元カレの後悔(誠司視点)1

 俺の人生詰んだ、と思った。


 ゆかりと出会ったのは、大学OBの合同コンパだった。美人で人気だった鹿子が連れてきたゆかりに、周りの男が色めきたったのを覚えている。スレンダーで背は高め、少し猫背で時々目を細めるところからきっと目が悪いんだなと思った。俺もコンタクトを入れてるから、キラキラする瞳はそのせいだ、ということもわかっていたから、それを狙っているんだと思っていた。男を求めてコンパにくる女たちは、自分を可愛く見せようと必死になる。俺がこのコンパに呼ばれたのも、女子集めのためだったと自覚していた。


 自分で言うのもなんだが、俺はモテる。180センチ近い身長と、テニス部で鍛えた細マッチョに女の子たちがキャアキャアと騒ぎ立てるのが少しうざかった。大学に入ってから、それは落ち着いたが、女に困ることは一度だってなかったし、サイテーと言われようが年上のセフレが数人いたのも確かだ。一流企業に内定が決まってからは、身辺整理をして立ち回りもスマートになったと思う。営業マンとして笑顔をたやさず、女性に対しても丁寧に接して言葉遣いや態度も意識して柔らかいものにした。俺にとっては人生最大の努力だったと思う。


 ゆかりは、俺の目から見ると地味女だった。生成りの麻のロングワンピースに若草色のカーディガン、リップグロスだけで化粧っ気はなく、歩きやすそうなローヒールを履いていた。バイトの帰りだとかで地味なトートバッグを肩からかけて、鹿子の後ろに居心地悪そうに立っていた。茶髪の女の子が多い中、真っ黒のパーマをかけた髪でポニーテールにした襟足から溢れるカールした髪の毛が色っぽいなと思ったが、それだけだった。後になってそれが天然パーマだったと聞いて驚いた。それほどひどい癖毛だったからだ。


 だが、あまり付き合いのなかった男友達の岡部が、ゆかりを落とせばもれなく鹿子がついて来ると耳打ちした。どうやら鹿子とゆかりは非常に仲が良く、常に鹿子が守るようにゆかりについて歩くと言うのだ。それ以外でゆかりが合コンに現れることは皆無なのだと。呆れた。


 鹿子は派手な顔立ちで、気が強い。ジャーナリストとして既にあちこち飛び回っていて国際的な人間だ。噂では英語だけでなくスペイン語やフランス語も堪能だというが、何語を喋っていても俺にはわからないので聞いたこともない。スタイルがいいのはわかるが、俺が好むのは守りたくなるような可憐系なので、鹿子には興味はなかった。


 まあ、他の男たちから見ると鹿子は高嶺の花と憧れが強いのだが、ゆかりを紹介するために最近あちこちの合コンに現れていると噂が回ったらしい。岡部たちの本命は鹿子で、ゆかりに気に入られれば鹿子とも近づける、と考えたからか参加者で溢れ厳選して選ばれた。


 くだらない。自分より有能な女に媚を売ってどうにかなると思っている男どもがうざい。そう思って、俺はわざとゆかりの正面に座った。鹿子の隣でニコニコ話を聞きながらも、ひたすら食べている面白みのない女だと思っが、物欲しそうな顔をしている他の女よりマシだった。


 その見方が変わったのが、ゆかりの態度だった。ただ食べてるだけなのかと思ったら、少なくなった食べ物を一つの皿にまとめ、箸の進んでいる男の前にさりげなく置く。水を注いだり、酒の減り具合を見て注文するか確認したり、おしゃべりに夢中で袖が醤油皿につきそうなヤツを誘導して皿を移動させたりと、甲斐甲斐しい。それがわざとらしくなくて、あまりにも自然で誰も気がつかないでいる。ふと、俺と視線があってにこりと笑うと、少しだけ頬を緩めて笑い、すぐに視線を逸らし他のやつの話を聞く。そんな初心な態度に俺は興味を持った。


「付き合わない?」


 と声をかけたのは俺の方だった。もちろん他に彼氏がいないのなら、と付け加えたがこの地味女にいるわけがない。ゆかりは少しだけ驚いた顔をしたが、にこりと笑って俯いた。だから、了承したのだと思ってホテルに誘った。が、答えは否。え、なんで?と思ったが流石に出会ってすぐは早過ぎたかと思って、その時はおとなしく引いた。


 半年経ってもゆかりは体を開かなかった。どうして。何が気に入らない?何かいえない性癖でもあるのか。体に不備があるとか、不感症とか、まさか病気持ちではないだろう。頑なに断りを入れるゆかりにいつしか俺は夢中になった。他に男がいるのかと思って、不意打ちをかけて家に押しかけたが、そんなそぶりも匂いもない。いい加減イラついて、俺は無理矢理ホテルに引き込み、関係を持った。内気な女だからオッケーと言えないのだろうと思った。嫌よ嫌よもいいのうち、ってことだろうと。


 ゆかりは初めてではなかった。


 なぜかショックを受けて、それから会う度に体の関係を迫った。あいつの体は柔らかくて吸い付くような肌で、胸も意外と大きいのは嬉しい誤算で。これほどセックスの相性がいい女はいないとすら感じて、俺はゆかりの体に夢中になった。


 ゆかりの初めてが欲しかったのだと今では思う。なんで俺が最初じゃなかったんだと勝手にイラついた。ゆかりの白い肌が俺に吸われて、赤く染まるのが嬉しかった。もっと狂ったように俺を欲しがれとがっついたのは認めよう。それほど俺はゆかりにはまっていた事に、別れるまで気がつかなかった。


 欲求不満になって、昔の癖で色んな女に手を出した。ゆかりを思い浮かべながら他の女を抱いても、ちっとも興奮できなかった。他の女の影をちらつかせれば嫉妬して、俺を欲しがるかと思って別れ話を切り出したら、あっさり引き下がっていったゆかりを見て、愕然とした。


 夢中だったのは俺だけで、ゆかりは俺に無関心だったのだと。


 そんな時、たった一度だけ抱いたさくらが妊娠したから結婚してと迫ってきた。そんなバカな。あいつはピルを飲んでいるから大丈夫と言っていたくせに!しかも既に五ヶ月は過ぎていて中絶もできないと言われた。計画的犯行か!


 ふざけんな!俺にはゆかりがいる。そう思って逃げようとしたら、職場に時任信夫が来た。娘を傷物にした責任は取ってもらうと、脅してきたのだ。まさかさくらが時任建設の娘だなんて。


 受付嬢は「宮島さくら」だったはずだ。そう言ったら、ビルのオーナーの娘が働いていては周りが萎縮するからと、わざわざ母方の旧姓を名乗っていたのだと言われた。そして俺は拉致された。仕事は知らない間に退職したことになっていて、俺は時任建設の跡取りに押し上げられていた。


 それはそれで悪くはないかという考えがよぎったが、蓋を開けてみればヤクザまがいの仕事をしてることが発覚した。この親にしてこの子だと、嵌められたと思った。

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