って来る。
お姉ちゃんも同様の反応を示していたので同じ心持だと思う。
友達っていいよね。
サナは女神様ということを信じ、異世界にいくこととなった私たち。
おそらく、ひとまずファミレスを出よう。って考えに思い至ったのであろうお姉ちゃんが、飲み物を飲み干した。
ちょっまっ! って心の声で焦りを表現しつつ、私も慌ててジンジャーエールを片付ける。
「よし!」
お姉ちゃんは、タイミングを見計らって、パンと両の手を打った。
「とりあえず、お会計を済ませましょうか」
「そうだね」
「そうですね。そうしましょう」
お姉ちゃんが進言したので、私とサナはそれに異論なく賛同する。
そして。ドリンク代+デザート代をそれぞれ支払った。
ごちそうさまでした。
そんな感じでお会計を済ませた私たちはファミレスを出た。
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