歓迎会

 日が暮れて、末松さんが日本酒の一升瓶とビールをケースで持ち込み、私がきりたんぽ鍋と枝豆や唐揚げ、かぼちゃフライなどを持ち込んで鈴木さんの部屋に落ち着いたところで引っ越し3人組がようやくやってきた。


「あんたたちみたいに大きな男3人でも、家具やら何やらの移動となると大変なんだねえ」


 すでに一人で酒盛りを始めていた末松さんが、乾杯と日本酒の入ったコップを掲げて男性軍に挨拶をした。


「引っ越しは初めてなんで、手際が悪くて」


 図体のでかい男の人が3人もいると流石に12畳ほどあるこの部屋も狭く感じてしまう。背を屈めないとドア枠に頭を打ちつけそうだ。ちょこんと座布団に正座をする三人に、鈴木さんが足を崩して良いよ、と笑う。


 湯気を立てる鍋を見て、田中くんがおお、と嬉しそうな声を上げた。


「なんすか、この竹輪みたいなの」

「ぎりだんぽだよ。ゆがりぢゃんが作るぎりだんぽは、もぢもぢしてんめぇんだ。腹たがぎもえがら、若ぇふとにはもってごいだで思うんだげどね。うぢの息子も娘も田舎の味嫌ってさ」

「……えっと?」

「きりたんぽ。腹持ちもいいから、若い人にはもってこいだと思うんだけどね、って言ったの」


 鈴木さんが何と言ったのか解らず、困惑気味に頭を掻く田中くんに、お互いの顔を見合わせるよく似た安城兄弟。思わず笑いたくなるのを堪えて、すかさず訳してあげると、ああ。なるほどと頷いた。


「まあ、ゆかりちゃんが越してきてから、春ちゃんの孫ができたみたいなもんだよね」


 末松さんが愉快そうにそういうと、娘の間違いだろ、と鈴木さんが小突く。春ちゃんというのは鈴木さんの名前で、とても仲の良い夫婦漫才を見ているようで和む。


「えっと、ご夫婦、じゃないんですよね?」


 安城さん(兄)が足を崩して、末松さんにお酒を勧められるのを受けながら、控えめに質問をした。


「こんた飲んだぐれが旦那だなんて、やめでほしぇわ」

「えっ?ひどいなあ。飲んだくれは鈴木さんの方だろ?僕はただの飲み友達だよ。もともと鈴木さんの旦那さんと友人だったんだけどね。あっ自己紹介してなかったか。僕、末松酒店の店主です。お酒の御用命は是非」

「おお、お世話になります」


 すっかり打ち解けていたのですっかり忘れてました。と、お互い紹介を済ませる。


 ちらりと奥の部屋に視線を送ると、どっしりと構えた仏壇が見えて、五供ごくうの品がお供えされていた。


「ゆがりぢゃんはいろいろ作ってくれるがらね。たまにはごぢそうもえべ」


 あの人もきりたんぽが好きだったから、と鈴木さんは目を細めた。そんなところから鈴木さんは今でも旦那様のことを愛しているのだと思う。一生に一度の相手を見つけたのだなと思うと羨ましい。


「じゃあ、ゆかりさんは本当に娘さんというわけじゃないんっすね」

「こんた若ぇ娘がいだら、爺っちゃが腰抜がすわ」


 田中さんの中で、いったい私はいくつに見えているのだろうかと首を傾げたが、安城さん(兄)が失礼だろ、と頭を叩いていた。運動部の先輩と後輩みたいだ。


 そんな感じで新人三人と古株(?)の三人で乾杯をし、きりたんぽ鍋はあっという間に食べ切ってしまった。流石の青年三人分。ちょっと足りなかった感じがしないでもない。その後も唐揚げ、田楽、筑前煮を出して、かぼちゃフライも枝豆も食べたものの、まだお腹が空いているのか、安城さんがコンビニで甘いものでも買ってきましょうかと立ち上がったので、じゃあ私が道案内をということになった。腹ごなしの運動にちょうどいいと言えばそうだけど。


「おいにはみがんゼリー、お願いね!」


 と鈴木さんを筆頭に次々注文を受けたので、慌ててケータイにメモをして安城さん(弟)と出かけることになった。鈴木さんはちょっとほろ酔いになってたから急がないと寝ちゃうかも。


「なんか、すみません。初日からこんなご迷惑をかけてしまって」

「いえいえ。鈴木さんと末松さんはいつもあんな感じだし、私もデザート食べたかったので大丈夫ですよ」

「アットホームでいいですよね。すでに住人になった感じがします」

「上の階にいる向井さんもいい味だしたご夫婦なんですよ。奥さんの田鶴子さんは盆栽が趣味で、旦那さんは家庭菜園に凝ってて。自家菜園の野菜をよく分けてくれるんです」

「へえ、いいなあ!俺、都会育ちだからそういうのすごく憧れる。ゆかりさんの作った鍋も田楽もすごく美味しかった」

「え、えへへ。ありがとう」


 思わず照れて、笑って誤魔化した。


 同世代の人に手作りを食べさせたのも初めて(誠司くんは除く)だったけど、こんないい笑顔で「美味しい」と言われるのが小っ恥ずかしいなんて。


「一人暮らしを始めるから、これからは自分で作ろうと思うんですけどね。これまで母親にお任せだったから、しばらくはコンビニ生活になるかなと思ってたんですよ」

「コンビニ美味しいですもんね。私も時間がないとコンビニかカレーショップ愛用してます」

「あ、俺カレーは作れるんです。キャンプとかでよく作るんで。とは言っても市販のルー使うけど。誰でも作れて美味しいカレー」

「福神漬けも倍増」

「なしではカレーと言わないですね!」

「そうそう!なんでカレーに福神漬けなしで食べれるのか全く理解できない!あの甘味とカレーのスパイスが絶妙に合わさってカレーの味が引き立つというのに」

「あと、俺のこだわりは食べる前にスプーンを水につける」

「あ!私も!」


 安城さん(弟)と私はお互いの顔を見合わせて、えっと驚く。


「すごい!これがわかる人に会った事ない、俺!」

「私も。安城さんが初めてです」


 二人で声を上げて笑う。


「俺、ゆかりさんって呼んでるけど、いいですか?」

「ん。別にいいです。みんなゆかりって呼ぶし。水面みなもって苗字なぜか覚えられないんですよね」

「すでに忘れてました。はははっ」

「でしょう?会社でギャグられる時に使われるだけで。『みなもにみなたのもー!』って仕事を押し付けられる」

「ひでぇ!…おっと、すみません、言葉遣いが乱れた」

「あは、いいですよ。普通に話してもらって」

「それじゃゆかりさんも、普通に」

「私は普通に話すと訛りが出るので、この調子でいつも話すんで気にしないでください」

「ええ〜、訛り聞きたい!」

「ダメです」

「どこ出身ですか?」

「内緒です」

「う〜ん、じゃ、そのうち使わせてみせる!」

「頑張ってくださいね。この話し方でもう10年近く来てますから、筋金入りです」


 鹿子の前では、ちょっとくずれるけど。同郷だし。そんなことは初対面の男の人に言う必要もない。


「そっか。あと、俺のことは拓郎って呼んでくれていいです。俺だけゆかりさんって呼ぶのもなんだし」

「拓郎、くん」


 拓郎くんはニコッと笑って頷いた。


 長いようで短い10分のうちにコンビニに着いてデザートを買い漁った私たちは、帰り道も食べ物の話をしながら帰っていった。


 拓郎くんのお父さんはガス会社に勤めていて、お母さんはお父さんの会社のガス器具を使ってパン教室の講師をしているから、焼き立てパンが毎日食べられるとか、お父さんはワインが好きで自宅でハムや燻製を作っているとか。安城(兄)さんは最近結婚して、ニ世帯住宅になったので拓郎くんは家を出る決心をしたのだとか。


 私は話を聞きながらも肩肘はらず自然体でいられたことに、布団に入ってから気が付いた。




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