第51話 友達

「『ミユキィィィッ‼』」



 公爵クラモチ伯爵フセは各々の乗機を走らせ、自分たちをかばって散った子爵オオトモの名を叫びながら、彼が作ってくれたわずかな安全地帯を抜けて上空の敵艦から降りそそぐ砲弾の豪雨の中から脱した。


 そこまでは同じだったが。


 その後の行動は逆だった。



「撤退!」



 隊長代理の公爵クラモチは部隊に命令し、信号弾を打ちあげながら乗機〘白鳥天女ソレスチャル〙を戦闘機巡航形態へと変形させ、全速力でその場から飛びさった。すぐ海岸線を越えて洋上に出る。



『よくもォ‼』



 対して伯爵フセは乗機〘火蜥蜴サラマンダー〙を上昇させた。すぐ敵艦の機関砲が照準しなおして撃ってくるが、その弾をあるいは回避、あるいは激光対空砲レーザーファランクスで撃ちおとしながら敵艦へと突きすすむ!



「なにやってる、カズト‼」



 自機を海面スレスレで低空飛行させながら背後を振りむき、伯爵機サラマンダーが付いてきていないと知って、公爵クラモチ子爵オオトモの死に動転したまま伯爵フセのことも下の名前で呼び、叱責した。


 なぜなら〝この戦いでは5機中2機までやられたら撤退する〟と事前に伝えてあったのだから。そうなったら戦況にかかわらず各機ただちに退避行動に移れと。


 男爵機スワロウがやられた。


 子爵機ドラグーンがやられた。


 だから、もう潮時なのだ。


 5機中2機とは全体の4割。それだけの損失を出せば軍事的には──全てが滅びたわけではなくとも──全滅と表現される。


 戦闘の続行は自滅行為。


 敵の損失はそれ以上で、戦えば勝てる場合もあるだろう。だが本当にそうなるか知れたものではない。勝てると思って続けたら敵にだけ増援が来て負けたりしたら洒落にならない。


 そんな危険は冒さず、あらかじめ決めておいたタイミングで迷わず撤退して、残った3機は確実に生還する。そう言いふくめたのに──



『ワリィ、フヒト‼』


「カズト‼」


『先に行っててくれ! すぐ追いつく‼』


「カズ──ええい!」



 伯爵フセが通信を切った。引きかえして伯爵機サラマンダーと共にあの敵艦を討つべきか──公爵クラモチは頭に浮かんだその考えを即座に却下した。


 現在の最優先事項は最低1機でも生還すること。そして自分がこのまま母艦に帰投すれば、その条件は確実にクリアできる。


 だが自分が伯爵機サラマンダーの所へ戻り、侯爵機ガルーダも加えて3機でかかれば敵艦を落として3機とも帰還できる確率は高いが、3機とも墜とされる確率もゼロではない。すでに確定しているクリア条件を自ら放棄することになる。


 だから、戻らない。


 この判断は正しい。


 軍事的には……だが、それが〝命惜しさに戦友を見殺しにする言いわけ〟に思えて、それへの反感から機首を返しそうになる衝動を、公爵クラモチは歯を食いしばって抑えた。



『……モチ、公爵クラモチ!』


「ッ、サ──侯爵シマか」



 サナト──と侯爵シマのことも下の名前で呼びそうになり、公爵クラモチは言いなおした。いつのまにか隣を金色の戦闘機、侯爵シマの乗機〘金翅鳥ガルーダ〙の巡航形態が並走していた。


 撃墜された〘スワロウ〙から脱出した男爵イソガミを探しにいっていた侯爵シマは、命令どおり撤退していたか。追いついてきているのに通信が来るまで気づかなかった辺り、かなり心が乱れていた。


 その侯爵シマから、ためらいがちな声がかけられた。



子爵機ドラグーンの反応がない、が』


「想像のとおりだ。撃墜され、子爵オオトモは戦死した。敵の飛行艦からの奇襲を受け、わたしと伯爵フセをかばって」


『あ、ああ……!』


「そして、わたしは即時撤退したが、伯爵フセは敵艦に向かっていって今も戦闘中だ──貴様も戻ることは許さん」


『~ッ‼ ……承知、した!』



 隣を見ると、巡航形態では露出した互いの機体のキャノピーごしに、侯爵シマが歯を食いしばっているのが見えた。先ほど自分も、あんな顔をしていたのだろう。それより──



男爵イソガミは? いるのか?」


『……うむ、操縦席の後ろに』


「そうか、よかっ──」


『……だが、死んでいる』


「な⁉」


『脱出ポッドが落ちた先で地域住民からの私刑を受けていて、救出したが、もう手遅れだった。報復を頼まれ、手前がそれを叶えたのを見届けたあと……事切れた』


「そう、か……っぐ、ああああああ‼」


公爵クラモチ⁉』



 もう押さえられなかった。きんしゃく──倉持クラモチ ヒトは帝国貴族としての面子も、帝国軍人としての体裁も、隊長代理としての責任も投げすて──


 泣きわめいた。



「わたしのせいだ! 心神シンシン9機がマミヤの許へ向かったのを確認しながら、わたしは自分も誰も、救援に向かわせようとはしなかった‼」


公爵クラモチ! それは手前らも同じだ! たかが心神9機と侮っていた、それしきで助けに行けば男爵イソガミの誇りを傷つけると……』


「そこを押して、マミヤの許に全員で駆けつけるよう命令すべきだったんだ! そうすればマミヤも、ミユキも! 死ぬことはなかった‼」


『フヒト……』



 こうしゃく──志摩シマ サナもまた、公爵クラモチのことを下の名で呼んだ。ここにはもう軍人はおらず、5人組の友達グループの内2人を喪った15歳の少年2人がいるだけだった。



「すまない、マミヤ、ミユキ‼ 死ぬな、カズト……!」







 伯爵フセも出撃前に公爵クラモチから言われたことを忘れていたわけではなかった。だが子爵オオトモがやられて頭が真っ白になり、衝動的に敵艦へと飛びだしてしまったのだ。


 公爵クラモチに叱られてすぐ思いだしたが後の祭りだった。敵艦の下面に並んだ無数の機関砲から一斉に撃たれ、少しでも回避と迎撃の手を緩めれば撃墜されるため逃げられなくなってしまっていた。



「先に行っててくれ! すぐ追いつく‼」



 だからもう、この空飛ぶ双胴船の敵艦を倒して安全を確保してからでないと撤退できない。なに、それなら、そうすればいいだけの話だ。



 ガガガガガッ‼


 ビィィィィッ‼



 伯爵機サラマンダーは空中でアクロバティックに舞って砲弾の嵐をかいくぐり、それでも回避しきれない弾は頭部のアンテナから放つ閃光、激光対空砲レーザーファランクスで撃ちおとし、完全に安全を確保していた。


 子爵機ドラグーン激光対空砲レーザーファランクスで砲弾を防ぎきれずに撃墜された時とは違う。あれは子爵機ドラグーンが自分たちの盾になるべく空中の一点に留まり、回避運動を取らなかった結果だ。



「でなきゃアイツだって!」



 伯爵機サラマンダーは弾丸をかいくぐり、さらに望むポジションへと移動していった。上昇しながら敵艦の真下へと接近していく!



「やられたりしてねぇ‼」



 そして充分に引きつけてから、敵艦が空中に浮くための主翼の役目を果たしているであろう、2つの船体を繋ぐ橋の部分へと、肩に担いだ荷電粒子砲イオンビームキャノンを──放った。


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