私の友人(鹿子視点)

 私、藤井鹿子ふじいかのこ。アラサーの今をときめくジャーナリスト。子供の頃からカメラマンのパパについて世界各国を飛び回っていたせいか、日本は色々と雁字搦めで息苦しい。


 カナダに住む両親は、いつでもカナダにおいでと誘ってくれてるものの、やっぱり自分の実力は見極めたいところ。それに、私にはとても気がかりな親友が一人いる。


 水面みなもゆかりがその人だ。大学でたまたま知り合って、話をしてみたら同郷だったということで、一気に仲良くなった。当時ゆかりはまだまだ訛りがあって、少し…いや、かなりバカにされていた。野暮ったくて、おしゃれも興味がない感じで、いつまで経ってもTシャツにオーバーオールなんて小学生みたいな服装をしていた気がする。天パが酷くて、初めて見た時は昭和のアニメオタクなんじゃないかと思ったくらいだ。


 色々お節介にも買い物に引っ張り回し、縮毛矯正を教えてあげてストレートの髪型も勧めてみた。丸い黒縁メガネはまるでハリーポッターみたいで見ていられなかったから、コンタクトを勧め、化粧をすすめ、とにかくお世話を焼いたら見違えるほどの美人になった。ただし本人は気を抜くとすぐ化粧をサボり、トレーナーとジーパンで平気で外出したりする。意外と頑固でびっくりする。


 それでいて、ぼんやりしているのかと思いきや、彼女は秀才だった。その気になれば数ヶ国語はペラペラなのではないかと思う。その気になれば、の話だけど。その才能は本を読むことだけに費やせられているらしい。私も英語、フランス語、スペイン語やイタリア語などは会話レベルで使えるけれど、彼女は会話には興味がないらしい。残念だ。それでも翻訳のバイトを進めたら、しっかりこなして稼いでいたけど。


 彼女は日本の方言の理解力が突出している。日本大好きで、和食も地方の料理をよく調べて、味の違いと称して同じような料理を味を変えて作ったりしていた。料理評論家でも目指しているのかと思ったら、なんと校正者になった。料理は楽しいから作るだけ、生きるために食べる、と野生的な一言に顎が外れた。


 一緒にいればいるほど味が出る、まるでスルメのような友人。


 そんなのほほんとした彼女が大学在学中に暴行を受けた。ボロボロになったゆかりが雨の中、靴も履かずに私の部屋の前で突っ立っていたのをみた時は、悲鳴をあげそうになった。警察に行こうと言ったけど、彼女はそれを拒否した。犬に噛まれたと思って忘れる事にすると言った。そんな事、と憤慨したがレイプされた女に世間は優しくない。事細かく、何が起こったのかを人前で伝えなければならない屈辱に、二十歳そこそこの女の子が立ち向かえるはずもなく、そのことは私とゆかりの秘密になった。


 それ以来、ゆかりは人と距離を取るようになった。自分からは積極的に関わらず、誘われてもほとんど付き合うことはない。やんわり微笑んではいるけれど、決して心の内を見せず、静かに拒絶する。傷つきやすく、今にも壊れそうな彼女を守るように、私は付かず離れず彼女のそばにいた。近づき過ぎれば、彼女の冷めた瞳が突き刺さる。これ以上は踏み込むな、と無言で拒絶されるのだ。


 ストレートにした髪はまた天パに戻り、おしゃれな服はロングスカートとパンツスタイルに変わっていった。夏でもロングスリーブのシャツを羽織り、肌は極力見せない。まだ心の傷は癒えていないようだった。


 お節介なのはわかっていても、私は信頼のおける男の子を友人として紹介した。そのうちの一人と付き合うようになって、喜んだのも束の間、彼はいつの間にかゆかりから離れていった。


「聞き分けの良い人形みたいで、将来を一緒に考えられない」と彼は言った。


 ゆかりにさりげなく聞くと、ベタベタ触りたがるから気持ち悪くてとか、全然気持ちよくないんだよねとか。やはり肉体関係がネックになっていた。


「まあ、まだまだ機会はいっぱいあるしね!」とその時は努めて明るく接した。それから社会に出ても、何度かゆかりを無理やり引っ張り出して合コンに混じったけれど、これと言った良い反応は得られなかった。


 そして最後の合コンで浅塚誠司と出会った。わざとらしい作り笑顔に手慣れたスマートさから、他の友人たちはみんな騙されて彼に釘付けになって、我先にと話しかけていた。それを全て笑顔で捌き、集まった男衆にうまく分散させる。あの男は女に慣れすぎている。


 初めに会った時からゆかりに目をつけていたから、なんとか阻止しようと動いたが、相変わらず言葉が足りないゆかりは、いつの間にか奴と付き合い始め、信じられない事に一年以上も付き合っていた。裏がありそうな男だったのが、やけにゆかりに執着していて、「あれ?」と思った。意外と一途なタイプだったのか。これはいけるかもと静観する事にしたら、やっぱり別れが来た。


「淡白すぎるって言われたから別れた」


 ダメだったか。この頃になると、私も仕事が忙しくてなかなか一緒に出かけることもできず、電話が中心になっていたから、情報収集にも時間がかかる。時間を作って浅塚誠司について調べてみたら、女の影がわんさか出てきた。あの男!


 ほとんどセックス中毒と思われるほどの、やり魔。別れて正解だったと憤慨した矢先、最近株が鰻登りの時任建設の闇を仕事のパートナーが掴んできた。いわゆる土地転がしによる汚職や暴力団との関係疑惑が上がったのだ。そこで偶然、時任の長女さくらと浅塚誠司の結婚について知った。


 デキ婚か。しくじったな、奴め。私は笑ってやった。ザマーミロだ。下手したらあちこちで子供ができてるかもしれない。そうなったら泥沼だ。


 もう少し探ってみようと思って手を入れたら、おかしなことが発覚した。誠司は一流企業に勤めていてエリート街道まっしぐらだったのに、結婚とほぼ同時に退職、そして姿をくらました。掘り下げてみると、時任さくらの周りには、不審な事件がいくつかあって、全て揉み消されていた。そして新たに浮き上がった疑惑が確信に変わった。


 あの女は妊娠偽装をして誠司を軟禁し、精子の不正取引で金儲けをしていたのだ。それは誠司だけではなく、過去にも被害者が何人もいた。誠司は被害者だった。


 私はパートナーにその件を告げ、上司にも意見を仰いだけど、僕らはジャーナリストなんだから、探偵みたいな真似はしなくて良いんだよとたしなめられ、それ以上は調べることもできなかった。


 そしてあれよという間に、例の事件が起こった。


 浅塚誠司から届いた証拠書類は、決定的な時任の黒を示していた。数々の不正取引や独禁法違反。加えて明らかになった精子の闇取引、違法医療院の運営、脱税などあげたらキリがない。


 私は再び上司に詰め寄った。けれど、簡潔に手を引けと言われたのだ。敵はあまりにもでかいと。


 いい加減うんざりだった。政治とマスコミと不正がグルグルに絡みついて、身動きが取れない。息ができない。


 ここは私がいる場所じゃない、と肌で感じた。


「ゆかり、ごめんね。私も限界だわ」


 最後に、私は匿名で警察に全ての証拠書類を提出した。誠司を擁護するわけではないけれど、あいつは悪い人間ではなかったのだと思う。少なくとも、ゆかりに暴力を振るうような人間ではなかった。犯罪者は彼ではなく、時任の方だ。


 私は辞表を叩きつけて、あとは警察に任せる事にして、そのまま両親のいるカナダに移住した。ゆかりには、誠司には関わるなと念を押して、ほとぼりが覚めたらカナダから連絡をしよう。


 


 






 

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