第48話 死別

「あああああ……‼」



 アキラは顔を涙でグシャグシャにし、己の肩をきつく抱いて、うめき声を上げながら──死にゆく人たちの名を呼んでいた。



「アサマ少尉、アサヒ少尉……!」



 地球連邦軍・宇宙戦艦アクベンスの格納庫からブランクラフト心神シンシン9機が出撃したのち、そこに残された金獅子の機体ルシャナークのコクピットで、アキラは彼らの戦いを見ていた。


 この1週間を共に過ごした飛行科の9人が心神を駆り、伯父サカキが作ってルナリア帝国軍が奪った新型の内、白鳥天女ソレスチャル火蜥蜴サラマンダー竜騎兵ドラグーンと戦う様子を。


 コクピット内壁の全周モニターに映る機外の景色の中に浮かぶ、ウィンドウに表示されたアクベンスのカメラからの映像で。



「イズ少尉……!」



 それはアクベンス艦長、オオクニ・タカヤ少将──アキラの父になってくれた人──の判断だった。


 アキラは戦闘に巻きこまれて死なないよう格納庫にて待機、艦の装甲とルシャナークの装甲で二重に保護する。そして艦が沈むことになったら、その時は脱出させる。


 だが外の様子、敵の位置が分からないまま飛びだせば、その敵から逃げるための針路をとっさには取れない。だから、見ていなさいと。



「ダイニチ少尉、ヤクシ少尉、シラヤマ少尉ッ!」



 それは必要なことではあった。


 だが、あまりに酷でもあった。


 戦場は煙が濃くてよく見えないが、心神や敵機の位置は分かる。それらの機影は味方なら青、敵なら赤の枠で表される敵味方識別マーカーで囲まれているから。


 マーカーの傍にはその機種名、情報のある味方ならパイロット名までも表示されているので、誰が乗っているのかも分かる。


 マーカーが消えたら、その機体は撃墜されたということ。その時、緊急脱出ベイルアウトしたとの表示が出なければ、パイロットは機体と運命を共にしている。



「ミシマ、中尉……!」



 その仕組みが、青枠マーカーが消える度に誰が死んでいるかを逐一アキラに突きつけてくる。乗艦前、先日できたばかりの友達3人を目の前で喪ったばかりなのに。


 ハワイに来てからの新生活で得た、人との繋がりを断たれていく。大切な人が死ぬ度に、我が身を削られる想いだった。


 その人と過ごした記憶が悲しみに染まっていく。


 これから過ごすはずだった時間を永遠に失った。


 もう会えない、話せない。


 それが死別というものだと、生みの親たちが死んだ時に分かっていたはずなのに。自分を捨てたあの人たちのことは忘れようとしていたから、気づけずにいた。



「ツルギ中尉……!」



⦅俺たちがサクッとやっつけてくっから、お前は大船に乗ったつもりで安心してろ。てか実際に乗ってるしな、大船‼⦆



「って、言ったじゃないですか……!」



 言葉を違えたと、なじる気などない。だが文句を言えば〝悪い悪い〟と頭をかいて謝るために出てきてくれそうな、そんな人だった……もちろん、そんなことは起きない。


 これで8人。


 パイロットを目指すアキラに先輩として面倒を看てくれ、アキラも兄のように慕った飛行科の男たちは、みな死んでしまった。


 そして残る1人は彼らの隊長。艦長の妻で、アキラの母になってくれた女性──イシカサ・ツキノ大尉。



「逃げて! お母さん‼」



 戦闘の邪魔になるので通信など開けず、その声がツキノ大尉に届くことはないと分かっていても、アキラは叫ばずにいられなかった。







『大尉、逃げろ‼』



 息子の声は届かずとも、同時に叫ばれた夫──艦長の声は、強奪された新型3機に部下たちを全て討たれ、自らも絶体絶命の窮地にあったツキノ大尉に届いた。


 その時、大尉の心は混乱していた。


 勝てない、死にたくない、逃げだしたい。一方で大事な部下をみな殺されながら、そんなことを思う自分への嫌悪。カタキを討ちたい気持ち、だがそれは不可能だという不甲斐なさ。


 いくつもの感情で千々に乱れ、どう動くべきか逡巡し──戦場では致命的となる隙をさらしていた。その隙を突かれて終わろうとしていたが、夫の声は全てに優先して体を突き動かした。



「うおおおお‼」



 ツキノ機の心神が、脚力と推進器のフルパワーで跳躍する。これまでのように水平方向にではなく垂直方向──上空へと。


 そのコクピットでツキノ大尉は操縦席の右側にあるレバーを押し、乗機を人型から巡航形態へと変形。


 より空気抵抗の少ない形状になったことで遥かに増した加速性能によって、一気に高度を上げながら敵3機のいる芝生広場から飛びさった。



「死ねない! 死んでたまるか‼」



 艦長──上官から命令されたとはいえ、部下のカタキらから尻尾を巻いて逃げだすことへの抵抗は今もある。それでも──



⦅必ず生きて帰る。約束だ⦆


「約束したんだ、息子アキラと‼」







「ああん⁉」



 ブンッ──緑色の竜人のごときブランクラフト、竜騎兵ドラグーンの振るった手刀が宙を切り、そのコクピットでオオトモしゃくは苛立ちの声を上げた。


 公爵クラモチ伯爵フセと3人で心神9機をやることになった時、打ちあわせるまでもなく各人3機を担当する流れになった。


 そして公爵機ソレスチャル伯爵機サラマンダーはもう3機を撃墜したのに。自分はまだ2機で、最後の1機を落とそうと振るった手刀を今、よけられた。



(恥かかせんなよ!)



 この最後の1機は9機の中で最も動きがいい。それにずっと地表で水平方向の機動をしていたのに急に上空に逃げたから……頭に浮かぶ言いわけに情けなくなる。それらもあるが、一番の理由は──



(こん中じゃ俺が一番よえーからだ)



 帝国の貴族階級、上から〔おう〕〔きんしゃく〕〔こうしゃく〕〔はくしゃく〕〔しゃく〕〔だんしゃく〕の内、最上位以外が揃っているタケウチ隊の5人の中で、子爵であるオオトモは下から2番目。


 爵位は多様な才能の総合で決まり、ブランクラフトの操縦技術を示してはいないのだが、5人が模擬戦をすると順位は見事に爵位と同じ並びになる。


 しかし、どうしたものか。


 上空を逃げていく心神を撃ちおとそうにも、子爵機ドラグーンの射撃武器である擲弾発射器グレネードランチャーは弾速が遅く、もう遠くを高速で飛んでいるマトには当てられない。


 だが公爵機ソレスチャル磁軌砲レールガンや、伯爵機サラマンダー荷電粒子砲イオンビームキャノンのスピードなら当てられるだろう──よし。



「ふたりとも、任せた!」



 あっけらかんと言いはなつ。劣等感はあるものの追いこしてやるという気概も持ちあわせていないため、子爵オオトモはムキにならず自分の獲物を上位者に譲った。

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