第9話 機甲操兵アーカディアン
それから。
カグヤは〝つきっきりは無理でも〟とわずかな余暇を割いてアキラの勉強と運動の面倒を見てくれるようになった。
月のルナリア帝国の皇女でありながら、その敵国の地球連邦に亡命し、帝国の管理社会に囚われた月人たちの救済を地球の人々に訴える仕事で忙しいカグヤとは、会える機会は少ない。
それでカグヤはアキラに向いた学習法や、苦手の克服法などが書かれたメモをくれた。アキラはそれに沿って学んで成果を報告し、カグヤはそこから判断して改良した新たなメモをくれる。
さすが最高のジーンリッチ。
カグヤの指示は的確で、わずかなメモだけでも前に伯父が雇ってくれた超一流の家庭教師たち──遺伝子的にはアートレス──の教えより成果を実感できるものだった。
それでも、来年度の高校受験までにアキラが士官学校の入試に合格できるほどになるのは無理だろう、とカグヤは言っていた。
カグヤからすれば無駄なこと。それでも自力で挑みたいアキラの意思を尊重して付きあってくれている。ありがたくも、申しわけない。
そんな日々が続き……日曜日。
早朝、アキラが日課の鍛錬で山麓の家から山頂まで登ると、また高取城の本丸で甚平姿のカグヤと会った。アキラが日曜日で学校が休みなように、カグヤも休みが取れたとのこと。
「今日はずっと一緒にいられますわ♪」
なお城の主でアキラの伯父──カグヤにとっては叔父──のサカキは今日も仕事とのこと。アキラはカグヤと並んで下山して麓の家に帰り、交互にシャワーを浴びた。
もう前回のように裸で対面することはなかったが、いつも自分が使っている風呂場にカグヤが裸で入っているだけでアキラは胸がドキドキした。
それからカグヤとサカキの妻である伯母──カグヤにとっては叔母──と3人で朝食を取り、食後は自室でカグヤに勉強を見てもらい……
「午前のお勉強はこのくらいにしておきましょう」
「ふぅ。ありがとう、おかげで大分はかどったよ」
「お安い御用ですわ♪」
「……あれ、まだお昼まで時間あるね。どうしよう」
「では、アキラのブランクラフトの操縦を見せてください。この家にもシミュレーターがあって、練習しているのでしょう?」
「うん。いいよ、でもどうして?」
「パイロットになるのに体力も学力も必要ですが、一番に大切なのは結局それですもの。腕がなければパイロットになれても出撃したらすぐに死んでしまいます」
「……デスヨネ」
「ですから、そちらもお手伝いさせてくださいな。これもつきっきりではできませんが、操縦しているところを見ればアドバイスできますので」
「分かった。よろしくお願いします」
アキラは家の地下階にカグヤを案内した。ここは遮音性が高く、AVルームやカラオケルームなどがある。その一室に、ブランクラフトのシミュレーターマシンは置かれていた。
直径が成人男性の身長ほどの球体。
内部は空洞で、底に座席が固定されており、その周囲に操縦機器が設置されていて、それでVR空間内の仮想のブランクラフトを操縦する。
球殻の内壁は全周モニターになっていて、仮想の機体のコクピットに座ったパイロットの視界を映しだす。
また台座に取りつけられた車輪が球体を回転させることで機体の傾きまで再現できる、臨場感の高い本格的なマシンだ。
「まぁ。軍用ですわね」
それは軍隊で正規のパイロットや、士官学校で候補生が使っているのと同じマシンだった。民間にはほとんど出回っていない。装置が大がかりな分、高価だから。
シミュレーターで最も簡素なスタイルは、操縦機器プラスVRゴーグルというもの。座席はついてこず、視界は大きな全周モニターではなく使用者の頭にかぶるVRゴーグルで得る。
そこに専用のゲーミングチェアがつけば充実しているほう。ゲームセンターに置かれているものはそれプラス全周モニターを採用していることもあるが、回転機能はない。
「そうなんだ。伯父さんが、ボクにって」
家庭で軍用と同じフルスペックのマシンを使えるのは富裕層に限られる。生まれは庶民のアキラだが、世界一の大金持ちの伯父に引きとられたことでこの贅沢に浴していた。
「ボクは遠慮したんだけど」
「ふふ。叔父さま、アキラのためになにかしてあげたくて仕方ないんですのよ。これくらい叔父さまにとっては本当に大した額ではありませんもの。もらっておけばよいのです」
「はは。そうだね……じゃ、始めるね」
アキラは壁に貼られている大型モニターを点けた。全周モニターに表示される画像がそこにも表示される仕組みで、これでカグヤはマシンに入らなくてもアキラのプレイを観察できる。
それから球形マシンの扉を開いて中に入る。座席について両肩の後ろから2本、腰の左右の後ろから2本、股下から2本の計6本のシートベルトを腹の前で締め、体をがっちり固定。
ポチッ
両膝の上に来るよう置かれたコンソールパネルについた電源ボタンを押すと、パネルのディスプレイが点灯して〘
ブランクラフトのシミュレーターの、ゲームとしての名前。
正規のパイロットやその候補生も、純粋にゲームとして遊ぶ者も、ブランクラフトの操縦者はみなマシンスペックに差はあれどこのゲームで腕を磨く。
コンソールのタッチパネルを操作して戦場ステージと使用機体を選択。それまで真っ黒だった全周モニターが点灯し、アキラの周囲に青空が広がる。
『ミッション、スタート!』
アキラが選んだ機体、第3次世界大戦で活躍した最初期のブランクラフト〘クロード〙はすでに戦場の空にいた。基地からの発進シーンはこのステージでは省略されている。
クロードは現在、旧来のジェット戦闘機と同様の姿をした巡航形態。その機首の手前にある、透明なキャノピーに覆われたコクピットから見た視界が、全周モニターに映されている。
遠く前方に複数の敵機が見えた。
機影はまだ粒ほどに小さくて形も分からないが、敵機を示す識別マーカーの赤枠に囲まれていてそれと分かる。
「アキラー! がんばってー♪」
「すーっ、はーっ……うんっ‼」
カグヤが見ている前で、また運動会の時のような無様はさらしたくない。アキラは硬くならぬよう深呼吸して心を落ちつけた。
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