第53話 克服

「月の化物が、こんな所にまで‼」


「ちくしょう、ジーンリッチめ‼」



 ルナリア帝国軍からの奇襲を真珠湾に受けた、地球連邦ハワイ州の中心地──オアフ島は混乱の渦中にあった。


 帝国との開戦後もここでは続いていた平和が失われ、宵闇を照らす火災に不安をかきたてられ、人々が恐慌に陥っている。



「動け! まだ近くで戦闘が‼」


「もういい、歩くぞ!」


「邪魔だ! 車を放置するな‼」



 避難する人々の車で道路は渋滞し、けたたましいクラクションがあちこちで響いていた。車を捨てて歩く人が続出し、それがまた渋滞を悪化させている。



「助け……」「この人を!」


「ダメだ、もう助からん‼」


「う、あ」「そんな!」


「時間を無駄にしたら助かる人まで助からなくなる‼」


「死にたく、な……」「あッ⁉ ……イヤァァァッ‼」


「クッソォッ‼」



 医療や消防の従事者たちが懸命に奔走している。



「あんな所に住んでたから!」


「ここもいつやられるか……」


「ああ、ジーン……!」


「俺も、ああなる……」



 敵の攻撃を受けて今も炎上している範囲から逃れた者たち。


 その範囲外の州都ホノルルなどの無事な場所にいた者たち。


 身近な人の死を嘆き、これから自らも死ぬのではと恐怖しているのは、どちらも変わらない。



「早く飛行機を出せ‼」


「おい、割りこむな‼」


「どうか落ちついて‼」



 ハワイ州政府はシェルターへの避難を勧告していたが、それに従わぬ者たちが今すぐ島から脱出しようと空港に殺到していた。


 空港にある何機もの旅客機が全て満杯になったが……なかなか飛びたたない。今、発進させるのはあまりに危険だと、空港側も理解しているためだ。


 島の上空では、きらめく星々の中、流星ではありえない複雑な軌道で飛びかう光と光──黄金と紅蓮、2機のブランクラフトがまだ、戦っている。







 バヂィィィィッ‼



 黄金の獅子から変化した、その獅子頭が今は胸部を守る鎧となった〘金獅子ルシャナーク〙は2本のビームサーベルを二刀流で。


 紅蓮の戦闘機から変化した、空想の産物たる直立する蜥蜴人リザードマンを思わせる〘火蜥蜴サラマンダー〙は1本のビームソードを両手持ちで。


 その手に光刃を携えた、共に全高16mの機械じかけの巨人たちが背中の翼で風を切り、足裏のノズルから火を噴いて、夜空を翔けて互いを目指し──



 バヂィィィッ‼



 ──互いに振るった光刃をぶつけあって火花を散らす。次の瞬間にはすれちがい、離れては転進して、また互いを目指してを繰りかえす。


 両機は剣だけで戦っていた。


 荷電粒子砲イオンビームキャノンを失い、残る射撃武器は低威力でブランクラフト相手には決定打になりにくい激光対空砲レーザーファランクスのみのサラマンダーはともかく、ルシャナークは全ての武器が健在。


 ガンポッドの激光銃レーザーライフルも。


 獅子頭の熱核獅子吼砲アトミックサンダーも。


 尻尾の激光対空砲レーザーファランクスも。


 だがルシャナークを駆るアキラにそれら射撃武器を使う気はなかった。眼下にはオアフ島、その周囲にはハワイ諸島の別の島々もある。撃てば流れ弾で島にいる誰かを殺してしまいかねない。


 敵機の背後に島が来ない角度で撃てば問題ないが、互いに激しく位置関係を変えるこの戦いの中、それを確かめている余裕はない……ただ、余裕と言うなら。



 そもそも他者の命を気遣う余裕があるのか。



 アクベンス飛行科のパイロットたちに模擬戦で勝ったことのない自分が、彼らが束になっても敵わなかった相手に。


 アートレスでも底辺の才能しかなく、軍人としての訓練を受けたこともなく、実戦はこれが2度目の自分が、ジーンリッチによる帝国軍の中でも突出した実力者だろう相手に。


 あるわけない。


 だがアキラの、軍人でもない民間人の友達3名は、この敵らの攻撃に巻きこまれて理不尽に殺された。そのことに憤る自分が、同じように理不尽な加害をできようか。


 1週間前に自らの愚かさから大勢の人を死なせてしまったことへの自責の念を抱えてもいるのに。


 それらは感傷ではある。


 そんなことを言っている場合ではなく、最優先すべき自分の命を守るためには他人を巻きこむのも仕方がないとは考えられる。


 それに飛行科の心神隊やアクベンスは自国民を巻きこむことを恐れず市街地へと発砲していた。そうして敵を倒さねば被害はさらに拡大するのだから、それが軍人の責務なのだろう。


 だとしても。


 自分にそんな覚悟はなく、そう決断するには精神力を消耗し、決断してからも良心の呵責にさいなまれる。それでパフォーマンスが落ちるデメリットは、射撃武器を使うメリットより大きい。


 ならば悩むだけ無駄。


 ゾーンに入って思考が明瞭になったアキラは瞬時にその結論に達し、迷わず剣での戦いに専念していた。



 グイッ



 左スティックを前に倒して機体に〔前進〕を命じながら、左右のペダルを目一杯まで踏みこんで機体両足にプラズマジェット推進器をフルスロットルで噴射させ、最大加速!


 右スティックを左斜め後ろに倒し、右ペダルを前に押しだし、機体を大きく左にターンさせる急旋回!



 ギュオッ‼



 その加速と旋回が猛烈なGを生み、アキラの体重を何倍にもして操縦席へと押しつける。Gが血液を下半身へと偏らせ、上半身──特に頭への血液による酸素供給が低下していく。


 視界が灰色に染まった。


 眼球の酸素不足によるグレイアウトだ。先週、西太平洋でゾーンに入って戦った時もこうなった。あの時はその意味も知らず戦いつづけ、さらに先の視界暗転ブラックアウトから意識喪失ジーロックにまでなったが──



「フッ! ──ク!」



 3秒間隔のフック呼吸で酸素を大量に取りこみ、また下半身に力を込めて血液を上半身へと搾りだし、諸症状を抑制する!


 この1週間、飛行科の人たちと共に励んだ耐G訓練が実を結び、アキラは以前ならとっくに気絶している高Gを受けながらグレイアウトで踏みとどまっていた。


 それに訓練中にブラックアウトとジーロックを経験したことでそうなる感覚を覚え、ブラックアウトの一歩手前でそれ以上のGがかからぬよう調整もできている。



飛行科みんなのおかげです!)



 アキラは今、ゾーンによって潜在能力を解放して超人的な操縦技術を発揮し、機体を全力で動かすとGで気絶する問題も克服し──その力を完全に使いこなしていた。


 そして向こうもまた全速力で突っこんでくる、今は灰色に見えているサラマンダーへと、もう何度目かになる突撃を敢行した。

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