第52話 逃げられない

 ズガァン‼



 伯爵機サラマンダーがガンポッドから放った荷電粒子のビームが、地球連邦軍の空飛ぶ双胴船の翼であろう、2つの船体を繋ぐ橋の底面を叩き──爆発の煙が晴れると、そこには大穴があいていた。



「よし!」



 伯爵フセは快哉を叫んだ。これでこの艦は揚力が足りなくなって墜落する。だがまだ多くの機能と乗員が無事でいる。引きつづき艦砲射撃を食らわないよう気をつけて、あとはここから離脱、先に撤退した公爵機ソレスチャル侯爵機ガルーダに合流するだけ──



「‼」



 ふと、敵艦の穴の向こうの暗がりの中で2つ横並びになにかが光った気がした。まるで獣の眼光のような──


 嫌な予感がして、伯爵フセはスティックを左右とも左に倒しながら右ペダルを踏みこみ、機体を空中で側転させながら左へと飛ばせた。



「うおわぁッ⁉」



 予感は当たった。まるで巣穴に近づいた獲物を狩らんとばかりに、暗がりから黄金の獅子が飛びだして、こちらに向かって突撃してきた。







 連邦軍の双胴船──


 宇宙戦艦アクベンスの中央構造体、その最下層にある格納庫に座した獅子の姿巡航形態をした金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙のコクピットで、アキラは待機していた。


 この艦が墜ちるようなら、すぐさま脱出して逃げろ──母になってくれた女性、イシカサ・ツキノ大尉の言葉を、その時が来たら迷わず実行するようにと。


 そして艦は敵機〘サラマンダー〙から攻撃された。


 撃たれたのはここの床の下で、爆風が格納庫の中にも吹きあれた。目の前で火柱が上がってアキラは生きた心地がしなかったが、着弾点の真上にいなかったため機体は無事だった。


 床にあいた穴を見てアキラは即、ルシャナークをそこから飛びおりさせた。右スティックの主武装選択ボタンを押して〔ビームウィング〕を展開させながら。


 それは2本のビームサーベルを背中の双翼それぞれの付根に懸架したまま発振、その状態で翼をぶつけるように敵に体当たりして光刃で溶断するもの。



 ズバァッ‼



 かくして獅子は穴から飛びだすや、その先にいたサラマンダーへと光の翼で斬りかかった。人型を取った機体の腹部を薙いで上下に両断せんと。


 この機体はアキラの友達3人の死の原因を作った5機の1つ、そして先ほどはアキラの慕う飛行科のパイロットの内3人を殺した。その恨みは消えていないが、復讐のためではない。



⦅君は民間人だぞ⁉ 戦わせるわけないだろう‼⦆



 友達を殺されてカタキを討つ気になっていたアキラを、ツキノ大尉はとめた。この艦の中で身を守り、この艦も危なくなったら外に出て逃げろ、その言いつけを守るのが最優先だ。


 だが穴から出てサラマンダーに見つかれば、そのままでは逃げられない。背中を見せれば撃たれて即死。だから不意討ちで撃墜して逃走の安全を確保する。そのための攻撃だったのだが──



「外した‼」



 サラマンダーの横を通りぬけた直後、コクピット内で振りむきアキラはそれを視認した。光の翼が両断したのはサラマンダーの胴体ではなく、その手に持たれたガンポッドだけだった。


 サラマンダーは恐ろしい反応速度で回避運動を取っていた。そしてガンポッドの残骸を投げすて、翼から取りだし両手で握った柄の端から幅広の光刃を伸ばす──ビームソードだ。



「ま・に・あ・えェェェッ‼」



 アキラは左ペダルを前へと蹴りだしながら、右スティックから離した手でその手前の変形レバーをガッと引いた。


 ルシャナークが時計回りに反転、サラマンダーへと向きなおりつつ金獅子巡航形態から人型へと変形。


 すぐさまアキラが主武装選択ボタンを押すと、機体は双翼の前に展開中のビームサーベルの柄をそれぞれ左右の手で掴み──



 バヂィィィィッ‼



 斬りかかってきたサラマンダーのビームソードを、交差させた二刀のビームサーベルで受けとめた。


 アキラは左右のスティックの頭についた十字ボタンを両方とも親指で押しこんでていた。


 どちらも自動防御の入力。


 左の十字ボタンは機体の左手に持った盾などの防御武器──今は防御用に持ったビームサーベル──で自動防御。


 右の十字ボタンは機体の右手に持った主武装が格闘武器──今はビームサーベル──の場合、それで自動防御する。


 自動防御とはパイロットの入力を受けると機体のAIが自動で敵の攻撃を手にした武器で受けとめること。



(危なかった……!)



 アキラが十字ボタンを押すのがあと少し遅ければ、機体の反応が間に合わずにサラマンダーに斬られていたところだった。


 その前の振りむきながら変形する時からアキラはシビアな操縦を求められ、命の危機の中でそれをこなすべく極限まで集中し、またコクピットに搭載されたマトリックス・レルムから流れる耳には聴こえない音楽で脳波を誘導されていたこともあり──



 ゾーンに突入した。



 自機ルシャナーク敵機サラマンダーと鍔ぜりあいさせながら、感覚が加速してスローモーションになった世界で、落ちついて思考を巡らせる。



(こいつを倒さないと逃げられない……!)







(こいつを倒さないと逃げられねぇ……!)



 敵艦の穴から飛びだしてきて荷電粒子砲イオンビームキャノンを破壊してくれた黄金の獅子から、人型に変形したブランクラフトの持つ二刀と乗機サラマンダーの一刀を鍔ぜりあいさせながら、伯爵フセはそう考えていた。


 ゾーンに入ったわけではない。


 ただ元から頭の回転は速い。


 それで瞬時に状況を判断する。


 敵艦は徐々に高度を落としながら離れていっている。自分の攻撃が功を奏した。上手く飛べなくなり、海への着水を試みているようだ。


 この金色の機体を巻きこまないようにか、あれだけ激しかった艦砲射撃がやんだのはありがたい。だが代わりに現れたこの金色を倒さねば依然、逃げるための安全は確保できない。


 こいつを放置して逃げだせば背中から撃たれる。格下が相手なら回避して逃げきれようが、剣を通して伝わってくるプレッシャーがそうできない実力者だと物語っている。



(へっ、上等だ!)



 元より強者との対決は望むところ。


 こいつを倒して気分よく帰ろうか。


 伯爵フセは知らない。目の前の敵機のパイロットも自分と同じく逃げることを最優先に考えていることを。こちらが逃げだせば背中を撃ってくることなく、相手も逃げることを。


 金獅子ルシャナークを駆るアキラ。


 火蜥蜴サラマンダーを駆る伯爵フセ


 互いの事情など知らぬための不要な死闘が今……始まる。

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