第8話 無駄な努力
「違います‼」
アキラが両親の死は自分のせいだと言うと。
カグヤは少しも迷わず、そう言ってくれた。
「アキラの苦しみは否定しません。でも、それだけは違います。そんなふうに言わないで。あなたに責任はないのです!」
その目に涙が光っていた。
アキラも涙が込みあげた。
「カグヤ……ごめん! ボクも自分が悪いはずないと思ってる。でも自信が持てなくて。自分に都合よく考えてるだけじゃって。誰かに、認めてほしくて……だから。ありが、とう……!」
「認めます! 誰がなんと言おうと。きっと叔父さまだって……だから、アキラはもう、がんばらなくてよいのですよ?」
「もう……?」
「アキラは毎日、学校から帰ってもずっと勉強していて。運動もしていて。少しも遊ぶ暇がないと叔父さま仰ってました。もう、お父さまの言いつけに従わなくてよいのです」
「ああ、いや。それは、違うんだ」
「違う……?」
「父から解放されて、ようやく自分の目標のために頑張れるようになった。父に許してもらえなかった夢を追ってるんだ、今は」
「まぁ! それは素晴らしいですわ。その夢とは?」
「パイロット。ブランクラフトの」
「……」
カグヤが固まり、口ごもった。
その反応は……覚悟していた。
「無理だと思った?」
「……はい」
「やっぱり。カグヤは帝国軍でパイロットしてたし、それにどれだけの能力が必要か、きっとボクより分かってるよね」
ブランクラフトは人型戦闘機。
今の時代、戦闘機のパイロットは軍人でも〔少尉〕以上の高い階級の者〔士官〕にしかなれない。その力を預かるのに重い責任を伴うから。
士官はその責任を果たすため頭脳も優秀でなくてはならない。そんな士官を養成する士官学校の入学試験では、他の学校と同じく普通教科のペーパーテストが行われる。
それも、かなりの難関。
また高速で移動する乗物は、急な加速や方向転換を行うと凄まじいGが搭乗者の体にかかり、戦闘機のパイロットとなればそれに耐えるだけの強靭な肉体も求められる。
まさに文武両道が。
「帝国軍ではなく、連邦軍の基準でも……今のアキラの成績から判断して、士官学校に入学できるほどに学力を伸ばすのは……」
「うん。伯父さんが雇ってくれた超一流の家庭教師たちも、みんな匙を投げたよ。ない才能は伸ばしようがないって」
「それは! その者らが無能だっただけです! わたくしなら……ですが、わたくしでも恐らく、つきっきりで教えないと……立場上、そこまでの時間は……」
「その気持ちだけで充分だよ」
カグヤが地球に亡命してきたのは、互いに強すぎる地球と月のあいだの敵愾心を和らげ、両者の戦争が破滅的な結末に向かうのを回避するためだ。
地球連邦政府の同意を得て、カグヤはすでにその政治的な仕事に追われている。こうしてアキラと会えるのは、忙しい合間を縫ったわずかな時間だけ。
何十億もの命を背負った本業を投げだして、自分の勉強を見てくれと言えるほどアキラの神経は太くなかった。そんなことをしたら夢を叶える前にストレスで死ぬ。だから仕方ない。
しかし、カグヤはかぶりを振った。
「充分ではありません。このままではアキラの夢は叶いません。もう……よくないことですが……叔父さまにお願いして、コネで入隊するしか」
「伯父さんも、そう言ってくれてる。持ってないボクに綺麗事なんて言える余裕はない……でも、それは最後の手段だ。それしかなくなるまで、自力でがんばりたい」
「それで、また勉強漬けで。アキラは今、楽しいのですか?」
「ううん……」
「なら! もう将来は約束されているのですから、がんばらなくても。気負わずに、たくさん遊んで、楽しまないと! 今しかないアキラの青春が灰色に塗りつぶされてしまいます!」
「伯父さんも、そう言ってくれてるけど。怖いんだ。必死にがんばってもこの程度なのに、降って湧いた幸運にあぐらをかいて努力を怠ったら。いったい、どこまで落ちるか分からない」
「それは……」
とうとう、カグヤが言葉を詰まらせた。
気づくと日が落ちて、暗くなっていた。
「……物心ついたばかりの頃、実機のブランクラフトを見て。あんな大きな物が動いて、人が中から操ってるって知って感動して。自分もやってみたいと思った」
アキラは改めて昔話を始めた。
「ボクはこれに乗るために生まれてきたんだって確信した。あの時の鮮烈な気持ちが、ボクのなにより大切な宝物なんだ。その夢を追うことを父には認められず、ずっと苦しかった」
その父が自殺して。
すぐ母も自殺して。
「父から解放されて、引きとってくれた伯父さんは優しくて、好きにさせてくれて。ボクは夢のための努力を始めた。そしたら、大嫌いだった勉強も運動も楽しくてさ。成績も上がったんだ」
「えっ……?」
「それまでは、やりたくもないことを強いられてモチベーションが低かった。やりたいことのためとなると学習効率が段違いだ。そういうものでしょ?」
「え、ええ……」
「これからは上手くいくと思った。あの頃は本当に幸せだった。伯父さんは遊びに連れてってくれて、美味しいもの食べさせてくれて、自分が開発してる新型ブランクラフトも見せてくれて」
「……」
「……でも、ボクから外出を断るようになった。時間が惜しくなったから。上がりつづけると思った成績はオール1がオール2になっただけで頭打ちになっちゃったんだ」
「~~っ」
「やる気があってもその程度。結局ボクの才能は底辺だった。このままじゃ目標に届かないと思うと、また努力するのも楽しくなくなって……今、こんなんさ……ちくしょう‼」
「アキラ‼」
アキラが感極まって怒鳴ると、カグヤはすかさず抱きしめてくれた。その体にすがりついて、アキラは泣いた。
「ううッ、ああーッ‼」
「アキラ! アキラ‼」
「ごめん……ごめん! こんなこと君には一番、言っちゃいけないって分かってるのに……ボクも、君のように生まれたかった‼ なんでもできるジーンリッチがよかった‼」
「いいのです! そう思うのが当然だと、わたくしも分かっています。むしろ、それだけつらい中にあっても相手を気遣えるあなたが、わたくしは大好きですよ」
アキラがまた、泣き疲れて眠るまで。
カグヤはずっと背中を撫でてくれた。
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