第18話 嫉妬

『アキラだよ! カグヤ、返事して‼』



 オープンチャンネルで叫ばれた少年の声を受信機から聞いた、交戦中の地球連邦軍とルナリア帝国軍、双方の将兵たちの意識にさざ波が立った。


 空中で戦いあうブランクラフト各機のパイロットたちも、海上で撃ちあう各艦の中にいる者たちも。


 殺しあいの最中に気を散らせば死に直結する。だが無視できない。聞きずてならない単語が含まれていたから。



〘カグヤ〙



 ルナリア帝国の皇太女タケウチ・カグヤのことだろう、同名の別人でなければ。


 連邦に亡命していたカグヤ姫が実は帝国のスパイで、仲間を手引きして連邦軍の秘密基地から新型ブランクラフトを強奪して去った、という情報はもう両軍が把握している。


 連邦軍の識別信号を発しているブランクラフトから、帝国の皇女を呼ぶ声。どちらの陣営も放置できない事態──だが、もちろん一番そうなのは呼びかけられた本人だった。



『アキラ‼』


『カグヤ‼』



 オープンチャンネルに少女の声が加わる。その声を知らぬ者などこの戦場にはいない。タケウチ・カグヤ、その人。



『早くこちらへ!』


『こち、どこに⁉』


『わたくしがしゃべると明滅する赤枠マーカーが全周モニターに見えませんか⁉ 脇に〘リュウ〙と書かれているはずです、そこに着艦してください! 空母です‼』


『あった! でも、いいの? ボクは帝国では』


『危害が及ばないよう計らいます! いいから早く降りてきて! そこにいたら危ないでしょう⁉ 死にたいのですか‼』


『わっ、分かった‼』



 少年の乗っている金色のブランクラフト〘ルシャナーク〙が、カグヤの乗っている帝国艦隊の空母〘飛龍〙を目指して動きはじめ──すぐ、行く手を阻まれた。



『うわッ⁉』


『アキラ⁉』



 カグヤと会話を始めるまで、少年は帝国軍のブランクラフト〘イーニー〙1機と交戦していた。


 話しているあいだは動かなかったその1機が攻撃を再開した──だけではない、他のイーニーまで。


 中には連邦軍のブランクラフト〘心神シンシン〙と交戦していたのに、そちらを放ってルシャナークを攻撃しはじめる者も。



「なんなんだ、お前はァ‼」


「殿下とどういう関係だ‼」



 空母に向かうどころではなくなり──下手クソな──回避運動にかかりきりになったルシャナークを撃つ、イーニー各機のパイロットたちが叫ぶ。


 問いかける内容だが、その声は少年に届いていない。彼らは通信回線を開いていない、独り言。質問の答えなど求めておらず、どんな関係だろうと少年を許す気はなかった。



「よくも姫様と馴れ馴れしく‼」



 タケウチ・カグヤを知る者たちの彼女への感情は、男女問わず両極端。その魅力の虜となって深く愛するか、その才能に嫉妬して激しく憎むか。


 少年がカグヤの恋人かは断定できずとも、両者が憎からず想いあっていることだけは、その会話から明白。


 帝国内にあってカグヤを愛する者たちは恋敵への嫉妬から、カグヤを憎む者たちはカグヤへの嫌がらせで──どちらにせよ少年を殺しにかかった。



「カグヤ様は! 俺のモンだァァァ‼」


「あの女の泣き顔が目に浮かぶわぁ♪」



 そしてルシャナークと同じ連邦軍機でも、心神各機は帝国軍に渡ろうとした少年を助けようとはしなかった。



『うわぁぁぁ‼』


『アキラーッ‼』







「やめなさい、あなたたち!」



 空母の格納庫でアキラの声を聞いたカグヤは、その頭の回転の速さから即座におおよその事情を理解し、アキラを保護すべく通信を行った。


 アキラ同様オープンチャンネルを使ったのは彼との会話を自軍の将兵たちにも聞かせることで自分の意図を伝えて、アキラを攻撃しないようにさせるため。


 なのにパイロットたちはその意図に反して攻撃している。手許の端末でその様子を見て、ならばと帝国軍内での回線で直接 呼びかけても、無反応。



「わたくしの声が聞こえないのですか‼」



 そんなはずはない。


 無視されている。


 皇女である自分が。



「その機体は叔父の新型! わたくしが奪いそこねたものです‼ 奪った5機は偽物でした、それこそが本物! コクピットを破壊してしまったら回収してデータを吸いだせなくなります‼」



 帝国軍人として叫ぶ。


 それも〝奪った5機はイーニーと同程度の性能の偽物で、あの金ピカこそイーニーを超える新兵器〟だと思ったカグヤの本音ではあった。


 あの機体を手に入れれば強奪作戦は成功し、そのためにこれまで犠牲になった者たちに報いることができる。


 アキラを案じる私情でのみ動いているわけではない。そちらが先に立ったので言いわけのようになったが。



「ああッ、もう‼」



 イーニー各機は攻撃をやめなかった。カグヤは壁の艦内電話に飛びつき、この艦にいる帝国連合艦隊 司令長官を呼びだした。



「提督、カグヤです!」


『おお、これは姫ぎみ』



 受話器から聞こえてくる司令長官、中年男性ののんびりした声が癇に障る。こちらは1秒を待つのも耐えがたいのに。



「金色の機体への攻撃をやめさせてください‼」


『困りますなぁ。姫ぎみといえども……いえ、姫ぎみともあろうお方が、指揮系統を無視して命令をされるなど』


「命令ではありません!」



 皇族であり、この場にいる帝国人で最も身分が高いとはいえ、今のカグヤに艦隊の将兵たちに命令する権限はない。軍隊では自らの役職における部下にしか命令権はない。


 そしてカグヤの帝国軍内での役職は、この艦隊とは別の強奪部隊の指揮官。この艦にはその任務の帰りに乗せてもらっているだけの客。艦隊の作戦に口出しする筋合いではない。


 そんなことは分かっていた。


 だが帝国の将兵ならば事情を察して自分の望みどおりに動いてくれると思ったのだ。目論見が外れたので、こうしている。



「要請です!」



 そしてカグヤは帝国軍があの機体を確保せねばならない理由を説明すると、司令長官はようやく攻撃中止をパイロットたちに命じた。


 実は司令長官もカグヤを快く思わない1人であり、国益に反すると承知の上でパイロットたちの暴走を看過し、カグヤに正規の手続きを踏まれて断れなくなるまで攻撃中止を先延ばしにしていたとは、さすがのカグヤも知りえなかった。


 カグヤは瞬間的にアキラを守ると決めながら味方に足を引っぱられ、この時までに余りに長い時間を浪費してしまっていた。


 それまでに、アキラは──

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