第12話 月からの迎え

 アキラは全身が凍った。


 カグヤからの唐突な別れの言葉。母親を亡くした時のような──あるいは、それ以上の喪失の予感に震える。息を詰まらせ〝どうして〟と問おうと──



 ボグァァァッ‼



 ──した瞬間、爆音が響いて視界が赤く染まった。ここ高取城・天守閣の最上階のベランダから見下ろす、高取山の斜面の木々から炎が上がる。それも同時に何ヶ所も。



「まさか放火⁉ 誰が‼」


「帝国軍の潜入部隊です」



 アキラにはなぜカグヤにそれが分かるのか疑問だったが、最高のジーンリッチである彼女の頭脳が、アートレスでも底辺のバカである自分には想像もつかない洞察をしても不思議ではない。



「早く地下シェルターに!」



 そう言って伸ばした手が、宙を切った。カグヤは身を引いて跳躍し、ベランダの柵の上に乗り、その細い足場でも揺れることなく直立し……冷たい眼差しで、見下ろしてくる。



「カグヤ……?」


「アキラおひとりで避難してください」


「こんな時になにを……!」


「言ったでしょう? 〝お別れです〟と」


「‼」



 確かに聞いたが、その言葉とこの状況が結びつくとは思っていなかった。だって、結びつくとしたら、それは──



「まさ、か」


「ええ、帝国軍はわたくしが手引きしました。今ごろ地下の秘密基地に侵入して連邦軍の守備隊と交戦しているでしょう」


「なん、で……」


「叔父さまが悪いのです。帝国を裏切って月人を殺す兵器を……天才科学者タケウチ・サカキの新型ブランクラフト、帝国の脅威となるその技術を奪取するため、わたくしは地球へ来たのです」



 帝国からの亡命者を装った工作員。


 カグヤは自らの正体をそう告げた。


 炎に照らされた酷薄な顔。


 まるで知らない人のよう。



「……月が全体主義の管理社会で閉塞してるから、救いたいって言ってたじゃないか! だから地球の人たちに助けてほしいって! あれも嘘だったの⁉」


「改革はわたくしたち優良なジーンリッチが自力で成しとげればよいこと。無能なアートレスの手など借りるはずがないではありませんか」


「そんな……」


「それらしいことを言って亡命して、新型の隠し場所を探っていました。あなたがこの山の地下だと教えてくれてからは一気に進展しました。ありがとうございます」


「ボク、が……?」



⦅伯父さんは遊びに連れてってくれて、美味しいもの食べさせてくれて、自分が開発してる新型ブランクラフトも見せてくれて⦆



 運動会で転んで。


 保健室で泣いて。


 カグヤに慰められた時、自分からそう言った。


 後日、パイロット志望の自分にカグヤは──



⦅そうです、いっそのこと実機でも練習させてもらっては?⦆⦅以前アキラが叔父さまに見せてもらったという新型、近くにあるのでしたら使わないと損ですわ⦆



 あの言葉は、誘導だったのか。



⦅確かにボクがブランクラフト好きって言ったら見せてくれた、伯父さんが開発した機種の試作機たちが、この山の地下に保管されてるはずだけど⦆



 はっきり聞かれたわけではない。


 聞かれてもいないことをベラベラしゃべったのは自分だった。伯父サカキの作った新型の情報が軍事機密なのは分かっていたのに。


 カグヤを〔それを話してはいけない相手〕とは少しも思っていなかったから口が軽くなっていた。だってカグヤは自分にとっても、伯父にとっても家族だから。



「ボクの、せい……」



 ドガァッ‼ ──責任と罪の重さにアキラがよろめいた時、また眼下で爆発が起こった。その爆炎の中から、なにかが飛びだしてきて──自分たちの眼前の空中で、静止した。


 5機のブランクラフト。


 それぞれ色と形が違い、今は頭頂高16mの人型形態を取っている。間違いない、以前アキラが伯父に見せてもらった新型の試作機たちだった。その名もモチーフも覚えている。



 銀の〘ソレスチャル〙……白鳥に変化する天女。


 金の〘ガルーダ〙…………インドの聖鳥。


 赤の〘サラマンダー〙……火蜥蜴の精霊。


 緑の〘ドラグーン〙………東洋の龍。


 黒の〘スワロウ〙…………燕。



『カグヤ殿下。クラモチ・フヒト以下5名。お迎えにあがりました。連邦軍の新型5機、このとおり手に入れてございます』



 白鳥天女ソレスチャルから拡声器で男の声が。


 ルナリア帝国軍のパイロットか。



「ご苦労さまです、クラモチきんしゃく。シマこうしゃく、フセはくしゃく、オオトモしゃく、イソガミだんしゃくも。よくぞ大役を果たしてくださいました。それでこそ帝国貴族。頼もしく思います」


『『『『『ありがたき幸せ』』』』』


「さぁ、帰りましょう。クラモチ公爵、乗せてください」


『ははっ』



 ソレスチャルが差しだした右手の掌に、カグヤが跳びうつる。その手が引かれて機体の腹部にあるハッチの横につけられると、ハッチが開いて中の操縦席に座るパイロットスーツ姿が見えた。



「待って‼」



 カグヤがソレスチャルのコクピットに入ろうとするのを見て、アキラは思わず声を上げていた。そして口をついたのは、自分でも予想しなかった言葉だった。



「ボクも連れてって‼」


「……なんですって?」



 カグヤが足をとめ、振りかえった。その顔は驚いているようだった。さすがの彼女も予想外だったらしい。アキラ自身、口にしてからそれが己の望みと理解した。



「帝国に帰るなら、ボクも!」


「なにを馬鹿なことを……!」


「カグヤが好きだから! 一緒にいたい‼ 地球連邦を裏切ってもいい、ボクに愛国心なんてない! 伯父さんと伯母さんには悪いけど、カグヤが一番だから‼」


「ッ……わたくしは、あなたを裏切ったのですよ? あなたの信頼につけこんで、利用して、あなたの心を踏みにじって」


「分かってる! つらいよ! それでも嫌いになれない……今ハッキリ分かった。初恋だって‼」


「……アキラ。帝国は才能で役割の決まる社会。あなたのようになんの才能もない者にはなんの役割も、市民権も与えられない」


「‼」


「旅行者として一時滞在することは可能ですが」


「カグヤ……」


「わたくしがこの戦争を終わらせたら月に遊びに来てください。それまで戦地から離れた場所に避難していて。軌道エレベーター地上駅のない州へと……さようなら」


「カグヤぁぁぁぁぁッ‼」



 カグヤがソレスチャルの機内に入ると5機は飛びたち、月の輝く南方の空へと消えていった。アキラはそちらに、虚しく手を伸ばすことしかできなかった。

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