第13話 懺悔

 ゴォォォォ……



 月のルナリア帝国軍の潜入部隊が高取山に放った火は、山頂から北側の斜面に連なる高取城の各建物にも燃えうつった。


 ただ、その火も地下には届かない。


 高取山の内部に掘られた地下構造はたとえ山の表面が全焼しても無事な作りになっている。城の各所にはそこへの入口が設置されていたため、城内の人々はすぐ地下シェルターに避難できた。


 山頂の天守閣にいたアキラも。


 本当は死にたい気分だったが。


 父親に望まぬ受験戦争を強いられ、失敗して失望されて自殺されて。味方と思っていた母親にはそれを責められ殺されかけ、逃げたら自殺されて。


 だが優しい伯父夫婦に引きとられ、幸せになれたと思った。なのにブランクラフトのパイロットになるという夢を追いだしたら、改めて才能の壁に阻まれた。


 伯父はコネでパイロットにしてやると言ってくれたが、自力ではなにも掴みとれない惨めさに、もう生きる気力を失っていた。士官学校の受験に落ちたら命を絶つつもりでいた。


 そんな時、カグヤに出会った。


 空から降ってきた美しい従姉。


 少しズレているけど優しくて、人類で最も優れた最高のジーンリッチなのに、アートレスの中でも劣等生の自分のことを決して馬鹿にせず、慰めてくれて、励ましてくれて。


 嬉しかった。


 だから大好きになった。カグヤが傍にいてくれるなら、たとえ夢が叶わなくても生きていけると思いはじめていたのに。


 ずっと自分たちを騙していた。正体を現して別れを告げた彼女は、気遣いを放棄して自分を〝なんの才能もない〟と罵った。



 もう嫌だ。



 このまま焼け死のうと思ったが、無事にシェルターに避難した伯母からのメールで、伯父に携帯が繋がらず安否が分からないと知って、慌てて駆けだした。 


 地下シェルターの電気は生きているが、エレベーターは戦闘の影響かとまっていた。アキラはえんえんと続く螺旋階段を駆けおり、深部を目指した。


 今夜、伯父は地下で仕事だと言っていた。


 地下のどこだ? 表層部の避難用シェルター区画か、それとも深部の連邦軍の秘密基地か。後者には帝国軍が侵入して、連邦軍と戦闘の末あの5機の新型ブランクラフトを奪っていった。


 伯父がそちらにいたら……


 階段を下りきり、基地の扉の前に到着。ここから先には通行証がなければ入れない。アキラはそんなもの持っていないが……扉は破壊されて通れるようになっていた。アキラは扉をくぐり──



「うわあああ‼」



 そこは血の海になっていた。異臭が鼻を突く。人間の死体は首を吊った父親のものを見たことがあるが、それの比ではない。


 どれも激しく損傷している。


 原型を留めていないものも。


 みな地球連邦軍の制服を着ていた。この基地の将兵たち。自分がカグヤに秘密を漏らしたせいで襲来した帝国軍に殺された。



「ごめんなさい‼」



 アキラは目を背けて駆けだした。謝って許してもらえるはずがない。罪は償わねばならないが、こんな重荷は背負いたくない。つくづく自分が恥ずかしくなる。



「伯父さん! 伯父さぁん‼」



 戦闘は終わったのか基地は静かで、自分の声と足音だけが響く。息を切らせて走り……アキラは伯父サカキの姿を見つけた。あの5機が保管されていた、今は抜け殻になった格納庫で。



「アキラ……」



 伯父は床に腰を下ろし、柱に背中を預けて、自分で傷の手当てをしていた。白衣を脱いで裸になった上半身、左肩の辺りに包帯が巻かれている。



「帝国軍にやられたの⁉」


「ああ。なに、命に別状はない」


「よかった……ごめんなさい‼」



 アキラは泣いて土下座し、額を床につけた。



「ボクのせいなんだ、ボクがカグヤに新型とここのことを話しちゃったから! ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「気にせんでいい。いつかはこうなっとった」


「⁉ カグヤが、帝国のスパイって」


「知らんかったよ、儂は。じゃが地球連邦政府は月から来た者を頭から信じたりはせん。当然、儂のこともな。儂とカグヤの護衛役の憲兵たちは、儂らの監視もしておったんじゃよ」


「そう、だったの」


「その目を盗んで基地を調べあげ、外部に連絡を取るとは。最高のジーンリッチの能力とはここまで……じゃからアキラの話したことの影響など、あってないようなものじゃ」


「でも……」


「聞いとくれ……儂が月から地球に帰ってきたのは、望郷の念に駆られてなどではない。逃げてきたんじゃ」


「えっ?」



 伯父が唐突に話を変えた。


 それは意外な事実だった。



「誰、から?」


「兄さんの遺伝子操作を受けて、ジーンリッチとして月で新しく生まれた子供たちじゃ……兄さんの娘、儂も生まれた時から可愛がっておった、カグヤも含めて」


「カグヤも⁉ 伯父さんに、なにを」


「なにもしとらん。ただ、かつて世界一の天才科学者と呼ばれた儂の頭脳を追いこしただけじゃ。ジーンリッチの台頭で儂は、月の科学の最先端についていけなくなった」


「……!」


「あの子らは表向きは月開拓の功労者である儂のことを称えながら、内心では見下しているのでは。そんな妄想に取りつかれ、儂は居たたまれなくなったんじゃ」



 それはアキラにとっても衝撃的だった。


 伯父ほど才能に恵まれた人が、月では。



「地球に帰った儂は、連邦の求めに応じて新型ブランクラフトの開発を始めた。協力しとかんと月からの帰還者である儂らの立場を守れんから……それが、この事態を招いた」


「帝国が脅威に感じて、カグヤたちが奪いに」


「ああ……劣等感から、儂ごときの作る兵器を彼らがこれほど危険視するとは思わなかった。分かっておれば、お前を巻きこまずに済んだ。みんな儂のせいなんじゃ、すまない、アキラ……!」


「もういいよ! 伯父さんは悪くない!」


「いや、まだじゃ……儂はジーンリッチを相手に、初めて己より優れた才能の持ち主に敗れる悔しさを知り……若き日の過ちに気づいた」


「過ち……?」


「かつて儂は人のあいだに才能の差などなく、全て結果は努力で決まると信じておった。だから兄さんや儂と違って成績の悪かった末弟のマユミ、お前の父親のことを、儂は努力の足りない怠け者だと軽蔑し、罵倒した」


「‼」


「どれだけつらかったか。そのせいでマユミは儂らを超えるという願いをお前に託して……お前を地獄に突きおとしたのは儂なんじゃ、アキラ」

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