第59話 Alter Ego

 アートレスの中でも特に無能な自分──ミカド・アキラ。


 ジーンリッチの中でも特に優秀な彼──フセ・カズトはくしゃく


 それなのに、伯爵フセは自分とよく似ていた。


 自らの生まれたこの世界を二分する、遺伝子の違いから互いを差別しあうアートレスとジーンリッチの争いを、他人事のように冷めた目で見ているところも。


 ロボットが好きで、ロボット物の創作物が好きで、その主人公のようになりたいという英雄願望を抱きながら、この現実の中でそれを叶える道を見いだせなかったことも。



「カズトォォォォォォッ‼」


『アキラァァァァァァッ‼』


 ズガシャァァァァァッ‼ 



 ロボット、ブランクラフトに乗って実力が拮抗した相手と死力を尽くして殴りあう、もはやアートレスとジーンリッチの戦争とは関係ない、この私闘に歓喜しているところも。



(これじゃカズトの思うツボだ!)



 英雄になる夢が破れ、せめて強敵との戦いを楽しみに戦場でその機を待っていた──そんな理由で殺しにかかってくる伯爵フセは正気ではない。


 そう思いながらもアキラは相手の気持ちが分かってしまった。


 ロボットを操縦して戦うことは最高の娯楽。娯楽は真剣に打ちこむほど楽しくなる──自分の命がかかっていれば、この上なく真剣になり、この上なく楽しくなる。


 しかも、その相手が最高に気の合う、一緒に遊んで楽しい友達なら、最高に楽しいに決まっている……どう考えてもおかしいが、自分が充実感を覚えているのは否めない。



(でも!)



 この戦いの果てに待つのは友達を殺すか、友達に殺される結末だけ。そんなのは嫌だと悲しむ心も確かにあるのに、その迷いで動きが鈍れば、自らの死に直結する。


 ゾーンによる超集中力が生存を最優先として発揮された結果、アキラの肉体は感情から切りはなされ、自機ルシャナークを守り伯爵機サラマンダーを倒すための機械になったかのように寸分の狂いなく、スティックとペダルを操作していた。



 ガッ! ガッ‼ ズガァッ‼



 アキラの駆る金獅子ルシャナークと、伯爵フセの駆る火蜥蜴サラマンダー、その黄金と紅蓮の装甲を無惨に凹ませあう両機の拳闘は、いつ果てるともなく続いた。


 実際は始めてから長い時間は経っていないが、ゾーンによって体感時間が何倍にも引きのばされたアキラには永遠のように思えたし、永遠に続いてほしかった……



 ガシャァッ‼



 ……だが、終わりは突然、唐突に訪れた。


 いや、本当は積みかさなった事象の帰結。


 ブランクラフトの拳打は同サイズのブランクラフトにほとんどダメージを与えられず、それゆえ双方の拳が何度ヒットしても状況はなにも変わらなく見えた……が。


 実際は少しずつでも着実にダメージが蓄積していた。そして最も痛むのが早かった部位は、殴られた箇所ではなく──


 殴っている右拳だった。


 設計上その手は敵機を殴ることを想定しておらず、その用途に耐えるだけの強度が与えられていなかった。無茶な使いかたで酷使された両機の右拳は、同時に限界を迎えて砕けた。


 だが機体の右腕は手首から先がなくなろうとも相変わらず主武装として使用できる。双方はそのままボディブローを放った。



『ガハッ……』


「えっ……?」



 手首から先がなくなった前腕の断面は鋭く、なくなる前よりかえって貫通力の高い凶器と化していた。


 それが互いの傷んだ装甲を貫き──ルシャナークの右腕は伯爵機サラマンダーの腹部に深々と刺さり、伯爵機サラマンダーの右腕はルシャナークの腹部に浅く刺さってとまった。


 腹部装甲の奥のコクピットが、伯爵機サラマンダーのキャノピー式のものより、ルシャナークの球形のもののほうが構造上、頑丈だった。そのわずかな差が結果を左右した。パイロットの戦いぶりは互角だった。



「あ、あ、あああああ‼」



 その球形コクピットの全周モニターに映る光景に、アキラのゾーンが解けた。無意味な声を上げて目の前の現実を拒絶するが、なにも変わらない。


 眼前の伯爵機サラマンダーの腹部には、ルシャナークの右腕があまりに深く埋まっていた。装甲の向こうのキャノピーをさらに貫いて、コクピットに達していると一目で分かるほどに。


 そして通信を繋いだままにしていたため伯爵機サラマンダーの機影の傍には通信ウィンドウが開いており……その中では伯爵フセのヘルメットのバイザーが割れて、その奥の顔は血まみれになりながら、力なく微笑んでいた。



『ア、キラ……』


「しゃべらないで! 医者を連れてく──」


『いや、これは、もう……助からね……よ』


「ごめん‼ ボクが、ボクが‼」


『そりゃ、オレのほう……付き、あ……悪かっ……オレ、自滅、オメーが殺した……ねーから、気にすんな、よ』


「分かったから! いかないで、カズト‼」


『楽し、かっ……ありがとう、アキラ……』


「あ、ああッ──カズトォォォッッ‼」







 罪深い人生だった。


 気が乗らないと言いながら、状況に流されるまま大勢の人を殺した。誰もがきっと、こんな空っぽな男より実りある価値ある人生を送っていただろうに。


 だがなにより罪深いのは、自らの命を粗末にして、こんな奴とも絆を結んでくれた人たちを悲しませたこと。もうなにも見えぬ闇の中、その姿を思いうかべ──


 ひとりひとりに詫びていく。



(フヒト、命令違反してゴメンな。これはオレがワリィんだ、自分を責めんなよ)


(サナト、この世界は優しいオメーには残酷すぎる。ヒーローになりてーとか言っておきながら、そんなオメーの力になれなくてゴメン)


(ミユキ、オメーが命と引きかえに助けてくれたのに、こんなすぐ死んじまってゴメン。あの世で埋めあわせ、させてくれ)


(マミヤ、オメーの誇りを傷つけずにオメーを支える方法が分かんなかった。すまねぇ。無事でいろよ。オメーなら、もっともっと強くなれるさ)


(姫サン、面目ねぇ。恩返しするどころか、アンタの好きな男を殺そうとして。今さらだけど、殺さずに済んでよかった。どうか2人で幸せになってくれ)


(アキラ──)



「そりゃ、オレのほう……付き、あ……悪かっ……オレ、自滅、オメーが殺した……ねーから、気にすんな、よ」


『分かったから! いかないで、カズト‼』


「楽し、かっ……ありがとう、アキラ……」


『あ、ああッ──カズトォォォッッ‼』



 せっかく出会えた最高の友達をこんなに泣かせて、心苦しく思いながらも、その友達に見送られる安らぎに包まれて──


  カズは……死んだ。

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