第30話 宇宙開拓史

「アキラくんは地球と月──地球連邦とルナリア帝国の戦争の、大元となった出来事はなんだと思う? 深く考えず思ったことを言ってくれればいい」



 オオクニ艦長はまず、そう問うてきた。


 アキラは言われたとおり率直に答えた。



「月で……この世に、ジーンリッチが生まれたことです。のちに月の皇帝になるタケウチ・ツヅキ……僕の伯父さんが、月社会で生まれてくる子供たちに遺伝子操作を施したことが」


「ジーンリッチなんて生まれなければよかった?」


「いえ!」



 そこは強く否定する。



「ボクはツヅキ伯父さんの娘、カグヤ皇女が好きです。彼女の心が好きです。その人格はジーンリッチとして生きてきたものだから。もし彼女が遺伝子操作を受けずアートレスとして生まれていたら全く違う人になっていたでしょうから。それは望みません」


「そうか」



 艦長は目を伏せて、微笑んだ。


 アキラは苦い気持ちで続けた。



「ただ、人為的に才能を付与されたジーンリッチが生まれたから、自然に生まれたボクらアートレスとのあいだに軋轢が生まれて、戦争になったのは事実かと……違いますか?」


「こうゆうことに絶対の正解はないよ。でも僕の個人的見解としては間違ってないと思う。世間の多くの人もそう思ってる。ただ、それは一面だ。物事には別の面もある」


「別の?」



 初めてふれる考えだった。


 アキラは興味を引かれた。



「この世界で誰も人間への遺伝子操作を行わず、ジーンリッチが誕生していなかったとしても。宇宙に進出した人類が地球と月に別れて対立するのは免れなかったと思う」


「え⁉」


「それを説明するため、人類の本格的な宇宙進出が始まってから今までに起こったことを、話そう」


「……はい!」



 ゴクッ──アキラは唾を呑んだ。


 そして……長い話が、始まった。







〔スペースコロニー〕



 無重力の宇宙空間に漂い、自転して、その遠心力によって1Gの地球重力を再現し、空気が漏れないよう密閉された内部空間で人が地球上と同様に生活できる、人工居住地。


 その人類史上における第1号~第3号は、地球の赤道上・高度3万6千㎞の環状宙域〔静止軌道〕に造られた。



てんかつきゅう

そうぎょきゅう

きょかいきゅう



 その名は静止軌道にさらに9基のコロニーを新造し、合計12基のコロニーに黄道十二宮の名をつけると決まってから改められたもので当時は違ったが、ここでは現在の名で通す。


 3基は地球人類が宇宙進出の足掛かりとして3つ建造した軌道エレベーター、〘そう〙〘けんぼく〙〘じゃくぼく〙それぞれの付属物として造られた。



東経135度:扶桑──天蠍宮

東経015度:建木──双魚宮

西経105度:若木──巨蟹宮



 軌道エレベーターとは天体の遥か上空の宇宙空間に置いた宇宙駅から、上下に伸びる長大なケーブルを昇降機で伝って、人や物を安価・安全に運ぶための巨大構造物メガストラクチャー


 下のケーブルは地上駅と、上のケーブルは宇宙船の発着場──宇宙港と繋がっており、それらと宇宙駅との往来に用いる。


 地球から軌道エレベーターに乗った場合、地上駅からケーブルを昇っていくにつれ地球より受ける重力が弱くなっていき、宇宙駅のある静止軌道では無重力になる。



 無重力は体に悪い。



 重力下で暮らしている生物は、己の体重を筋肉や骨の力で支えている。無重力空間では体重がなくなり、その負荷がなくなるため体がなまる。


 筋骨ばかりか循環・呼吸器系、内分泌・代謝系、精神・神経系──あらゆる機能が衰えて障害を起こす〔廃用症候群〕という、重力下では寝たきりの人がなりやすい病気になる。


 無重力に長くいれば。


 短時間なら問題ない。


 だから健康維持に必要な1G空間であるスペースコロニーを宇宙駅に併設した。駅の職員が帰る家、駅の利用客が泊まるホテルなどを収めるために直径2㎞のドーナツ型コロニーを。


 その穴の中心ハブに宇宙駅があり、そこからケーブルとは直角に放射状に広がる複数の筒状の連絡通路スポークが伸びてドーナツの内周に繋がっている。


 こうした理由で3基はここに必要だった。


 だが以降、スペースコロニーは5つある地球と月の重力均衡点L点ラグランジュポイントの内、月の傍にある〔L1〕と〔L2〕の近辺にのみ造られていくことになる。


 それはコロニー建造には大量の資材、特に鉄が必要であり、それを地球で採って静止軌道に運んで造るより、月で採ってL点で造ったほうが安上がりだからだ。


 月には鉄が潤沢に存在する。


 月の海──水があるわけではない──と呼ばれる月面上で暗く見える箇所の主成分、玄武岩に多く含まれているから。


 つまり月は見渡すかぎり鉄だらけ。月にまで行ってしまえば、そこで鉄を採るのは地球上でより易しい。


 そして月で採った鉄でコロニーを造るなら、そこから遠い地球の静止軌道より近くのL点のほうが、そこまで運ぶ手間と費用が省ける、というわけで。



 宇宙開拓の最前線は、月に移った。



 常に同じほう──表側──を地球に向ける月の、表側の中心地点から高度5万6千㎞の〔L1〕と、裏側の中心地点から高度6万㎞の〔L2〕、まずここにドーナツ型スペースコロニーと宇宙駅を置き、月面と往来するための軌道エレベーターを造った。


 次に月の各地にルナコロニーを造っていった。


 スペースコロニーのものと同様のドーナツを地中に、月に隕石が衝突した跡であるクレーターの環状山脈に沿って、その中を一周するように。


 スペースコロニーの場合はその回転による遠心力だけで1Gの重力を輪の外側に向かって発生させるが、月には1/6Gの重力が元からある。


 ルナコロニーの内部では真下に向かう月の重力と、水平方向の遠心力が合わさり合計1Gとなり、内周から外周に向かって上り坂になっている斜面に対して垂直にかかっている。


 外から見ると人が斜めに立つことになる。


 そこで寝起きする人々が宇宙服を着て外に出て──あるいはコロニー内にいるまま遠隔操縦ロボットを使って──鉄を採る。


 その鉄で、L1とL2の傍を周回する南北1つずつ計4つの〔ハロー軌道〕という宙域に、宇宙駅のドーナツ型より大きい──個体差があるが一例として直径8㎞・全長32㎞の──円筒型シリンダーのスペースコロニーを多数、造っていった。


 それから月は繁栄し──


 そのため地球は衰退した。



「えっ?」

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