元カレの後悔(誠司視点)2

 さくらはアイドル並みに可愛い。実際モデルの仕事もしていたこともあって、美人で何もかも一流を望む。髪型はこうでなきゃダメだの、ブランドはこれしか嫌だの、俺にも押し付けてくる。妊娠中だから、自分が上に乗ると言って、俺は目隠しをされ手足をベッドに縛られた。どんな羞恥プレイだ、これは!犬の首輪のようなものをつけられて、ハイヒールで大事な息子を踏まれた時には涙が出てきた。俺にSMの趣味はない。


「誠司くんがセックス気狂いだって割と有名って知ってた?」

「セックス気狂いだって?俺が?!」

「女と見ればすぐ抱きたがるんだって聞いたよ。さくらがいるのにひどい」


 だからこれはお仕置きなの、とさくらは笑った。


 ふざけんな。マジ、ふざけんなだった。恐怖に身がすくむ思いだった。


 俺はおとなしく従うふりをして、時任の仕事をイヤイヤこなしながら内密に私立探偵を雇い、さくらの妊娠について調べ、ついでに時任建設の悪事の証拠をこっそりと集めた。


 一月後に、さくらの子供の親は外国人モデルだと言うことがわかった。その男は既に国外逃亡し、行方知れずになっている。まさか殺人までは起こしていないだろうから、きっとその男は逃げ出したのに違いない。子供が生まれたら、俺の子じゃないことは明らかになるだろう。


 さくらの母親は、既に離婚をしてフランスに帰っていると聞いた。なんで宮島って苗字でフランス人なんだよ!と聞いたら母親はハーフなんだそうだ。父が日本人で母がフランス人のハーフ。その母と時任の間の子であるさくらは正確にはクォーターだ。


 子供が生まれたら速攻DNA検査をするべきだと考えた。


 俺はとにかく助けを求めて、ゆかりの家に走った。助けてくれ!俺は嵌められたんだ!


 だが、ゆかりは頑なにドアを閉じたまま、顔も見せることもなく近所の奴らに警察に通報された。そんな、ばかな。俺は悪くない。頼む、ゆかり!俺の子じゃないんだ!俺が愛しているのはゆかりなんだ。


 サイレンの音が聞こえて俺は逃げ出した。こうなったら、鹿子に頼むしかない。あいつはジャーナリストだからきっと時任の悪事を暴いてくれるはずだ!そう思って俺は集めた証拠を鹿子宛に投函した。全ての証拠はケータイにもコピーを取った。


 だが、鹿子からの連絡はなく時任建設に関するニュースもどこにも上がらなかった。


 俺はできるだけ遠くに逃げて逃亡生活を送ったが、金が底をつきカードを使ったことで足がついた。おまけに私立探偵を雇っていたことがどこからかバレて、俺はまたしても拉致され監禁された。さくらのSMプレイなんて軽いものだったと思わざるを得ない拷問が待っていた。


 殺される。


 どれだけ監禁されていたのかわからない。食事は出たし、殴られたのは最初の方だけで、さくらが俺を庇ってくれた。だが、毎日のようにセックスを強要され、精子を搾り取られた。俺の体もプライドもボロボロになって、精神的にも脆くなっていくのがわかった。


 このまま奴隷のように生きていくくらいなら、死んだ方がマシだ。


 その夜、俺はさくらに頼んで外でセックスをしようと持ちかけた。こいつ妊娠して何ヶ月目なんだろうか。ずっと腹はでかいままで、赤ん坊は出てくる様子がない。


「なあ、さくら…お前ほんとに妊娠してんのか」


 さくらは振り返ってにこりと笑った。


「もちろんよ」


 けど、長過ぎないか?と俺が言う前にさくらが笑った。


「ねえ、誠司くん。精子バンクって知ってる?」

「え?」

「精子を凍らせて保存してね。必要な時に卵子に注入して人工的に妊娠させるの」


 俺はぞくりと背筋を凍らせた。さくらの瞳が怪しく光り、その目には狂気が浮かんでいた。


「誠司くんは血統がいいから人気なのよ」


 俺は、まさかの種馬だった。俺の知らないところで、俺の精子が売りに出されていた。


「モーリスの子供が欲しかったのは本当。だってハーフって可愛いじゃない?でも彼は壊れちゃったから。誠司くんはDNAの質が良かった。内臓疾患もないし、タバコも吸わないでしょう。先祖に北欧の血が入ってるみたいなのよ?だからね」


 逃げ出したはずのモデルは。


「私に誠司くんの精子、いっぱいちょうだい?」


 俺は、桜の頬を引っ叩いて押し倒した。そうしたらさくらは悲鳴をあげて、自分のバッグからポケットナイフを取り出して振り回し、自分自身を傷つけた。


 俺の本能が死を感じていた。このままでは俺は実験台になって廃人になるまで精子を抜かれて捨てられる運命にあるのだと。殺されてたまるか。こんなところで、死んでたまるか。


 殺さなければ、殺される。俺はさくらからナイフを奪って、あいつの首を狙って腕を振り上げた。


 だが、抵抗も虚しく、俺はすぐさま取り押さえられて、刑務所に入れられた。さくらにボディガードがついていたのに気がつかなかった。ナイフを取り出したことすらも罠だったのかもしれない。


 俺は警察に全てを正直に吐いた。さくらについても時任建設の悪事も、覚えている限り吐き出して、ついでに鹿子に証拠品を送ったことも警察に正直に伝えた。


 それから俺は精神薄弱として病院に入れられた。一生出れなくてもいい。あんな女のところに戻るくらいなら、ここで一生暮らした方がマシだ。警察は事実関係を調べると言って鹿子にも連絡を取ったようだ。三日に一度警察が俺の元に来て俺の容体を調べている。何度かは供述についても再確認された。


 精子の闇取引は世間でも問題になって取り上げられたと聞いた。それについてはさくらが中心になっていたらしいが、闇市や闇医者は父親である信夫が手引きしていたに違いない。時任信夫がそれなりに罪に問われることを願う。


 それから、さくらの妊娠は本当で、ただし現在四ヶ月らしい。つまり俺と強制的に結婚した時はまだ妊娠していなかったというわけだ。検査から父親は俺らしい。頼むから堕胎してくれと俺は泣いて懇願した。あの狂った女こそ一生精神病院に入れて欲しい。


 ああ。もし俺が、あの時ゆかりと別れなければ。


 ゆかりが俺のことを見てくれていれば、こんな事にならなかったのに。


 いや、もっと早く自分の気持ちに気がついて、あいつを大事にしていればよかったのか。他の女なんかに手を出さなかったら、いずれあいつは俺を見てくれたのだろうか。そして結婚して幸せな家庭を築いて、子供も作って。


 全てが砂の城となって両手からこぼれ落ちてしまった。


 今更、俺とあいつの未来はない。


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