第33話 願う未来

 ガタッ‼



「その元凶の人たちさえいなくなれば──」


「戦争が終わったりしないよ。落ちついて」



 アキラはソファから腰を浮かし、艦長になだめられた。



「最初に言ったろ? この戦争のだって。アートレスとジーンリッチが反目して戦ってるのも本当なんだ。地上の人たちもアートレス、そっちの理由では当事者性があるんだよ」


「あっ」



 アキラは我に返った。


 す……と腰を下ろす。



「すみません……お話を聞いている内にすっかり忘れてました。本当に、それ抜きでも成立してしまうんですね。この戦争は」


「ああ……人類が宇宙に進出すれば、どうあっても地球と月で経済的に対立するのはさけられなかったろう。現実にはそれにアートレスとジーンリッチの対立軸が加わり、相乗効果を起こした」


「相乗?」


「地球側が月側との市場競争に敗れたのはスペースコロニーの立地の悪さもあるけど、地球側の社会の構成員がアートレスで月側はジーンリッチなことが、それを助長したってことさ」



 やはり才能の差か。



「一握りしか天才のいないアートレスの社会じゃ、天才しかいないジーンリッチの社会には太刀打ちできない……」


「それもあるけどね」


「え、まだなにか?」


「そもそもジーンリッチは、月の第1世代の開拓者たちが放射線防御の不充分な安物の宇宙服や宇宙船を使ったせいで被曝しまくったから、君の伯父さんが次の世代の子供たちに生まれつき放射線耐性を持たせるため遺伝子を操作したのが始まりだろ?」


「はい……」



 第1世代の月人は上下2層に大別できる。


 は月の開拓を命じた政治家や資本家たち。はその命令を受けて放射線の飛びかう宇宙空間で作業した労働者たち。


 はルナコロニーやスペースコロニーの建設中は安全な所にいて、完成後に充分な放射線防御のされた高価な宇宙船で無事に移住した。


 は自分たちの造ったコロニーに住むことはできたが、多くの者が放射線防御の不充分な労働環境によって容認レベルを超える量の放射線を浴びてしまった。


 これも悲惨な話だ。


 アキラの2人の伯父であるタケウチ兄弟はに属する立場ながら、兄のツヅキは医者として、弟のサカキはコロニー建造の陣頭指揮を執るため、の人々と共に危険な宇宙で働いた。


 だから月で尊敬されていると、アキラも聞いた覚えがある。


 そしてツヅキは月で新たに生まれてくる子供たちに第1世代の受けた苦しみを繰りかえさせまいと遺伝子操作を始めた。


 その時──



「どうせ遺伝子操作するなら放射線耐性をつけるだけでなく、よくできるものは全てよくしようってなって、ジーンリッチはみんな天才になるよう調整される流れになったんですよね」


「うん。それでもジーンリッチのあいだにも才能の個人差はあるけど、みんな放射線耐性だけは充分にあるんだ。宇宙で活動する上では、その一点だけでもアートレスより遥かに有利なんだよ。経済的にも」


「経済的にも、ですか?」


「スペースコロニーに0G産業の原料を届ける宇宙船の乗員は、地球側ではアートレスで月側ではジーンリッチなわけだけど」


「はい」


「地球側の人たちは──過去の月での反省から──放射線防御が万全な宇宙服と宇宙船を使うようになってるけど。それらは大量生産と技術の洗練でコストダウンしたとはいえ、やっぱり高いんだよ。放射線防御を強化した分だけ、どうしてもね」


「あ……月側は今も、安物の宇宙服と宇宙船を?」


「そ。ジーンリッチは肉体の放射線耐性で事足りるから。対してアートレスは高価な宇宙服と宇宙船を使わなければならない。地球側は余計な出費を強いられ、ここでも月側に差をつけられる」


「うわぁ……」


「これだけ地球が月との市場競争に勝てない理由が重なって、その結果の経済格差がアートレスのジーンリッチへの反感を倍増させ、ジーンリッチは〝なんも悪いことしてないのに〟って怒って……戦争にまでなってるのが、僕たちの生きる今の世の中だ」



 アキラは気が重くなった。


 アートレスとジーンリッチが和解するだけでも不可能に思えたのに、仮にそれが成っても経済面での対立は解消されないとは。



「いったい、どうすれば……」


「それを考えるには、まず君がこの世界にどうなってほしいのかを明確にしないと」


「え……? それは戦争が終わって、どんな立場の者同士でも争わずに平和に生きていくことができる世界に」



 自分がカグヤと一緒に生きるためにも。



「本当に、そう望むかい?」


「な……なんか変ですか⁉」


「いや。なら、君はその望む未来への道筋を考えていくといい。そのために覚えておきなさい。世間では、そう思ってない人のほうが多いことを」


「あっ……」


「そう。この戦争、どちらの陣営でも和平を望んでいるのは少数派だ。大半は相手との共存を望まず……行く所まで行くことを望んでいる」


「ッ……!」



 なんとなく感じていたことではあったが。


 改めて肉声で聞かされるとズッシリ来る。



「僕は君に、こんな世界で〝どうすべき〟かは言えない。それは君が自分で考えて決めることだから。ただ、その判断材料となる〔世界で起こっていること〕なら喜んで教えよう」


「艦長……」


「それを知らないとワケも分からず翻弄されるばかりで、願いを叶えるどころじゃないからね……ふぅ、長話はここまでだ! またなにかあったら、いつでも聞いてくれ」


「はい!」



 アキラは前まで、この戦争に興味がなかった。もっと言えば、世界情勢に。学校の勉強でさえ手一杯な自分には、それは難しすぎたし、そちらにまで構っている余裕がなかったから。


 だが高取山にカグヤが降ってきた夜から、他人事ではなくなった。この戦争の根幹には自分の血縁たちが深く関わっていると実感した。


 そして巻きこまれた戦火の中で、自分も人を死なせてしまった……敵も、味方も。もう、無関心ではいられない。


 だから知りたいと思った。


 その想いに艦長は期待以上に応えてくれた。自分の思想を押しつけないよう、こちらの自主性を尊重して、その判断の手助けとなるようにと必要なことを伝えてくれた。


 アキラは席を立ち、勢いよく頭を下げた。



「ありがとうございました‼」


「うん、どういたしまして♪」



 艦長は微笑み、食べかけで放置してあったケーキを頬張った。

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