第32話 利権

 地球と月、地球連邦とルナリア帝国。


 両者の戦争で非があるのは地球連邦。


 オオクニ艦長から開戦の経緯を聞いたアキラもそうは思ったが、連邦軍人である艦長までそう言うのには違和感があった。



「あ、あの……」


「うん?」


「艦長は、地球のほうが悪いと思っていながら、どうして地球連邦軍で戦っているんですか……?」


「あぁ~、それは……うん。僕が正義とか信念とか、高い意識を持って戦ってるわけじゃないからさ。これは本当に、少しも胸を張れない、みっともない話なんだけど」



 艦長はバツが悪そうに頬をかいた。



「僕にも良心や良識はある。それと照らしあわせて地球側が悪いと判断はできる。でも、だからって敵に寝返って祖国に弓引くほど、大胆で高潔には生きられなくてね」


「ッ……失礼しました。自分だって、そんなふうに生きられるわけないのに、ボク──」


「はは、いいんだよ。もっともな疑問さ。軍人が自軍の正しさを否定するなんてね……普段なら思ってても口にしないんだけど」


「え……なら、なぜ」


「君は地球で生まれ育った身ながら、月の皇族の血縁でもある。中間的な立場の君に、どちらかが正しいなんて一方的な価値観を植えつけたくなかった」



 そこまで考えてくれていたなんて。


 アキラは胸が熱くなった……ただ。



「地球のほうが悪い、とゆうのは一方的では……?」


「それは君が僕の話を聞き、自分で出した意見だよ」


「! そう言えば」


「それが僕の見解と一致したから同意しただけ……いや、地球側の悪口を吹きこんで君の答えを誘導したように思えるかもだけど。マジで弁解の余地がないんだよ連邦。困ったことに」



(大丈夫? 連邦この国



「ま、1人の意見を鵜呑みにするのはよくないから、他の人の異見にもふれたほうがいい。僕の話も、それを踏まえた上で聞いてくれ……えーっと、どこまで話したっけ」


「月が独立、開戦に踏みきったのは、地球側がそうせざるを得ない状況に追いこんだからだと」


「そうだった。それで今にいたるわけだけど、少し話を戻そう。地球側がそこまでする前の段階にあった出来事、地球の静止軌道に9基のスペースコロニーを新造した件だ」


「あ、話の始めに少し出てきた」


「そ、ようやくここまで来たね」







 まだ人類が名目上は地球連邦によって統一されていた当時、その構成国家たる各州は、実質的にはルナリア州とそれ以外とに分断された。


 ルナリア州──月面のルナコロニー群とL1・L2のスペースコロニー群から成る月社会〔月側〕と。他の州たち──地球とその静止軌道にある、軌道エレベーターの宇宙駅に併設された3基のスペースコロニーから成る〔地球側〕に。


 月側がスペースコロニーで行う0G産業によって栄えるに連れ地球側が衰えていったのは、月側との市場競争に敗れたからだが──



 地球側でも0G産業は行われていた。



 3基のスペースコロニーの無重力エリアにて。ただ、その何十倍もの数がある月側のスペースコロニー群の生産力には到底およばなかったのだ。


 それで地球側は静止軌道上にさらに9基の、軌道エレベーターを伴わないスペースコロニーを新造して月側に対抗した。


 そして計12基となった地球側のスペースコロニーは黄道十二宮の名を与えられることになったわけだが──



 結局、月側には勝てなかった。



 12基でも依然、月側のスペースコロニーの数とは圧倒的な差があったから。なら静止軌道にはまだまだ広大な空地があるのだから、もっと造ればよさそうなものだが、もう造れなかった。



「なぜだと思う?」


「えっと……スペースコロニーが最初の3基以降はL1エルワンL2エルツーに造られたのは〝月の鉄を使って月の傍に造るのが経済的だから〟と艦長おっしゃいましたよね。なのに最初の3基と同じ静止軌道に造ったのが不経済だったから? では……」



 アキラは自信なく答えた。


 艦長はにっこり微笑んだ。



「覚えていてくれて嬉しいよ。そのとおりさ。地球での鉄採掘は月でに比べて非効率的で、同じ量を採るのに余計に金がかかる。だが鉄を月から遠く離れた地球の静止軌道まで運ぶのも、月近傍のL1やL2まで運ぶより輸送費がかかる」


「どちらにせよ、同じ規模のスペースコロニー1基を造るのにかかる費用が、月の近くに造るよりかかることに……?」


「そう。それで地球側は9基を造ったところで息切れして、それ以上は造れなかったのさ。そもそも店を構える立地が悪くちゃ、どうしようもなかったって話だね」



 理屈はそこらの商店と同じらしい。



「0G産業の原料は鉄みたく月で採れる一部のもの以外の大半は月側も地球から仕入れるんで、地球側のスペースコロニーには月側より安くそれらを仕入れられるって利点もあるけど、規模が小さすぎて総合的に逆転するまでにはならなかったんだ」


「……」


「それで地球側は最終手段に出た。地球と十二宮だけで閉じた、十二宮だけが0G産業で栄える世界にするため、地球連邦からルナリア州を締めだしたんだ」


「……あの、ちょっと気になったんですが」


「おっ、なんだい? 質問は歓迎するよ♪」


「そんな世界になっても……地球──地上は、0G産業に原料を供給して、0G製品を買わされるだけの、田舎のままでは?」


「うん」



 艦長は事もなげに頷いた。


 アキラは目眩がしてきた。



「やっぱり⁉ それじゃ地球連邦の国民でも、ボクみたく地上に住んでる大多数の人間は、連邦が勝っても生活は改善されないんじゃないですか!」



 なんで、そんな戦争のために。


 地上の人まで死んでいるのか。


 軍人になって出征して戦死した人も。


 民間人のまま巻きこまれ死んだ人も。



「そう。得するのは地球から十二宮に移住できた一部の人間……コロニーが収容できる人口は少ないからね。地球連邦の上流階級──政財界の大物と、その家来みたいな連中だけだよ」


「……‼」


「宇宙時代になって地球の大物たちはこぞって最前線である月へと進出した。そして成功した者たちが今の月社会を形成しているが、中には失敗した者たちもいる」


「その人たちが……?」


「そう。彼らはリトライだと十二宮を造って、月ほどじゃないが地上よか栄えた。そして自分たちが地上から吸いあげる富を独占するため邪魔な月を排斥しようと、この戦争を起こしたのさ」

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