第5話 湯上りの君

「うわああああ⁉」


「きゃああああ‼」



 アキラとカグヤは悲鳴を上げつつ、しゃがみこんで、すでにお互いバッチリ見られてしまった裸を手足で隠した。



「カグヤ、なんで⁉」


「あ、雨に濡れて!」


「あ、ああ! ボクもう出るね!」



 アキラは体を隠しながら風呂場から出て脱衣所へ。カグヤは入れかわりに風呂場に飛びこみ、戸を閉めて、鍵をかけた。


 アキラは大急ぎで体を拭き、着替えの服を引っつかんで脱衣所を出て、自室に飛びこんでから着替えた。



「はーっ、はーっ……」



 生まれて初めて、母親以外の女性の裸を、生で見てしまった。それにカグヤは顔だけでも絶世の美女だったが、全身もこの上なく美しく、蠱惑的だった。


 雪のように白い肌。引きしまっていて、かつ発育のいい体つき。桜色の2つの山頂、不毛の堤防……ほんの一瞬、見ただけで目に焼きつけてしまった。


 動悸が激しくなる。


 下半身が充血する。


 カグヤを性的に意識してしまっていることにアキラは罪悪感を覚えた。裸を見られただけでも傷ついただろうに、こんなことを考えられていると知ったら彼女はどれほど不快に思うか。


 アキラは机に向かった。勉強に集中して、イトコの裸を頭から追いだせ! イトコ同士は共通の祖父母を持つ四親等、親族でも近親ではないから結婚できる。夫婦ならセッだから考えるな!



「…………ダメだッ!」



 問題に向きあいながらも常にチラつく。遅々として進まない。カグヤの裸を考えまいと勉強を始めたが、これではむしろ勉強に身が入らないことのほうが問題だ。


 この昂りを鎮めないと……カグヤへの負い目で消えいりたい気分だが……もう我慢できない……アキラがティッシュ箱に手を伸ばした、その時。部屋のドアがノックされた。



「アキラー?」


「ひゃいっ⁉」



 カグヤの声に、アキラは跳びはねた。心臓が喉からまろびでるかと思った。ティッシュ箱から慌てて手を放す。



「中に入ってもよろしいですかー?」


「あ、うん! ちょっと待ってて!」



 アキラは部屋を見回して汚れていないことを確認し、ゴミ箱の中を見てヤバイものが入っていないことを確認してから、鍵を開けてドアを開いた。



「どうぞ」


「お邪魔しまーす♪」



 カグヤが部屋に入ってくる。すれ違う時に、乾かされた長い黒髪からシャンプーのいい匂いがして、それだけでもアキラは意識が飛びそうだというのに。


 Tシャツに短パン。


 これが声明の時の和服のお姫さまと同一人物とは。あれも綺麗だったが遠い世界の人という感じもしたが、これは近しい人にしか見せないプライベートのラフな姿。


 飾らないカグヤ本来の魅力がダイレクトに襲ってくる。本当に自分が見てしまっていいのか。あと短い袖と裾から伸びる素肌の手足が眩しい。


 ダメだ、これだけでも充分にHだ。


 ジロジロ見ないようにしなければ。



「アキラ?」



 ボーッとしていたらカグヤに呼ばれた。


 部屋の中央で手持ち無沙汰にしている。



「っと、ごめん。座布団ないんだ。居間から持ってくるよ」


「いえ、できれば、じかに座らせていただきたいのですが」


「うん、いいよ」


「わーい、ですわー♪」



 カグヤは畳に腰を下ろし、両脚を前に投げだした。お姫さまらしくお行儀よくする気は毛頭ないらしい。こんな庶民の部屋にはそれが合っているが。


 格好といい仕草といい態度といい、親しみやすさ全開で、心の距離が急激に縮まるのを感じた。だがまだ、さっきの出来事がしこりとして残っている。


 アキラはカグヤの前に座り、頭を下げた。



「さっきはごめ──」


「謝らないでくださいな。わたくしも謝りません。裸を見られたのはお互いさまですし、どちらも不可抗力だったのですから」


「そう言ってもらえると助かるよ」



 こちらの罪は記憶の中のカグヤの裸をオカズに自慰を始めようとしていた件もあるのだが、そんなことを教えられてもかえって気持ち悪いだけだろう。心の中で謝っておく。



「でも、どうしてこんな所に?」


「こちらの台詞ですわ! 一緒に暮らせると思ったのに、わたくしのいる本丸からこんなに離れた所に住んでるなんて! ちっとも会えないから、叔父さまに鍵をもらって訪ねてきたんです!」



 カグヤは頬を膨らませた。


 プンスカしている。


 なんだこの可愛い生物は。


 それにしても急にできたイトコにそんなに興味があったとは。彼女のような高貴な人物が、自分のような小者と会いたがっていたというのがアキラには意外だった。


 嬉しくも、こそばゆい。



「ごめん。僕が伯父さんの甥ってことは秘密になってるから」


「聞きました。それを隠しているのはサカキ叔父さまがあなたを守るためでも、ここに住んでいるのはあなたが望んだからでしょう? 豪邸よりこういう家のほうが落ちつくからと」


「うん。叔父さんは隙あらばボクに贅沢させようって、とてもよくしてくれてるよ。冷遇されて小さな家に押しこめられてるわけじゃない」



 それを聞くと、カグヤは嬉しそうに微笑んだ。



「優しいかたですもの──わたくし、こういう家には入ったことがなくて興味がありましたので、あなたに会うために自ら出向いたわけです。そしたら雨に降られて、お風呂をお借りしようと」


「そうだったんだね……えと。あんなことがあったのに、よくすぐボクの部屋に来れたね。気まずくならない?」


「気まずいに決まっています! ですが、わざわざ会いにきたのに話さずに帰るなんて時間の無駄ですもの!」


「メンタルつよぉ……」


「そういうわけでして。アキラ、構ってください! いっぱいお話しましょう! それとも一緒にゲームでもしますか?」


「勉強するから出てって」


「冷たくありません⁉ アキラ、わたくしのこと嫌いですか⁉」



 メンタルつよつよ姫が涙目になった。



「そんなことないよ。追いだす口実じゃなくて、勉強はマジでやんなきゃいけないことだから。終わるまで待っててくれる?」


「アキラは勤勉ですのね。そう言われてはお邪魔できません」



 カグヤは立ちあがった。


 すると机が目に留まったようで、何気ない足取りで傍に寄っていき、上からノートを覗きみて──ピタリと動きがとまった。



「すっごい間違えてますわね」


「ぐふっ!」


「わたくしがお教えしましょうか?」


「……オネガイシマス」



 アキラは羞恥で縮まりながら、小さく声を絞りだした。

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