第14話 黄金の獅子ルシャナーク

 肩を震わせ涙する伯父サカキを、アキラはそっと抱きしめた。



「ボクは伯父さんのこと大好きだよ」


「しかし、儂は」


「伯父さんは父さんにとってはいいお兄さんじゃなくて。それが父さんに育てられたボクが地獄を見た原因なのも本当なんだろうけど。今さら嫌いになんてなれないよ。ボクにとっては優しい伯父さんだから」


「ううっ……!」


「父さんを死なせて、母さんに殺されかけて、母さんに死なれて。ドン底にいたボクを伯父さんは救ってくれた。嬉しかった。伯父さんにどんな事情があったかは、ボクには関係ないんだ」


「アキラ……お前は優しい子じゃ。それほどつらい境遇にあれば他者を思いやれなくても仕方ないのに。それは天性のものじゃ。それこそがお前の才能なんじゃよ」



 アキラは返答に困り、苦笑した。



「分かっておる。それはお前の欲しかった才能ではないのじゃろう。じゃが優しさが巡り巡って自身に報いることもある。その証を見せよう」


「え? あ、伯父さん!」



 伯父は立ちあがり、フラフラと歩きだした。傷が痛み、体力も消耗しているのだろう。アキラは寄りそい、伯父の包帯が巻かれていない右腕を担いで支えた。



「ありがとう」


「うん。どこに行くの?」


「秘密の隠し部屋じゃ。カグヤも気づかんかったようじゃの。帝国軍に侵入されておらん。そこに、お前へのプレゼントがある」


「ボクに……?」


「生涯をかけた科学の道でジーンリッチの才能に敗れて用無しになり、月から逃げかえってからも生きる気力をなくしていた儂を、お前は救ってくれた」


「ボクはなにも」


「してくれたよ。進んで家の手伝いをするだけでなく、儂が仕事で家を空けがちでさみしくないか妻を心配してくれたり。今も肩を貸してくれた。お前の素朴な優しさが、儂らは嬉しかった」


「~~っ」


「儂は、そんな甥を溺愛するだけのジジイであることに生きがいを見いだしたんじゃ。お前は灰色だった儂の世界に彩りを取りもどしてくれた……これは、そのお礼じゃ」



 やってきたのは格納庫の壁。


 壁にはまった四角い板の前。


 板の上部には赤いランプ、中央にはスピーカーの穴、下部には赤い円盤があって、円盤の中にボタンがある──どこにでもある、火災報知器。


 伯父はそれを作動させるボタンではなく、ランプを握って回した。するとランプが外れ、その下に隠れていたボタンが現れる。



 ゴゴゴゴゴッ‼



 伯父がそのボタンを押すと壁が横に滑りだした。壁そのものが隠し扉。開ききると向こうにも格納庫が続いており──そこに、黄金に輝くブランクラフトが立っていた。



「‼」



 頭頂高は、やはり16mほどか。


 その威容を足下から見上げる。


 特徴的なのは大きく前に張りだした円錐形の胸部。そこの左右両側にある横長のランプは両眼に、下側にある横向きの裂け目は口に見える。円錐の付根を覆う青いギザギザは──たてがみ



「胸のあれ、ライオン?」



 実物のライオンの顔の形そのままではないが単純化された意匠として、それを表しているように見える。なら、これは──



「そう、胸ライオンじゃ」



 ライオンの頭部を胸に持つ人型ロボット。ロボットアニメなどでヒーローが乗る機体によく見られるデザインだが、現実の兵器であるブランクラフトでは前代未聞。


 そして、アキラの理想のロボット像そのもの。


 物心ついたばかりで父のしつけもまだそれほど厳しくなく、自らを待ちうける運命も知らず、どこにでもいる普通の子供として幸せだった頃。


 実物のブランクラフトを見てロボット好きになったのをきっかけに観たロボットアニメ。その主人公の機体、今も最も好きなそのロボットも、金色で、胸ライオンだった。


 その話を、伯父にした記憶が。



「まさか」


「うむ。お前に〝どんなロボが好きか〟リサーチした結果を元に奪われた5機とは別に作っておった。いつかお前がパイロットになったらプレゼントしようと思っての」


「えええええ⁉」


「あの5機が軍から開発費をもらって作った軍資産なのに対し、これは儂が自費で作った私物じゃ。そしてお前の私物になる」


「なんてことを……」



 カグヤに〝不用になった軍の試作機を伯父に買ってもらえ〟と言われた時も仰天したが、伯父はそれ以上のことをもうしていた。値段は聞きたくないが──



「この子、名前は?」


「〘ルシャナーク〙じゃ。予定が早まったが受けとっておくれ。そして今すぐこれに乗って、北の中国大陸に逃げなさい」


「え? もう帝国軍は、去ったんじゃ」


「この基地からはの。じゃが帝国はここでの強奪作戦と同時に、別動隊による日本侵攻を開始した。カグヤが来た時のようなブランクラフトだけの小勢でではない、艦隊でじゃ」


「艦隊が、空から降ってきてる⁉」


「いや、南の海からじゃ。帝国が占領したスペースコロニーテンカツキュウ、そこから伸びる3本の軌道エレベーターの地上駅の内、ここの近くの沖ノ島 以外の2つはもう占領されておる」


「あ、確かニュースで」


「帝国軍は天蠍宮からその2つの駅へと降りてきて、すでに周辺の土地を征服しておる。そこで船を大量に調達して艦隊を組んで、太平洋を北上してきたんじゃ」



 この戦時下でも今まで日本は平和だった。


 小さな例外はカグヤが来た時くらい。


 だが今後は──



「おそらく連邦軍は負ける。沖ノ島の地上駅は奪われ、日本州は帝国に占領される。そうなる前に逃げるんじゃ」


「伯父さんと伯母さんを置いて、ボクだけ⁉」


「儂らは大丈夫じゃ、ヘタに逆らわねば。じゃがお前は……帝国領内では、殺処分にされかねん」


「! カグヤも言ってた。なんの才能もないボクに帝国で生きる資格はないって。軌道エレベーターから離れて逃げろとも」


「帝国は地球全土を征服する気はなく、月と地上との往来を容易にする軌道エレベーターを確保したいだけなのじゃろう。じゃから地上駅から離れた場所は戦場にならない」


「その安全な場所に、逃げる……」



 話は分かったが、気は進まなかった。元々、命に執着はない。それより今、胸にあるのは……アキラが黙っていると、伯父は深く息を吐いた。



「伯父さん?」


「じゃが。もしお前がのなにかにコレを使いたいのなら。儂は反対せんよ。お前はお前の心のままに生きなさい」



 伯父からそう言われて。


 アキラの心は決まった。

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