第34話 タケウチ隊

〘関西国際空港〙



 日本の州都・大阪の西に広がる大阪湾、その南東部にある埋立地の人工島に築かれた空港。


 先日まで滑走路で旅客機や貨物機といった大型飛行機が慌ただしく離着陸していたが、地球連邦の領土だった日本がルナリア帝国に征服されてから、その運航は休止していた。


 いずれ往復する先を連邦領内の空港から帝国領内の空港へと変えて再会する予定だが、それまでは封鎖されたまま。


 現在ここにいる民間人は、空港のスタッフのみ。


 あとは日本に進駐してきた帝国軍の軍人たちだ。


 その帝国軍人たちがピリピリしており、封鎖中の空港に呼びつけられた、最近まで地球連邦の国民だったスタッフたちは怯えていた。



「ヒィッ! 殺さないで‼」


「まだなにもしてないだろうが⁉」


「なんでもしますからぁ‼」


「うるさい! 本当にブチ殺すぞ‼」



 自分たちは丸腰かつ戦闘の素人、そして自然に生まれてきたアートレス。向こうは銃を持った、戦闘訓練を受けた軍人であり、遺伝子操作で頭脳も肉体も強化されている──



 月の化物ジーンリッチ



 敵うはずない相手への恐怖が、遺伝子操作への忌避感や優れた能力への嫉妬から来る差別意識によって増幅されていた。


 そんな地上の人間たちの悲哀など関係ないとばかりに清々しく晴れわたった青空の下に、ターミナルビルの中から1人の絶世の美少女が歩みでた。


 帝国軍のパイロットスーツに身を包み、ヘルメットは手に持ち、艶やかな黒髪を後頭部でまとめ、凛々しい眼差しと堂々と歩く姿から貴顕の風格を漂わせる……14歳の、月の姫。


 ルナリア帝国の皇太女──


 最高のジーンリッチ──



〘タケウチ・カグヤ〙



 空港の各所に配置された軍人たちが緊迫していたのは、帝国の重要人物である彼女を警護しているためだった。


 滑走路を歩く皇女の向かう先には、帝国軍のブランクラフト〘イーニー〙が数機、巡航形態──全長18mの小型飛行機の姿で駐機されている。


 その1機の横に、帝国軍の白い軍服姿の5人の少年が横一列に並んでいた。カグヤが傍まで行くと5人は一斉に右手を己の額の前にかざして敬礼。カグヤも同じ仕草で答礼する。



「見送り、ご苦労さまです」


「「「「「ハッ!」」」」」


「クラモチきんしゃく、わたくしが留守のあいだ隊を頼みます」


「御意のままに。謹んでお預かりいたします」


「では、みなさん。いってまいります」


「「「「「いってらっしゃいませ‼」」」」」



 イーニーの突きでた機首側の胴体、その上に半透明ハッチ兼キャノピーが開かれたコクピットがあり、その下から飛行中は引きこまれる降着脚ランディングギアが出て先端のタイヤを滑走路に乗せている。


 コクピットの位置は地上4m弱。


 カグヤがヘルメットをかぶって地面を蹴ると、その身は軽やかに舞いあがり、コクピット内の操縦席の座面へと着地した。


 アートレスのパイロットなら階段タラップなどを使って乗りこむところだが、この程度の跳躍はジーンリッチなら誰でもできる。



 バッ バッ バッ



 周りの他のイーニー各機にもパイロットが跳躍して乗りこんでいった。そして5人が離れたのち、カグヤとその護衛たちのイーニー各機は、空港スタッフの管制に従って滑走路を走りだし……


 離陸した。


 飛んでいく各機の右手に、大阪湾の出口にある沖ノ島から南の空へと伸びる巨大な斜塔、斜行軌道エレベーターアメノウキハシのケーブルが見える。


 カグヤたちはずっとその横に張りついて飛ぶわけではないが、最終的に行きつく場所は同じだ。中心部に軌道エレベーターの宇宙駅がある、帝国が連邦から奪ったスペースコロニーてんかつきゅう


 イーニーには大気圏離脱能力がある。


 その推進器は大気圏内では吸入した空気をプラズマ化して噴出するジェットエンジン、空気のない宇宙空間では内蔵した推進剤をプラズマ化して噴出するロケットエンジンとなり、どちらでも飛行できる。


 まず前者の機能で高度を上げていき、空気が薄くなったら後者に切りかえて、地球の重力を振りきって赤道上空・高度3万6千㎞の静止軌道にある天蠍宮を目指す。


 天浮橋があるのに使わないのは、連邦軍の襲撃に備えて。軌道エレベーターの昇降機はケーブルに沿ってしか移動できない。ブランクラフトに襲われたら逃げられない。


 用心して、しすぎることはない。


 連邦領内から発進した暗殺部隊の機体が帝国領内に侵入して、帝国軍の迎撃を突破して、天浮橋を移動中の昇降機を襲のは極めて困難だが、そこまでして狙う価値が皇太女カグヤにはある。


 だが人型に変形もでき戦えもする宇宙飛行機スペースプレーンと言えるイーニーに乗っていけば、敵機が来ても最強のパイロットでもあるカグヤ自ら撃退できる。


 本人は護衛も要らないと言ったが。


 それは上官の総帥から却下された。


 天蠍宮に到着後はそこの軍事エリアである宇宙要塞で宇宙艦艇にイーニーごと乗りこみ、帝国本土である月へと帰還する予定。連邦に偽りの亡命をしていたカグヤの、華々しい凱旋として。


 それはそれでやる。


 だがカグヤの頭は、この機会に月で帝国最高評議会の議員たちを問いつめることと、その先のことで占められていた。


 この戦争、すでに当初の目的は達しており本来なら和平交渉を始めているはずが、議会は戦争を継続して最終的には連邦を滅ぼし世界統一を目指すよう方針を変えたらしい。


 そう語った帝国軍の総帥カツラダ王の言葉の真偽がどうあれ、カグヤは議会を動かして方針を元に戻して、自らが使節となって連邦との和平交渉を始める気でいた。


 同胞たる月人たちと。


 恋しい従弟アキラのために。







「行ってしまわれたな」



 関西国際空港にて、5人の帝国軍人の少年たちのリーダー格、クラモチ公爵がカグヤの去った青空を見上げたままつぶやいた。



「では、我々も行くか」


「うむ」


「おう!」


「ああ」


「参ろうぞ──」



 公爵の声にあとの面々が答え、5人は空港を歩きだす。


 彼らはルナリア帝国軍においてカグヤが隊長を務めるタケウチ隊の隊員たち。カグヤの叔父サカキの開発した連邦軍の新型ブランクラフトを奪取するための高取山への潜入作戦にも参加した。


 そのメンバーの内、最終的に新型5機に乗りこんで操縦してカグヤと共に高取山を離脱、直後の西大西洋での艦隊戦にて自らの奪った機体で連邦艦隊を潰滅させた凄腕のパイロットたち。



「「「「「次の戦へ」」」」」

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