第50話 ゾーン突入

 公爵クラモチは乗機、白鳥天女ソレスチャル磁軌砲レールガン


 伯爵フセは乗機、火蜥蜴サラマンダー荷電粒子砲イオンビームキャノン


 それぞれの射撃武器で遠くへ飛びさっていく地球連邦軍のブランクラフト〘心神シンシン〙を撃ちおとそうと、照準に専念していた。


 コクピットの全周モニターに映る心神の後ろ姿を凝視し、そこに自機の照準を示す緑色の十字線レチクルマーカーが重なるのを待つ。


 そんな状態では帝国軍でも最精鋭のパイロットである2人であっても、他の方位への注意は疎かになる。戦場では全方位に巡らせている意識を、今この時だけは一点に集めているのだから。


 それは隙があるということ。


 当然その危険は2人も承知している。だが問題ないはずだった。こんな簡単な狙撃はすぐ終わり、またすぐ全方位へ注意を広げるのだから……だが、そのわずかな隙を突かれた。


 心神が飛んでゆくのとは逆の方角、意識の外から迫っていた、地球連邦軍の空飛ぶ船──宇宙戦艦アクベンスに2人は気づけなかった。



『6時の方向! 上だ‼』


『『⁉』』



 ヘルメットのスピーカーから響いた子爵オオトモの声に反応して、2人の脳は自身の肉体に〝狙撃をやめて回避運動を取れ〟と命令した。


 だが、その命令が電気信号として脳から発せられ、神経を伝って肉体に届き、肉体がスティックとペダルを操作して、その入力の電気信号を受けた機体がそのとおりに動くまでには、一瞬とはいえ時間がかかる。


 その一瞬が残されていなかった。


 上空の連邦艦は地上の芝生広場にいるこちらへ機関砲を斉射してきて、2人がそれを回避するのは不可能だった。2人が乗機ともども肉体が砲弾に粉砕されるのを予期した──その時。



『『子爵オオトモ⁉』』



 機体はまだ反応せず、ただ自分の頭だけは振りむいて敵艦の姿を捉えていた2人の視界に、子爵オオトモが乗る竜人型ブランクラフト〘竜騎兵ドラグーン〙の緑色の背中が飛びこんできた。







 ガガガガガガガガガガッ‼



 敵艦から、まさに弾丸の豪雨が芝生広場へと降りそそぐ中、飛びあがった子爵機ドラグーン公爵機ソレスチャル伯爵機サラマンダーがその雨に打たれぬよう、2機と敵艦のあいだに割りこんだ。その身で射線を塞ぎ──



「うおおおお‼」


 ビィィィィ‼



 その頭部に生えた2本の角が激しく揺れながら先端から光線を放つ。それは近接防御用の小型レーザー、激光対空砲レーザーファランクス


 竜の角から放たれた雷が無数の弾丸の表面を炙って蒸発させ、その圧力によって弾丸の勢いを殺しつつ軌道をそらしていく。弾丸を完全に破壊できなくても、無力化するにはそれで充分。


 ただ……敵艦の下面からびっしり生えた全ての砲塔から連射されてくる弾丸は、多すぎた。ブランクラフト1機の激光対空砲レーザーファランクスで一度に処理できる数を完全に超えている。


 取りこぼした弾丸が迫ってくる。


 その様子がずいぶん遅く見える。


 世界全体がスローモーションになったような──それは現実の時間の流れが遅くなったのではなく、子爵オオトモの知覚が加速したため相対的にそう見えている状態。



(ゾーンか)



 極限の集中状態に没入した時の超人的な感覚。


 それは子爵オオトモにとって懐かしい感覚だった。かつて自身より格上の相手に勝とうと挑んだ時に何度か入ったことがある、だがその気概を失ってからは二度と入っていない。


 その領域に今また入った。


 だが、ゾーンで加速するのは知覚と思考だけだ。それによって自身の肉体を操作するスピードも多少は上がるが、筋肉量は変わらないので、そう劇的な上昇ではない。


 まして肉体を通して間接的に動かしている機体のスピードは、少しばかりも上がらない。今から回避行動を取っても、子爵機ドラグーンを弾丸の直撃コースから退避させることはできない。


 ゾーンの強みはこのスローモーションを活かし、通常では目にもとまらぬ動きを見て、通常では考える間もない一瞬のあいだに考えて判断を下せることによる反応力。



(ドジッたぜ)



 だが子爵オオトモは今さらゾーンに入っても取りかえしがつかない判断をすでに下してしまっていた。公爵クラモチ伯爵フセ、2人を守る盾となるべく飛びだした時点で。


 こうなると、ゾーンなど残酷なだけ。


 その研ぎすまされた感覚によって〝絶対に助からない〟と確信させられた状態で、死ぬまでの時間を長々と体感させられるのだから。


 だが、それなのに……子爵オオトモの心は凪のように穏やかで、一片の恐怖もなかった。子爵オオトモはそんな自分に驚き──理解した。



(俺はここまで生に執着をなくしてたのか)



 死にたくないからと無気力キャラに徹していたつもりが、いつしか生きる気力さえなくしていたのだ。


 本当は……本当に本当は。


 こうなりたくはなかった。


 どこかのアニメの主題歌のように、負けて倒れても何度だって立ちあがり、あきらめずに挑みつづける、主人公のような存在でいたかった。


 自分だって上位者には勝てないのに、そんな気概を持ちつづけている伯爵フセのように生きたかった。そうできなかった自分を、自分で見放していたのだ。


 こんな惨めな存在になりはててまで、生きてやりたいことなど自分にはなかった。これまで生きてきたのに、別に積極的に死ぬ理由もなかっただけだ。


 だから、これでいい。


 自分より強い公爵クラモチ伯爵フセを守って死ぬなら、お釣りが来る。あの2人ならこの一瞬さえ防いでやれば、あとは自分でなんとかできる──最期の仕事としては上々だ。


 いや、そんな言いわけも必要ないか。


 友達を助けられた、それだけでいい。


 口に出したことも態度に出した覚えもないが、自分はあの2人も、あとの2人も好きだったらしい。同じような境遇の5人でつるんだ期間は短かったが……楽しかった。


 仲間がピンチの時は我が身を犠牲にしてでも守ろう──などと、考えたこともなかったのに。上空の敵艦に気づいた瞬間、考える前に体が動いていた。


 らしくないことをして死んでいくのが気恥ずかしいが、悪い気はしない。悔いがあるとすれば隊長──タケウチ・カグヤ皇女の役には、あまり立てなかったことくらいか。



(スンマセン隊長、俺はここでリタイアです)



 迫っていた弾丸が、とうとう子爵機ドラグーンの腹部にふれた。装甲を貫き──子爵オオトモの正面の全周モニターを割ってコクピットに侵入してくる。



『『ミユキィィィッ‼』』



 間際に公爵クラモチ伯爵フセが──あのクールな公爵クラモチまで──自分を下の名前で呼んでくれたのを聞けて満足げに微笑みながら、子爵オオトモはその身を弾に粉砕され──死んだ。

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