第2章
第21話 美人将校
「う……」
アキラが目を覚ますと、見慣れぬ天井に違和感を覚えた。窓から射しこむ光で明るい室内を見回すと、どうやら病院の個室で、自分はそのベッドに寝ていた。
薄い患者衣のガウンを着ている。着替えた覚えも、ここに運ばれた覚えもない。寝ているあいだに、ということなのだろうが、そうなった理由が分からない。
直前の記憶を探る……確か自分は金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙を巧みに操り帝国軍のブランクラフト〘イーニー〙を何機も何機も撃墜していたような。
(夢……?)
アートレスでも底辺の自分が、ジーンリッチの帝国軍人が操る機体相手に無双できるはずがない。願望が見せた夢。なら寝る前はなにをしていた?
あの太平洋での戦いはカグヤが伯父の作った5機の新型ブランクラフトを奪って去ったあと、伯父からルシャナークをもらって彼女を追いかけた先で起こったこと。
どこからが
どこまでが
分からない。それに全身がだるくて考える気力も湧いてこない。アキラはその件は保留することにして、ベッドの後ろの壁から垂れたコードの先のナースコールのボタンを押した。
すぐ駆けつけた看護師に具合を説明し、医師の先生に診察してもらって〝心身ともに疲労しているだけ〟と診断され、病院食の朝食を食べ……一息ついたところで、病室に女性が訪れた。
「失礼する」
20代前半くらいの、短い黒髪の美女──カグヤほどではないが──で、着ている青い制服は、地球連邦軍の軍服。声も表情も軍人らしく硬い感じだが、目が合うとそれをふっと和らげた。
「初めまして、ミカド・アキラくん」
「あっ、はい! 初めまして!」
「ああ、そのままで」
アキラは立ちあがろうとしたが女性に制された。
女性は右手を自身の額の前にかざして敬礼した。
おどけるように微笑んだまま──
「自分は地球連邦軍・第4宇宙艦隊 所属、イシカサ・ツキノ
「大尉さん⁉」
連邦軍人は階級が
大尉という階級は少尉の2つ上、幹部の中では下のほうだが、まず幹部である時点で凄い。
アキラも志望しているが実力で入学するのは無理そうな士官学校、そこを卒業して軍に入って少尉となり、この若さならまだ日も浅いだろうに、もう2つも昇進している……エリートだ。
「どどっ! どうぞ、お掛けに!」
「ありがとう。それでは失礼する」
アキラがベッドの脇の椅子を勧め、イシカサ大尉がそこに座る。彼女の姿勢が整うのを待って、アキラは恐る恐る質問した。
「あの、ボクが命の恩人というのは……」
「覚えていないのか?」
「記憶があいまいでして……」
「入院した経緯は。誰からも説明を受けていない?」
「はい、まだ」
「やれやれ、それもわたしの仕事ということか。まぁ、長くなるからな。順を追って話そう。まず恩人というのは昨夜の戦闘でのことだ」
昨夜。
戦闘。
「わたしはブランクラフト部隊の隊長をしている。昨夜、我が隊も他の隊も帝国軍のブランクラフト隊と交戦して劣勢を強いられていた。そこを君があの
あれは、夢では──
「わたし自身、死を覚悟した瞬間に自分を狙っていた敵機が撃墜されて、誰がやったと見たら
「すみません‼」
真摯に謝意を伝えてくれているのに心苦しかったが、アキラはベッドから飛びおり、室内の洗面台まで走って、吐いた。
「どうした⁉」
「夢じゃなかった!」
アキラは号泣した。消えた命は戻らない。取りかえしのつかないことをしてしまった。その恐ろしさもさることながら、それを楽しんでいた自分がおぞましかった。
あの時は無我夢中で人を殺しているなんて自覚はなかったが、言いわけにならない。初めて他人に勝てたのが嬉しくて、攻撃が当たるのが愉快で──
「人を殺して、遊んで……!」
「気にするな! 戦場で敵を討った、責められることではない」
「でも……ボクは私的な理由であの場にいました。祖国のために帝国と戦う気なんてなくて、自分の目的のためだって人を殺す覚悟なんかなくて! そんな奴に殺されて……あんまりですよ!」
「君がどんな理由であの場にいたとしても、君のしたことは緊急避難であり、法的に罰されることはない」
「でも──」
「そして戦死した軍人にとっても、敵の個々人が抱えた事情など関係ないのだ。そんなこと知る機会もなく殺し殺されるのが軍人だ、それを承知で使命を全うした者たちを哀れんでくれるな」
「大尉、さん……」
アキラは口をすすぎ、顔を洗った。ベッドに戻って改めて向きあうと、イシカサ大尉はふっと笑った。
「彼らの誇りを尊重してくれ」
「ボクごときが責任を感じるのは、おこがましい?」
「そうも言えるが。わたしが言いたいのは〝あれこれ理由をつけて自分を責めるな〟ということだ。わたしたちが君に助けられた時のことを君に否定されるのは、わたしとしてもつらい」
「あっ、す、すみません!」
アキラは自分のことばかりで目の前の人の気持ちを考えられなかった己を恥じた。罪の意識が消えたわけではないが、もうこの人の前で自責はできない。
「ありがとう、ございます」
「なに、礼にはおよばん……わたしは君が帝国機に襲われだした時、見捨てたんだ。君は初め帝国軍に下ろうとしていただろう? そんな者を助けている余裕はない、とな」
「いえ、それも、悪いのはボクですし」
「いや。君は民間人だ、なんであれ助けるべきだったが、自分に言いわけして誤魔化した。そのあと君に助けられて恥ずかしくてね。君の機体が停止して落下を始めた時、とっさに掴んで母艦に連れて帰ったんだ」
「えっ……そうかボク、最後の1機を倒したところで気絶して。海に落ちる前に拾ってくださったんですね……大尉こそボクの命の恩人じゃないですか⁉ ありがとうございます‼」
「いや、罪滅ぼしだから」
「それでも、です」
「……分かった。どういたしまして」
イシカサ大尉は根負けしたように顔をほころばせた。
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