第58話 主人公

「もうやめて、カズト‼」


 バヂッ! バヂィッ‼



 ルシャナークの構えたビームサーベルが、伯爵機サラマンダーの振るったビームソードを受けとめ、両者の光刃を形成する荷電粒子が反発しあって火花を散らす。



「投降して、捕虜になるから!」



 だんだん速くなってくる伯爵機サラマンダーの動きに反応するのが厳しくなっていき命の危険を感じながら、ルシャナークを操るアキラは必死に呼びかけた。


 だが伯爵フセは聞いてくれない。


 伯爵機サラマンダーの攻撃はとまらない。



『敵地で孤立してるオレに捕虜を取ってる余裕なんかねーよ! グズグズしてたらそっちの援軍が到着して包囲されて、捕虜にされるか殺されるのはオレのほうだ!』


「ええッ? じゃあ、君が投降してよ!」


『断る! オメーを倒してズラかるぜ‼』


「て、撤退する気なら、そうして! ボクは君が背中を向けても攻撃しない、追わないから‼」



 アキラは逃げるために戦っていた。


 伯爵も実はそうだったのなら──


 もう戦う必要はない。



『断るッ‼』


「信じて‼」


『疑っちゃいねーよ、ただオメーと戦うほうが優先ってだけだ、隊長代理の命令に従って撤退するよりも、な‼』


「優先順位おかしいでしょ‼」


『ああ、軍人失格だ! それでも、こればっかりは譲れねぇ! オレはいつかオメーみてーな強敵と戦う日が来ることだけを待ち望んで、このくだらねー戦争に付きあって従軍してきたんだ‼』


「ええ⁉」


『オレはヒーローになりたかった。ロボットに乗って、愛する人や正義のために戦う、ロボットアニメの主人公みてーな‼』


「‼」


『そんでライバルやラスボスと、ヒリつくような限界バトルをしてーと思ってたのさ、最高にドラマチックなやつをなァ‼』


「それは……!」



 人によれば〝ふざけるな〟と怒りそうな、現実と虚構を区別できていない発言だった──が、アキラは怒れなかった。


 自分もそう思ってきたから。


 そんな甥の夢を叶えようと伯父サカキが作ってくれたのが、アキラが好きなロボットアニメの主人公機に似せた、この胸に獅子頭を備える金色の機体ルシャナーク。


 それに乗っていて、とやかく言えない。


 むしろ大いに共感してしまったために。


 本当は戦いながら話す余裕もなかったところ意外な言葉に驚いたせいで、思いきり隙ができてしまった。


 伯爵フセは見逃してくれず──伯爵機サラマンダーのビームソードの光刃がルシャナークのビームサーベルの柄を握る右手と左手のあいだを通過し、柄を上下に溶断!



「しまった‼」


『トドメェ‼』



 剣を失い無手となったルシャナークに、伯爵機サラマンダーが大上段に掲げた剣を振りおろしてくる。回避は間に合わない、機体は一刀両断され、その中で自身の肉体は光刃の熱で蒸発する──



 ズバァッ‼



 光刃が獅子の頭を抉った──それはルシャナークの胸部から前に突きでた部分、だけ。全身を両断するはずだった太刀筋は、寸前にルシャナークが後退を始めたために浅く入った。


 自らの死を確信した瞬間、アキラは再びゾーンに入っていた。加速した感覚による超反応で機体を下がらせ、胸ライオンの熱核獅子吼砲アトミックサンダーを失いながらも回避──しながら!



 ブンッ‼


『なにッ⁉』



 その場で機体を振りむかせるように旋回させ、その慣性によってルシャナークの臀部から長く伸びた細い尻尾が、鞭のようにしなって伯爵機サラマンダーの右手を打つ!



 バチィッ──ボガァン‼



 さらに尻尾の先から閃光がほとばしり、伯爵機サラマンダーの両手のあいだでビームソードの柄を溶断した。


 その閃光は激光対空砲レーザーファランクス、他のブランクラフトでは頭部のアンテナにある近接防御用の小型レーザー。威力が低くてブランクラフト本体には効果が薄いが、本体より小さい剣の柄なら破壊可能!



『入ったな‼』


「そっちも‼」



 伯爵フセは剣を破壊されても少しも怯まず機体を前進させてきた。その反応速度はゾーンに入った今のアキラから見ても脅威、つまり今までより遥かに速い──伯爵フセも再びゾーンに入った!



 ガシャァァァッ‼



 ルシャナークと伯爵機サラマンダーは互いに突きだした右手の拳を、己の左腕で受けとめた。拳打──無手となった今、それが両機の主武装。



「うわぁぁぁ‼」


『うぉぉぉぉ‼』



 ガガガガガガガガガッ‼



 もはや両機とも足を使った機動はせず、その場で腰を落として大地を踏みしめ──ブランクラフト同士の殴りあいが始まった。


 相手の拳の軌道を読んで的確に防御しながら、相手のわずかな隙を見つけて自らの拳を叩きこむ──だが相手の隙をうかがって動きをとめることはしない、一瞬も途切れぬ拳の応酬!


 武の達人同士の死合のようにも、子供同士の喧嘩のようにも見える激闘の中で、アキラは己の激情を叫んだ。



「こんなのがヒーローの戦いなの⁉」


『んなワケあるか! オレはヒーローじゃねぇ‼ なれなかったんだ、こんなクソみたいな世界じゃ‼』


「なれなかった……⁉」


『アキラ! オメーはジーンリッチを滅ぼしてーか⁉』


「そんなこと思わない!」


 ズガァッ‼


『じゃあアートレスのほうが滅びるべきだと思うか⁉』


「思わない‼」


 ズガァッ‼



 互いの拳が相手の防御を抜けてヒットするようになってきた。打った時も打たれた時もコクピットが激しく揺れるのに、アキラは耐G動作の応用で耐えた。


 機体の損傷もわずか!


 機能停止には程遠い!



『やっぱ気が合うな、オレもだ! 天然か人工かって遺伝子の違いでいがみあって、人種差別が形を変えただけじゃねーか、馬鹿馬鹿しい! そんなんにマジになれるか‼』


「なら、なんで帝国軍に!」


『帝国軍は志願制じゃねーぞ? 帝国臣民に職業選択の自由はねー、オレたちゃ国から言われたことをやるだけなんだよ」


「あっ──」


『それで入隊したが、周りのジーンリッチどもの〝アートレスを滅ぼせ〟って熱狂にゃ染まれねーし、連邦に寝返って逆をする気にもならねー。どっちもどっちだかんな!』


「なら、両者の争いをとめるために戦えば!」


『そうしてーと思えりゃ、よかったんだがな。白けちまって、そんな気にもなれやしねー。オレは憧れの主人公たちみたく、自分の生まれた世界の問題に真剣に向きあう気になれなかった……この世に適合できなかったのさ』



 ズガァァァァッ‼



『だからオレには強敵と戦う願望しか残ってねーんだ! 主人公らしい正義もねぇ、ただの戦闘狂みてーに、こんな戦いを待っていた! ようやくできて嬉しいぜ、オメーのおかげだ‼』

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