第35話 5人の貴公子

 関西国際空港のある人工島の海岸に、クジラのような形をした黒い船体──潜水艦が停泊していた。


 クラモチきんしゃくらルナリア帝国軍タケウチ隊の5人は空港でカグヤを見送ってから、この艦の居住区の一室に移動した。


 狭い足場を挟んで3段ベッドが2組。


 あとはロッカーと洗面台があるだけ。


 ここが5人の住まい。


 潜水艦の内部は狭いため、個室を持てるのは艦長だけ。他の者たちは相部屋。クラモチ公爵はこの艦を所有するタケウチ隊の隊長代理で艦長の上官だが、居室の待遇は変わらない。


 5人は爵位を持つ帝国貴族でもあるが、その寝床がこれなのだから潜水艦乗りは大変だ。だが下段ベッドに腰を下ろした5人の顔は船外にいた時よりリラックスしていた。



「やっと帰ってこれたな」


「やはり我が家は落ちつきますなぁ」


「たとえ狭くてもな!」


「肩身が狭いよかマシってね」


「しかり、しかり」



 クラモチ公爵の言葉に他の4人もうなずく。


 この艦はタケウチ隊が連邦軍の新型ブランクラフトを強奪するため、当時まだ連邦領だった日本に潜入した際にも用いた。


 帝国領の軍港から出発し、深海を進むことで連邦に察知されず日本の沿岸に到着。5人を含む実行部隊は艦を降りて、隊長カグヤの突入命令があるまで高取山の近くに潜伏していた。


 そして命令を受け5機の新型を強奪。


 実行部隊の他のメンバーはこの艦に戻って日本を離脱したが、5人は5機を速やかに調査するため自ら操縦して、カグヤをクラモチ公爵の機体に乗せて、設備の整った空母へと急行した。


 西太平洋で連邦艦隊と交戦中だった帝国艦隊の旗艦に。


 艦隊はタケウチ隊とは別部隊。


 空母でカグヤと5人は客扱い。


 それから連邦艦隊を打ちやぶり、獲得した日本に上陸してからも周りは別部隊の者ばかり。同じ帝国軍であっても疎外感があったので、自分たちの艦に戻ってこれて安堵していた。


 5人がいくらブランクラフトに乗れば──カグヤにはおよばぬものの──鬼神のごとき強さを発揮する凄腕パイロットでも、気疲れくらいする。まして彼らは全員、カグヤより1つ年上なだけの15歳の少年だ。


 帝国では13で成人となり、遺伝子調査で診断された諸々の才能の総合点によって定められる臣民階級において、一定以上の優秀者に限られる貴族になっているとしても。


 貴族はさらに総合才能の高さで6段階の爵位に分かれる。


 上から〔おう〕〔きんしゃく〕〔こうしゃく〕〔はくしゃく〕〔しゃく〕〔だんしゃく〕──5人は第2位以降。そして各自、高取山で奪った機体の専属パイロットになっている。



【公爵】クラモチ・フヒト……搭乗機〘白鳥天女ソレスチャル

【侯爵】シマ・サナト…………搭乗機〘金翅鳥ガルーダ

【伯爵】フセ・カズト…………搭乗機〘火蜥蜴サラマンダー

【子爵】オオトモ・ミユキ……搭乗機〘竜騎兵ドラグーン

【男爵】イソガミ・マミヤ……搭乗機〘スワロウ



「わたしたちの今後の作戦について、軽く話しておこうか」



 クラモチ公爵が眼光を鋭くした。


 この少年は操縦技術のみならず計画性と統率力も優れている。それで隊長代理を任された。その思考は冷静、冷徹、冷酷……



「手前どもにハワイを攻めよとの総帥のご命令ですが」



 シマ侯爵が口を開く。古風な敬語で話すこの少年は温厚篤実で、無闇な暴力を嫌っている。それでも任務で手を抜いたりはしないため戦闘となればクラモチ公爵の次に屍の山を築くのだが。



「それでよいものか」


「なにが気になる?」



 クラモチ公爵が問いかけた。


 シマ侯爵はきっぱり答えた。



「タケウチ隊長──皇太女殿下は和平をお望みです」



 カグヤが月に帰ってから和平のために動くつもりだとは、5人とも本人の口から聞かされている。


 その動機に〝月人のため〟という公的なものだけでなく〝従弟アキラのため〟という私的なものもあるとまでは言われなかったが、5人とも木石ではないので、それくらいは察している。


 その懸念を、クラモチ公爵は一蹴した。



「気にするな。和平交渉が始まっても協定が結ばれるまでは戦争中だ。後方で対戦国の代表同士が和平に向かって話しあっている一方、前線では殺しあいが続いている。そういうものだ」


「だとしても、ですよ。殿下が代表として交渉の席につくのでしたら、その部下の手前どもがハワイを攻めていては連邦からの印象が悪くなりましょう。殿下のお望みの妨げになるやも」


「今さらだな」



 クラモチ公爵は肩をすくめた。



「カグヤ殿下は連邦に亡命し、地球と月が歩みよれるようにと演説され、連邦国民からも共感を得ていた。だが亡命は偽り。新型強奪の下調べに入国している真意を悟られぬよう耳障りのよいことを言っていただけだと知れて、すでにひんしゅくを買っておられる」


「うむむ、では和平は難航しますか……おいたわしや」


「ケッ、なに言ってんだ。そのほうがありがたいぜ!」



 フセ伯爵が横から声を挟んだ。


 5人で最も気性の荒い戦闘狂。



「オレはもっと手柄を立てて爵位を上げる! 姫サンには恩義があるが、まだ戦争を終わらせられちゃ困るんだよ!」



 帝国の臣民階級は変動する。


 成人時の遺伝子調査の結果で決められた階級は、国がその者にどれだけ期待しているかを示す。その期待を下回れば階級が下がるし、上回れば上がる。


 フセ伯爵はクラモチ公爵とシマ侯爵より爵位が下であることに不満を抱いており、2人を超えるため武功を望んでいた。



「それは俺もだけどさ~」



 オオトモ子爵がやる気のない声を上げた。フセ伯爵が強者との勝つか負けるかの戦いを好むのに対し、この少年は弱者を一方的にいたぶることを好んでいる。


 好戦的なのは同じ。



「この艦だけでハワイを攻めろってキツくね? 俺、勝てる戦しかしたくねーんだけど」


「心配するな。それは上層部とて同じだ」



 クラモチ公爵がなだめる。



「わたしたちの任務は威力偵察だ。小突いて対応を見て、連邦がハワイにどれだけ防衛戦力を残しているか確かめる。その結果に応じた戦力を整えて本格的な侵攻を行うんだ、各隊合同でな」


「それはつまり~?」



 イソガミ男爵が甲高い声を上げた。


 独特な一人称と語尾の陰湿な少年。



「ハワイに麿まろたちだけで撃滅できる程度の戦力しか残っていなかったとしたら~、そうしてしまって構わぬとゆうことでおじゃるか~?」


「そうゆうことだ」



 クラモチ公爵はニヤリと、不敵に笑った。

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