第54話 刹那の攻防

 アキラはゾーンによって引きのばされた体感時間の中、自機〘金獅子ルシャナーク〙を全速前進させつつ、向こうもまたこちらへ突撃してくる敵機〘火蜥蜴サラマンダー〙を注視した。


 1振りのビームソードを両手で持ち、右肩に担いでいる。


 右手は〔主武装〕を持って振るう。


 左手は〔自動防御〕するのに使う。


 それがブランクラフトの両手の役割分担。


 だが主武装の使用モードに〔両手持ち〕を選択すると、左手もその武器を掴む。この場合、左手の自動防御はできなくなる。サラマンダーは今、その状態。


 対してルシャナークの現在の主武装、ビームサーベルの使用モードは〔二刀流〕──右左に同じ武器を持ち、右手のほうは普通に主武装として使い、左手のほうは自動防御にのみ使う。


 そして自動防御は主武装でも可能。


 ただし、それが格闘武器であれば。


 彼我の距離が縮まり……至近へと、剣の間合いへと入り──サラマンダーの右肩に担がれたビームソードが動いた!



 ブォッ‼


 バヂッ‼



 サラマンダーが斜めに振りおろしたビームソードを、ルシャナークは突きだした左手のビームサーベルで受けとめた──自動防御。


 だがサラマンダーが両手で振るった勢いを、ルシャナークの片手では受けとめきれない──し、アキラも力比べをする気はない。



 クイッ



 アキラは自動防御のため左スティックの十字ボタンに押しこんだ親指を、押しこんだままボタンの端へと傾けた。


 ルシャナークが左手の剣でふれあった敵の剣を横へと逸らし、自らにふれない軌道へと受けながす。


 すかさずアキラは右スティックの人差指トリガーを引いて、ルシャナークの右手の剣へと攻撃指示!



 ブンッ‼



 主武装が格闘武器の時に右人差指トリガーを引いているあいだ、機体はその武器をモニター上の照準マーカーへと突きだす。


 その状態で右スティック十字ボタンの傾きによる方向指示や、機体全体の回転運動を加えると、突きだした武器を振りまわす。


 ルシャナークがサラマンダーの横をすりぬけながら、その胴を右手の剣で──薙ぐ!



 バヂィィィッ‼



 だがその一撃は、サラマンダーの剣に受けとめられた。


 サラマンダーは自分の剣が逸らされるや自動防御で引きもどしていた。アキラはそれより早く反撃を叩きこみたかったが、間に合わなかった。


 左手で防御しながら同時に右手で攻撃していれば当たった可能性は高いが、攻撃のための位置取りをすると敵の攻撃を逸らせなくなり、防御を押しきられて相討ちになったろう。



「──ふぅ!」



 息もつかせぬ攻防が終わり、アキラはとめていた呼吸を再開した。互いの横をすりぬけた両機が背中を向けあい離れていく。


 また、こうなった。


 突撃しあい、サラマンダーの両手剣をルシャナークが左手の剣で受けとめ、逸らしながら右手の剣を振るうも、引きもどされたサラマンダーの両手剣に受けとめられ、勝負つかずで別れる。


 細かい太刀筋は違うが、もう何度も繰りかえしている。


 膠着状態、ただ互角ではなく、わずかに自分のほうが不利だとアキラは感じていた。なにせ初めに敵の剣を受ける時、少しでもタイミングを誤れば押しきられて斬られている。



(強い……!)



 シミュレーターで対戦したカグヤの底知れぬ強さは別として、こんなに強い相手は初めてだった。


 アキラは先週、西太平洋での戦いでゾーンに入った時、ジーンリッチのパイロットが乗る帝国軍機〘イーニー〙の大部隊を1人で壊滅させた。全機、瞬殺した。


 今はあの時より耐G能力が上がり、よりルシャナークの性能を引きだして強くなっている。それなのにサラマンダー1機を、これだけ戦っても倒せない。


 イーニーとサラマンダーの性能は同等。


 このサラマンダーのパイロットは、あの時のイーニーのパイロットたちとは比較にならぬほど強い。


 ゾーンに初めて入った時は敵なしだったが、2度目は楽をさせてもらえないようだ。



 アキラはそれが嬉しかった。



 前回の戦果が、伯父サカキがルシャナークにだけ搭載したマトリックス・レルムによって自分がゾーンに入っていたからだと知った時から、居心地の悪さを覚えていた。


 ゾーンの力で生まれて初めて他者に勝利した時は──殺人の罪悪感はあとから来た──嬉しかったし、伯父には感謝している。


 だが、いくらゾーンが本人の潜在能力を引きだすだけでも、誰もが簡単に入れるものではないそれに、自分だけが機械を使って簡単に入っているのは……不公平だ。


 アキラは不公平が憎い。


 ずっと、才能に恵まれない不利な立場で、才能に恵まれた有利な立場の者から負かされ見下され、悔しい想いをしてきた。その不公平さが是正されることを願ってきた。


 ずっと勝利を望んできた。


 だが自分が有利になって不利な者に勝ってみると、それは望んでいたものとは違うと分かった。立場が逆になっても不公平という憎むべき構造は変わっていない。


 だからゾーンに入っても手ごわく感じる、本来なら遥かに格上の存在がありがたい。これならマトリックス・レルムを気に病むことはない、使える手はなんでも使って挑むのが当然だから。


 互角より、やや不利よりなこの状況をがんばって引っくりかえせたら、その時こそ自分自身の勝利だと思えそうだから。



「フッ! ──ク!」



 のしかかるGに耐えながら自機をUターンさせる。敵機もまた向きなおった。そしてまた互いに互いを目指して全速前進し──



 バヂィィンッ‼



 サラマンダーが両手で振るったビームソードを、ルシャナークののビームサーベルが、その横腹を打って弾いた。


 アキラは右スティックの十字ボタンを押して倒しながら人差指トリガーを引いて、機体の右手の主武装に自動防御をさせながら攻撃の入力もした。


 そうすると機体は敵の武器を


 左手ではできないこと。左スティックの人差指トリガーは攻撃用ではなく、機体に〔上昇〕を命じる移動用だから。ゆえに左手の武器は防御専用で、攻撃には使えない──



 わけではない。



 左手の武器に攻撃を命じる入力は存在しない。だがビームサーベルの灼熱の光刃はふれるだけでも危険。


 ルシャナークは左手の剣を自動防御にもせず前に構え、その光刃がぶつかるように本体ごとサラマンダーに向かっていき、その両手剣を弾かれ体勢を崩した敵機を──ズバッ‼



 ついに、捉えた。

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