第22話 アキラの立場
「ところで、海戦は終わったんですか?」
「ああ。我ら地球連邦艦隊の敗北で、な」
アキラの質問に答え、イシカサ大尉は表情を曇らせた。
「え⁉」
「君がルナリア帝国軍のブランクラフト隊を壊滅させ、こちらには多数のブランクラフトが残っていた。その内、君を母艦に運んだわたしの隊以外は帝国艦隊への攻撃を開始した」
「それなのに?」
「ああ。帝国艦隊の空母から新たに飛びたった5機のブランクラフトに全て撃墜されてしまったんだ」
「強奪された、伯父さんの作った新型!」
「そうだ。奴らは何倍もの数の連邦軍機を。ジーンリッチの中でも際立った強さだ。わたしの隊は君を連れて母艦に帰投していて戦わなかったから助かったようなものだ」
「あいつら……」
カグヤに呼ばれて高取山を襲撃し、伯父の機体を盗んで乗っていった5人がそのまま乗っていたのだろうか。
カグヤを連れていった者たち。恨めしさが蘇る。あれはカグヤの意思なので筋違いとは分かっているが。
「あの5機が、艦隊も?」
「そう、ブランクラフト隊の次は艦隊がやられた。帝国艦隊からの艦砲射撃による被害もあって多くの艦が沈み、わたしの母艦のように残った艦は撤退した」
「その船に乗ってたから、ボクも無事だったんですね」
「うむ。港で下船し、この病院に搬送された」
アキラはなんとも言えない気分になった。自分があれだけの敵機を倒したのに、寝ているあいだに起こった出来事のために全体としては負けていたとは。
連邦軍に与して戦ったつもりはなかったし、敵を殺したことを誇る気持ちにもなれないが、あれが連邦軍の勝利に貢献できていたなら自分にとってもまだ救いになったのかも知れない。
だが──
「なんの役にも立たなかった、などと考えないでくれよ。君が戦ってくれなかったら被害はもっと大きく、わたしも部下たちも死んでいたのだから」
「は、はい」
イシカサ大尉に考えを読まれて先回りされた。気を遣わせて申しわけない。アキラは頭を切りかえるよう努め、話題を変えた。
「えっと……日本は」
「占領されたよ。我らを破って北上した帝国軍に、そのまま。斜行軌道エレベーター
「そう、でしたか」
結局、
アキラは地球連邦という大きすぎる祖国には愛国心を抱けずにいたが、その構成国の1つである日本州への郷土愛はある。さすがに、こたえた。
伯父と伯母の安否も心配だ。
帝国軍に下手に逆らったりしないから平気だ、とは言っていたが。むしろ帝国領内で危険なのは、なんの才能もなく与える役割がなく殺処分されかねない自分。だから逃げろと言われた……
「あれ? じゃあ、ここは」
「あの海域から東の、連邦領ハワイ州オアフ島の南部。真珠湾を見下ろす丘にある軍病院だ」
「ハワイ⁉」
「そうだよ」
イシカサ大尉がカーテンを開けた。
眼下の敷地内に南国の象徴・椰子の木が見える。丘の麓に広がるビル群の向こうには、うっすらとエメラルドグリーンの海が。
北太平洋の中心近くにぽつんと並ぶ多数の小島、ハワイ諸島。常夏のリゾート地としてあまりに有名。アキラも憧れはあったが、喜んでいられる状況ではない。
「ボク、これからどうなるんでしょう」
保護者である伯父夫婦のいる日本は帝国の占領下で帰れない。地球連邦の中では身寄りをなくしてしまった……すると、イシカサ大尉は気まずそうな顔をした。
「あー、生活の心配はない」
「では、児童養護施設に?」
「いや……君は月の皇帝タケウチ・ツヅキの甥だ。月と和平交渉する際、向こうの心証を悪くしないよう丁重に保護される。政府によって」
「……ああ!」
ルナリア皇女カグヤは自分の従姉で、カグヤの父の皇帝ツヅキはもう1人の伯父。知ってはいたが自分の今後に関係してくるとは思っていなかった。
日本では
そういえば地球連邦に亡命していた──偽装だったが──カグヤも政治の道具として働いていた。自分もああなるなら……
「では、自由はなさそうですね」
「ああ……すまない。これは政治家が決めたことで、伝言係のわたしには、どうにもできないんだ」
「気に病まれないでください。そのお気持ちだけで嬉しいです」
「……ありがとう。だが、気の重い話はここからが本番でな」
「えっ?」
イシカサ大尉は表情を引きしめた。
「地球連邦政府および地球連邦軍は、君にマトリックス・レルム解明のための協力を要請する。そのため、また
「マト……?」
「タケウチ・サカキ博士が開発してルシャナークにのみ、そのコクピットに搭載した、パイロットを超集中状態〔ゾーン〕へといざなうシステムだ」
「それで……」
非才な自分が無双できた理由がようやく分かった。ゾーンというのは漫画かなにかで見たことがある。あの時間が引きのばされたような感覚がそうだったのか。
確か、自らの専門分野で一流の人間がその作業をする時に入ることもある、という奴だ。一流には程遠い自分が自力で入れるものではない。それを伯父の作ったシステムが入らせてくれた。
腑に落ちた。
「やっぱり凄いのはボクじゃなくて伯父さんだったんですね」
「む? いや、ゾーンはあくまで潜在能力を引きだすもの。あの戦果は君の実力だぞ」
「だとしても、そのシステムなしに発揮されることはなかった。伯父さんの作ったロボットのおかげで……それが嬉しいんです」
イシカサ大尉の目許が、優しくなった。
「好きなのだな、伯父ぎみが」
「はい……協力の件、お受けします」
「いいのか? 断る権利もある。戦場に出るわけではないが、実機のブランクラフトを使った実験だ。大変かも知れんぞ」
「ボクは帝国に情報を漏らして、高取山の基地を守っていた連邦の軍人さんたちを死なせてしまいました。その罪滅ぼしをさせてください」
「……分かった。ありがとう、ミカドくん」
「た、大尉⁉」
イシカサ大尉に抱きしめられ、柔らかい弾力を顔に感じ、カグヤの不機嫌な顔が脳裏に浮かんで、アキラは何重にも心拍数が上がった。
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