第49話 大伴 御行

 大伴オオトモ ユキはがんばらない。


 がんばらなければ勝てないような戦いはしない。楽に勝てる戦いしかしない。ルナリア帝国軍タケウチ隊で働く日々の中で常にそう公言している。


 無気力で、不真面目で。


 軍内での評判は悪いが。


 幸い理解ある上官──隊長のタケウチ・カグヤ皇女、隊長代理のクラモチ・フヒト公爵──に恵まれて、そんな彼が嫌がるような無茶な仕事は振られずにいる。


 それが許されるのも能力あってのこと。


 その能力で成果を上げているからこそ。


 なにせ平均的なジーンリッチのパイロットを凌駕するエースで、地球連邦軍の──無能なアートレスどもとはいえ──連合艦隊とその所属ブランクラフト隊をたった5人で潰滅させた、その内の1人。


 世界屈指の実力者だ。


 ただ世界一ではない。


 最強のパイロットはまず間違いなく、最高のジーンリッチであるカグヤ姫。5人は上官である彼女に敵わない。その5人の中で、子爵オオトモは下から2番目。


 隊内の模擬戦でカグヤ、公爵クラモチ侯爵シマ伯爵フセには勝ったことがない。男爵イソガミには勝ったことしかない。自身より才能のある相手には勝てない、自身より才能のない者には勝てる。それだけ。


 勝てない4人に、勝てるようになろうとは思わない。


 がんばれば誰かに1回くらい勝てるかも知れないが。


 がんばりたくないから。


 もちろん世の中には努力で才能の差を覆して上位者に勝利する例はいくらでもある。かつてはミユキ少年も負けん気が強く、上位者に挑んで実際に勝ったことも何度かある。



 だが、疲れた。



 そんなドラマのような展開はそうそう続くものではないと、挑みつづける内に痛感した。己の限界を超えてがんばって、それでも勝てないことのほうが多い。


 こんな分の悪い勝負をこの先もずっと続けるなど考えるだけで嫌になり、少年の情熱は冷めてしまった。己の分をわきまえ、不相応な成果は望まぬようになった。


 軍に入った時には、もうそうなっていた。


 軍に入ってからは、さらに顕著になった。


 軍人の仕事は殺しあい……負けたら死ぬ。


 負けても死なない学業や競技とはわけが違う。そんな世界で〔努力で格上を超える〕などと勝率の低いことをやっていたら、すぐに死んでしまう。


 生きていくには、がんばらないのが一番だ。







『おうよ!』


『任された』



 己の取り逃がした獲物の始末を丸投げした子爵オオトモに答え、公爵クラモチ伯爵フセは自機のコクピットで右スティックに4つある小さな主武装選択ボタンの1つを親指で押して、使用武器を変更した。

 

 2人の機体がその手の格闘武器を、背中の翼の前縁に開いた隙間から内部の収納スペースにしまい、空いた両手で双翼のあいだに懸架していた射撃武器のガンポッドを外して持つ。


 公爵機ソレスチャル磁軌砲レールガンを──


 伯爵機サラマンダー荷電粒子砲イオンビームキャノンを──


 この炎に囲まれた芝生広場を離脱して斜め上空へと逃げていく最後の敵機、戦闘機の姿巡航形態を取った心神シンシン1機に向ける。


 あとは自動照準で機体が狙いをつけ、2人が機会を見計らって右スティックの人差指トリガーを引いて発射するだけ。


 巡航形態は直進力には優れるが小回りは利かない。心神も真っすぐ単調には飛ばず上下左右に蛇行して狙いをつけさせまいとしているが、ふたりの射撃の腕なら問題ない。



(すぐに終わるな)



 子爵オオトモは確信した。そして自分は暇になったので、ふたりの代わりに周囲を警戒し──気づいた。心神が飛んでいくのとは真逆の方向の空から、こちらに迫る巨大な影に。


 心神のほうを見ている2人は、おそらく気づいていない。



「6時の方向! 上だ‼」


『『⁉』』



 2人に背後6時方向への注意喚起を叫びつつ、子爵オオトモは左スティックの人差指トリガーを引きながら左右のペダルを限界まで踏みこみ、乗機ドラグーンを飛びあがらせた。







「大尉、逃げろ‼」



 地球連邦軍・宇宙戦艦アクベンス艦長、オオクニ・タカヤ少将が自身の妻、イシカサ・ツキノ大尉に通信でそう呼びかけたのは、アクベンスのCIC戦闘指揮所からだった。


 それは白い巨蟹にも見える双胴船カタマランであるアクベンスの蟹の頭に相当する、2つの船体を結ぶ橋。その内部の奥まった所にある、艦の頭脳。


 中央に艦長が前を向いて座り、艦長と背中合わせに副長が座り、壁に向かって船務長、航海長、砲雷長、操舵手、通信士、管制官、電測員などが座っている。


 その直方体の部屋は周りを他の部屋に囲まれているため窓がなく、ただ天井と床と壁の6面が全周モニターになっていて、艦体各部に設置されたカメラで撮った船外の光景を映している。


 そののモニターに。


 ハワイ州オアフ島の真珠湾の東に広がる、軍施設と市街地が隣接する──敵の攻撃によって燃えている町が映っていた。


 その一角の芝生広場、ツキノ大尉の心神が離脱した、彼女の部下たちの乗った8機の心神が撃墜されたその場所を、アクベンスはいた。


 そう、アクベンスは──飛んでいる。


 2つの船体を繋ぐ平たい橋は、前進する時に受ける気流を受けて翼として機能し、艦を上へと持ちあげる。もちろん普通の双胴船はそれで空中に浮いたりはしないが、アクベンスは違う。


 大部分が金属ではなく、21世紀後半の現在に普及しているカーボンナノチューブやセルロースナノファイバーといった軽く強靭なナノマテリアルでできており、見た目から想像するより遥かに軽い。


 また動力には大型の核融合炉を搭載し、それで得られる莫大な電力で艦尾のプラズマジェット推進器の噴射は高い加速力を持ち──高速な分、翼に受ける揚力も強くなる。


 それらの要因を合わせて空を飛べる。


 宇宙戦艦でありながら大気圏内でも運用できる、しかも水上だけでなく空中も航行できる万能艦。こんなものを造ったのは、帝国のほうでは分からないが、少なくとも連邦では史上初だった。


 軍港の桟橋にいたアクベンスは心神9機を出撃させてから発進し、真珠湾を水上航行して助走をつけて離水上昇。


 そして2つの船体の下面にあるいくつものハッチを開いて、中から実弾式の機関砲の砲身を伸ばす。照準は心神隊と敵ブランクラフト3機の交戦する芝生広場。


 狙いはもう、つけてある。


 ここまで、どうやら敵に気づかれずに来れた。敵の起こした火災による煙に紛れられたから──心神は9機中8機がやられてしまったが、最後の1機を退避させ──艦長は号令した。



ェーッ‼」

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