第23話 宇宙戦艦アクベンス

 アキラは午後には退院となった。


 病院の建物から出ると頭上から陽光が降りそそぐ──太陽の位置が高い。慣れ親しんだ日本の奈良より。ここハワイがあちらより低緯度なのだと実感する。



「では行こう、アキラくん」


「はい……つ、ツキノさん」



 イシカサ・ツキノ大尉と2人でタクシーに乗る。彼女とは下の名前で呼びあうようになった。これからは同じ屋根の下で暮らす家族だから、そうしようと言われて。


 同じ屋根とは彼女の所属する軍艦のこと。


 アキラが伯父サカキからもらったブランクラフト〘ルシャナーク〙に秘められた機能〘マトリックス・レルム〙を地球連邦軍が解明するのを手伝うと決め、その実験をそこですることになったから。


 車が発進し、病院のある丘の上から麓へ向かう。


 日本人とは形質の異なる人々で賑わい、街路樹に椰子の木が植えられた、異国情緒のする街並みを抜けて……潮の香りのする、真珠湾の軍港へと到着する。


 車を降りて軍服姿の厳めしい人たちばかりの空間に足を踏みいれ、アキラは緊張した。軍人の中ではすでに打ちとけたツキノ大尉が傍にいてくれて助かった。


 しばらく歩くと船渠ドックに着いた。


 船が収まる大きなプールのような窪み、今は水が抜かれたそこで大きな白い船が台に乗せられており、あちこちで作業員が船の傷を修理する音を響かせている。



「これがわたしの乗艦、宇宙戦艦アクベンスだ」



 ツキノ大尉の説明によると全長は250m。その姿は双胴船カタマラン──2つの並行した船体の上に甲板を橋渡しして一体化させている。


 巨大な白い蟹に見えた。


 甲板を蟹の胴体とするなら、その左右から突きだした2つの船体の前部は蟹の爪のよう。実際〔アクベンス〕とは〔爪〕を意味するアラビア語であり、また蟹座アルファ星の固有名でもある。


 この艦が所属する連邦軍の第4宇宙艦隊とは、地球の赤道上空に作られた黄道十二宮にちなんだ名を与えられた12のスペースコロニーの1つ〘きょかいきゅう〙に駐留する艦隊のこと。


 その所属艦には蟹座の星の名前がつけられる習わし。



「かっこいいです……!」



 アキラは率直にそう言った。あまり浮かれる気分ではなかったが、それでもこの勇姿には気分が昂揚する。


 この船は砲艦の最上位である戦艦ではあるが、空母ほどでなくてもブランクラフトの母艦機能も有する。ブランクラフトのパイロットとして軍に入って、こんな船に乗るのが自分の夢だ。


 それが叶おうとしている? 軍に入ったわけでも戦うわけでもないが、この船で暮らし、この船に載せたブランクラフトに乗って働くことに違いはない。妙な気分だった。



「そうか? それはよかった」



 アキラの言葉にツキノ大尉は安心したようだった。


 修理中の母艦を見上げて自嘲げな笑みを浮かべる。



「新造艦なのにボロボロだがな」


「えっ、新造だったんですか?」


「ああ、宇宙艦ながら大気圏内での航行能力もある新型。そのテストのため地球に降りていたところ昨夜の戦闘があって、臨時で海上艦隊に編入されて戦ったんだ」


「あ、それで宇宙戦艦なのに地球にいたんですね」


「そういうことだ。さ、中に入ろう。君の部屋に案内する」


「はい!」



 アキラはツキノ大尉のあとに続いて階段を上り、アクベンスに乗艦した。今日からここが自分の家、新しい生活が始まる。



(これでいいんだ)



 カグヤと一緒にいたい、今もそれが一番の願いなのは変わらない。だが、そのためにできることなど、なにもない。


 ここの格納庫からルシャナークに乗って、帝国領にいるカグヤの許へと飛んでいこうとしても、必ず連邦軍に阻止される。


 昨夜は高取山基地の連邦軍人が──自分が情報漏洩したせいで──みんな死んでいたから、誰にも邪魔されずカグヤを追って飛びたてたのだ。そして、それは失敗した。


 敵とはいえ大勢の人を殺しただけに終わった。


 それがツキノ大尉たちを助けることに繋がったのは結果論だ。今度また馬鹿なことをすれば、そんな〔せめてもの救い〕さえなく災厄をバラまくだけ。


 これ以上、背負えない。


 これからは連邦軍の実験に協力して、連邦軍人たちを死なせてしまったことへの罪滅ぼしをしながら、戦争の終結を待つ。


 それだけで、またカグヤに会える。



⦅わたくしがこの戦争を終わらせたら月に遊びに来てください⦆



 カグヤは別れ際そう言っていた。


 帝国軍人として与えられた任務をこなすだけはなく、終戦のため主導的な役割を果たす気なのだろう。でなくば〝わたくしが〟とは言わないはずだ。


 あの時は別れを告げられたショックで気づかなかった。初めからカグヤに任せ自分は余計なことをしないのが正解だったのだ。


 もどかしくはある。


 情けないとも思う。


 自らの願いを叶えるため能動的に動きたい。ルシャナークに、ロボットに乗って活躍して、その成果として彼女との日々を取りもどしたい。


 だが、そんな幼稚な英雄願望で動くことは、感情が暴走していた昨夜はともかく、その無惨な結果に冷や水を浴びせられた今は、もうできないし、したくもない。


 心がくすぶるのを感じるが。


 アキラは現状を受けいれた。







 その日の夜。


 アキラのいるハワイの真珠湾から北西へ約6600㎞、今日ルナリア帝国に占領されたばかり日本列島の首都・大阪。


 その中心にある歴史的建造物の大阪城はルナリア皇族の別荘とされ、帝国の占領軍と共に上陸した皇女タケウチ・カグヤがその天守閣にて体を休めていた。


 部屋着用の浴衣姿で最上階の8階を囲むベランダ──まわりえん──に出て、周りの大阪の夜景を眺める。


 眼下の、ではなく。


 ここは権力者の居城だった頃は周辺で最も高い建物だったが、現在は己より高いビル群に囲まれているのだから皮肉なものだ。その摩天楼の密林は窓明りとネオンに輝き、活気に満ちている。


 侵略された直後には見えない。


 地球連邦が昨夜の海戦に敗れたことから日本州の統治を断念、ルナリア帝国に明けわたし、占領がスムーズに済んだためだ。


 もっとも官はそうでも民には帝国に反発する者もいて、占領軍が盾ついてきた者を逮捕・鎮圧するため殴ったり殺したりというケースもわずかに発生しているが。



(馬鹿な人たち)



 だがカグヤはその愚かさを笑えなかった。己が最も想う者──出会ったばかりの従弟も、愚かしさでは大差なかったから。

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