第31話 0G産業

 思わず声を上げ、アキラは口を押えた。



「すみません、お話を遮って」


「いや。どこが気になった?」



 オオクニ艦長に促され、思ったことを話す。



「えっと。月の傍にスペースコロニーがたくさんできて、なんでそれで月が繁栄したのか、それが地球の衰退とどう繋がるのか」


「ごめんごめん。結論から先に言ったんだけど唐突だったね。順を追って話すよ……まず月の繁栄の理由だけど。そりゃ、スペースコロニーは儲かるからさ。でなきゃ宇宙開拓なんてしてない」



 夢のない話になってきた。


 お金が悪とは思わないが。



「ただ、宇宙に住みたかったからじゃ」



 宇宙時代に生まれながら地球を出たことがなく、昔の人のように宇宙に憧れているアキラとしては、そうであってほしかった。



「それもあるさ」



 艦長は否定せず、微笑んだ。


 アキラはそれが嬉しかった。



「ただ、かかる費用は回収できないと。夢でお腹は膨れない」


「それは、確かに……そうですね」


「軌道エレベーター造って月に行って、ルナコロニー造って鉄を採って、最後にその鉄でいっぱいスペースコロニー造って。それら巨大構造物メガストラクチャーの建造費やら維持費やら。スペースコロニーで商売して、ようやく黒字にできるんだよ」


「とんでもない額の先行投資、ですよね。それに見合うリターンがコロニーでの商売に……それって他の所でする商売とは違うものなんですか?」


「ああ、違う。0Gゼロジー産業ができる、ってとこがね」







〔0G産業〕



 無重力、真空、極低温といった宇宙ならでは環境を活かした産業の総称。無重力0Gの働きが代表的であるため、こう呼ばれる。


 たとえば重力下では2種類の物質を混ぜあわせて製品を作る場合、より重いほうの物質が重力に引かれて下に落ちるため、完全に均等に混ざることはない。


 だが無重力では重いほうも軽いほうも等しく重力の影響を受けず、均等に混ざる。重力下では望めない品質が得られる。


 わずかな差だが。


 プロの現場では、その差が明暗を分ける。精密さを求められるタイプのあらゆる製造業や、その礎となる技術の研究にとって、重力に邪魔されない環境は理想。


 スペースコロニーも居住区には重力があるが、回転中心部の宇宙港など無重力のエリアはある。そこで0G作業を行う。


 無重力を活かせる事業をしていた大企業はこぞってスペースコロニーに進出した。むしろ宇宙開拓はそのために、彼らの出資で行われたのだ。


 他社より先へ。


 他社より上へ。


 市場競争に生きる各社が宇宙に進出しない選択肢はなかった。地球の重力下で作った製品では、スペースコロニーの無重力で作った製品とは勝負にならないから。


 かくして月社会の一部であるL1とL2のスペースコロニー群は〔最高級の商品を売って世界で最も繁栄する場所〕の地位を、それまで地球上で栄えていた大都市らから奪った。


 月は栄えて、地球は衰えた。







「もう地球はスペースコロニーに0G産業の原料を送る供給地であり、0G製品を売りさばく市場でしかない。つまり、田舎だ」


「地球、全体が? 知りませんでした。ボクが住んでた奈良はともかく、山向こうの大阪は賑やかだったので」


「大阪は今の地球でも栄えている数少ない例だ。そういう都市には共通点がある。軌道エレベーターの地上駅の近隣ってゆうね」



 アキラはピンと来た。



「地球に5ヶ所しかない地上駅に地球中から人と物が集まって宇宙に送られ、宇宙から来た人と物がそこから地球中に広がる、交通の要衝……重力下でも、さすがに繁盛する?」


「そうゆうこと♪」


「確かに大阪はすぐ近く──大阪湾の出口に、斜行軌道エレベーターアメノウキハシの地上駅があります」


「ああ」



 地球に3つ造られた垂直軌道エレベーターの内、赤道上・東経135度にある〘そう〙にのみ、その宇宙駅から南北の中緯度地帯へと垂れる斜行軌道エレベーターが増設された。


 その北のほうが天浮橋。



「だが地上駅のある沖ノ島は小さく狭い。なので天浮橋の利用者で賑わう町は、そこの最寄りで広大な大阪になったわけ」


「だから大阪は栄えて、昔は日本の州都だった東京は沖ノ島から遠いから寂れて、大阪に遷都された……?」


「正解だ。よく気づいたね」


「えへへ……あれ、でもこの前まで天浮橋は、宇宙駅は帝国領で、地上駅は連邦領でって分かれてて、使用不能になってて」


「だから利用客が途絶えて、大阪は商売あがったりでピンチだったんだよ。地上駅ごと日本が帝国に取られて助かったのさ。これで宇宙との物流が復活する」


「え、ええ~⁉」


「ま、今のはドライな意見だ。大阪の人がみんな征服されて喜んでるわけじゃない。だが喜んでる人もいて、それはそれで当然の反応なんだよ」


「は、はい……」



 敵に征服されるほうが、よいこともある。


 考えたこともなく、アキラは衝撃だった。



「ちなみに地上が田舎ってのは月でも同じさ。月面のルナコロニーは無重力環境がなくて0G産業できないから。同じ月社会のL1エルワンL2エルツーのスペースコロニー群に近いから、そこの製品を地球でより安く買えて、地球よか賑やかだけど」


「意外でした。月人って言ったら月に住んでるってイメージあるのに、実際は月の上空のスペースコロニーに住んでる人たちのほうが主流なんて」


「ホント。それでも皇城のこうかんきゅうはルナコロニーだけどね。皇族の住まう宮殿に都市機能は要らないから」



 皇族──カグヤを思いだす。


 胸が痛い……今は考えるな。



「……大阪がそれで大変だったなら、月の人たちも開戦当初は地球と国交断絶して、まだ地球上に領土がなくて。0G産業の原料が得られなくて困ったんじゃ……あ、だから帝国軍は地球侵攻を急いだのか!」


「それは順序が逆だね」


「え?」


「戦争になったから原料が手に入らなくなったんじゃない。原料が手に入らなくなったから戦争になったんだ」


「ど、どうゆうことですか?」


「地球側の人間が月社会──当時はルナリア州の繁栄を妬んで、政治工作で地球にある他の州とまともに交易できなくした。ルナリア州はそのままじゃ干上がるから、地球連邦から独立して自分たちで管理できる地球上の領土を求めて開戦したんだ」



 アキラは耳を疑った。



「ひどい……それ地球のほうが悪くないですか⁉」


「そうだね。この戦争、非は僕たち地球側にある」

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