第19話 目覚める獅子

「うわぁぁぁぁ‼」



 アキラの乗る金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙へ、その周囲を飛びかう何機もの帝国軍のブランクラフト〘イーニー〙が持つガンポッドから、次々とレーザービームが放たれる。


 アキラは左右のスティックとペダルを慌ただしく動かし、ルシャナークを不規則に飛ばして回避運動に努めているが〝棒立ちよりは撃たれるまでの時間を稼げる〟程度の効果しかない。



 ボグァッ‼


 ボグァッ‼



 被弾する度、そこの金色の塗装が剥がれていく。


 ビームを浴びると蒸発して一時的にビームを防ぐ雲となるアブレータ塗料が。そして露出した黒い地肌に再度レーザーを浴びれば、そこは破壊される。



「マズイマズイマズイ‼」



 コンソール上の機体状態図でどこに被弾しているか、いちいち見ている余裕はもうないが、すでに腹部の塗装がハゲたことは確認している。


 次そこに被弾すればレーザーは腹部装甲を貫いて、その奥にあるコクピットを、その中にいる自分を蒸発させるだろう。


 まだそうなっていないのは運でしかない。


 運などアテにならない。だが、なになら。


 ルシャナークは見てくれは派手だが性能は敵が乗っているイーニーと変わらないと、作った伯父本人が言っていた。なら勝負を決めるのはパイロットの腕。


 しかしアートレスで、シミュレーションゲームでの操縦経験しかなく、その中でも底辺の自分が、ジーンリッチの本職のパイロット複数に狙われたこの状況を乗りきれるはずない。



「くっそォォッ‼」


 ドガァァァッ‼



 どこまでも付きまとう非才の定めを呪った時、これまでより強い衝撃がコクピットを揺さぶった。全周モニター上で機体の左肩──最初に被弾して地肌が出ていた部位──が爆発し、左腕がちぎれとんでいくのが見えた。


 体を突きぬける激震が、機体の一部を喪失したことへの恐怖を物理的に刻みこんでくる。もう、お終いか──



(いや)



 片腕を失くすと機体バランスが悪化して動きが鈍くなるが、脚部の推進器や背中の翼をやられ飛べなくなるほど深刻ではない。


 幸いガンポッドを持っている右腕は無事、だが撃てないのではどの道……撃てない? なぜ自分は〝撃ってはいけない〟と防戦一方で──



(あ⁉)



 思いだした。ガグヤの所在が分からず、帝国のブランクラフトに乗っているかも知れないから、ガグヤを殺してしまう可能性がゼロでなければ撃てないと。


 その認識を引きずっていた。カグヤがいるのは帝国艦隊の空母と先ほどの通信で分かったのに。焦りのせいで気づかなかった。



(もう撃っていいんだ)



 ドッと安堵が押しよせる。力が抜ける、気が抜ける。限界まで張りつめていた、アキラの緊張の糸が──切れた。


 眠りに落ちるような心地の中、アキラの左手の親指は左スティックに4つある副武装発射用の小ボタンの1つを押していた。


 主武装と違って精密射撃ができず、照準から発砲までAI任せのクイックショットしかできない副武装。ルシャナークに搭載されたその1つが牙を剥いた。







 カッ──ガォォッ‼



 まばゆい光が夜空を切りさき、戦場に獣の咆哮が轟いた。ルシャナークの胸にある獅子頭の口から放たれたプラズマビームの輝きと、それが大気を震わせた音だった。



「えっ──?」


 ドガァン‼



 プラズマ流はルシャナークの正面にいたイーニーのコクピットがある腹部を直撃、アブレータ塗装の起こした雲さえ突きやぶり、瞬時にパイロットを蒸発させ機体を爆散させた。



「なに⁉」



 他のイーニーのパイロットたちは突然の反撃と仲間の死に驚きながらも、ジーンリッチの優れた頭脳でその原因を分析した。


 プラズマを放ったルシャナークの副武装は〘熱核獅子吼砲アトミックサンダー〙──ルシャナークの電源である、胸部の奥にある核融合炉で発生させたプラズマを排出しながら収束させてビームとしたもの。


 彼らはその名もその存在も知らなかった。タケウチ・サカキが作った6機の新型の内、このルシャナークにのみ搭載された新兵器だから。だが知らずとも仕組みは見れば分かった。


 強力だが、技術的に優れたものではない。


 過去ブランクラフトのこのような大出力ビーム砲が内蔵された例がないのは、砲身が固定されていては真正面にしか撃てず射角が狭いからだ。


 銃砲を手に持って動かすことで広い射角を得て、どの方向にいる敵にも素早く狙いをつけるという、人型兵器であるブランクラフトの運用理念に反する大雑把な武器。


 こんなもの、あると分かっていれば当たりはしない。やられた1機はあると知らなかった、そして運悪く正面にいたために食らった──つまり、不意討ち。



「おのれ、よくも仲間を!」


「アートレスの分際でェ!」



 それまでカグヤへの愛や憎しみ、各々の私情からルシャナークを狙っていた各機のパイロットたちの心がひとつになる。



 ビィィィィッ‼



 それまで個別に撃っていたのが連携を取り、手動照準によって1機の撃ったレーザーから敵機ルシャナークが逃れるための退路上に別の機体の撃ったレーザーを待機させる罠を何重にも張りめぐらせた。



 バババババッ‼


「「「なッ⁉」」」



 誰のレーザーも当たらなかった。ルシャナークは彼らの罠に自ら飛びこみ、その先々で待ちうけるレーザーを曲芸のような挙動で全て紙一重で回避した。



「バカな‼」



 機体に変化は見られない。加速性も旋回性もこちらと大差ないままだ。大体これは機体がどれだけ高性能でも、パイロットの技量がなければできない芸当。しかし、さっきまでの動きは──



「ド素人だったはずだ‼」



 それが急に、ジーンリッチの正規パイロットである自分たちが束になっても敵わない達人に化けた。まるで最高のジーンリッチであるカグヤ皇女のような──



「そんなことが‼」



 イーニーたちはなおも連携攻撃を続けるが一向に当たらない。それどころかルシャナークは余裕を見せはじめ──回避の合間に反撃をしてくるようになった。



 ボグァッ‼


 ズガァン‼



 ルシャナークのガンポッドが光る度、レーザーがイーニー1機の腹部を直撃する。1射目でアブレータ塗装を剥がし、2射目で貫く。2射につき1機のイーニーが次々と撃墜されていく。



「悪夢だ……」



 それが最後の言葉になった。ルシャナークにかかっていったイーニーは全機 撃墜され、そのパイロットたちは全員 死亡した。

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