第4話 高取城

 タケウチ兄弟の兄ツヅキがルナリア皇帝となったことで、月にいれば皇族の地位が約束されていたのに、弟のサカキは建国時の混乱に紛れて地球に帰還した。


 彼は語った。



〝開戦すれば地球へ渡航できなくなる。高齢な自分は二度と故郷に帰れなくなる可能性も高い。帰れる内に帰りたい〟



 そう思うのも人情。


 他にも同様に帰還した第1世代の月移民は大勢いる。だが月への敵意に染まった地球の人々──全員ではないが──は、彼らを迫害した。


 これに対し、サカキはコロニー建設で蓄えた巨万の富を投じ、帰還者たちの権利と安全を守った。地球連邦軍の技術顧問となり、その権力も利用して。


 その一環で土地を買った。


 日本は奈良県の高取山タカトリヤマを。


 標高583m、麓からの高さ350mのこの山には武士の時代に高取タカトリジョウという、のちに〔日本最強の城〕と称えられる壮大な山城が築かれていた。


 この城は明治時代になって武士の世が終わってから使われなくなり廃墟の史跡となっていたが、サカキが金に物を言わせ、元の山が頂く雪にたとえられた美しい姿へと修復した。


 そして関係者以外の立入を禁止し、連邦軍兵士に警備させて、帰還者の内で居住を希望する者らを中に匿った。そこに、サカキの姪であるタケウチ・カグヤも加わることとなった。


 ルナリア皇帝ツヅキの娘。


 皇太女、第1皇位継承者。


 帝国軍人でもあった彼女は軍事作戦で地上に降りてから仲間を裏切り、乗っていたブランクラフトから脱出して叔父の山に落ち……そのまま、そこに住むことを地球連邦政府に承認された。


 皇族でありながら帝国を否定して地球連邦への亡命を希望した彼女は、連邦政府にとって都合のいい政治の道具となり、その身柄は丁重に扱わねばならない。


 しかし月を憎む一部の過激な地球市民たちは彼女に危害を加えかねない。連邦の指導層はそういう輩から彼女を守るためにも、高取城は最適だと判断した。







 山の傾斜に沿って建物の連なる高取城。


 その最奥たる山頂に築かれたほんまる殿てん


 そこの大広間、床には畳が敷かれ、壁とふすまには豪奢な日本画が描かれ、まさに時代劇で見る、城主が家臣団と向きあう場所。


 その奥で床が一段 高くなった〔上段の間〕に城主タケウチ・サカキが、その隣にカグヤが座っていた。カグヤは亡命時には後頭部で束ねてまとめていた長い黒髪を、今は垂らしている。


 2人とも和装で、古の日本の殿様と姫君を思わせる。さすがにサカキがチョンマゲを結ったり、カグヤがお歯黒を塗ったりはしていないが。


 大広間の中央に少数の撮影スタッフと機材。


 そのカメラに向かい、カグヤは語っていた。



「帝国には職業選択の自由がありません。人々は遺伝情報から適性を判断され、才能を認められた分野での仕事を与えられます。ですが、それが本人のやりたいことと一致するとは限りません」



 静かに、厳かに話すカグヤ。


 皇族らしい品に満ちている。



月人つきびとがみな、そんな社会で幸福を得ているわけではありません。望むことをやれず、望まぬことを強いられ苦しんでいる人も大勢います。それは犯罪率の増加にも繋がっています」



 それでいて切実に。


 訴えかけるように。



「月人は自らの生みだしたシステムに囚われ、その歪みを自力では正せなくなっています。もう強制的に辞めさせるしかない……それができるのは地球連邦だけです。地球の皆さん、どうか月の同胞たちを、救ってください!」







 中学校の、休み時間。


 ミカド・アキラはカグヤの声明を、携帯電話を使ってネット配信で見た。教室の他の生徒たちも同じものを見て、その話題で持ちきりだ。



「お姫さま、きれー」


「この世のものとは思えない!」


「なによ。あの顔も遺伝子いじった作りモンでしょ」


「別にいーじゃん、美人ならなんでも」


「敵に肩入れするのか!」


「亡命してきたんだから敵じゃねーだろ、もう!」



 反応は、半々だ。


 美人というだけで受容する者。


 月人というだけで拒絶する者。


 地球市民の月人への反感が高じて戦争にまでなったとはいえ、地球連邦では言論統制などされておらず、月人に好意的な意見を誰も述べられない、という状況にはなっていない。


 が、好意的な意見を表明すれば、月人を憎悪する者から攻撃の対象とされる。教室内が二手に分かれて険悪なムードになる中、ある男子がアキラに聞いてきた。



「ミカド、あの城に住んでんだろ?」


「うん。敷地内でも山の下のほうにある民家にだけどね」


「お姫さまにはもう会ったのか?」


「お目通り叶うわけないでしょ? ボクみたいな下男が」



 ドッと、教室が笑いに沸いた。


 下男──男の召使いを表す古語。古風な城の古風な姫に合わせた冗談が受けて、アキラはその場をやりすごせた。


 アキラは嘘をついた。


 だが、嘘は今さらだ。


 アキラは高取城で働く使用人の息子ということになっており、城主タケウチ・サカキの甥であることは秘密にしている。


 サカキがそう手配した。地球市民に憎まれている自分の身内と知られれば面倒と危険が及ぶからと。教室の雰囲気に、アキラはその判断は正しかったと肝を冷やした。



 アキラの父は凡庸な男だった。



 ツヅキとサカキ、天才科学者の兄2人が月へと移住して宇宙開拓の最前線で活躍したのに対し、名を成さず、地球から出ることなく一生を終えた。


 結婚後は妻の姓ミカドを名乗って、高名なタケウチ兄弟の弟であることは世間にも息子にも隠していた。


 両親が死んでからサカキに引きとられてからそのことを知ったが、自分がタケウチ兄弟の甥であり、月の皇族の親戚だなんてことは、庶民感覚の抜けないアキラには実感が湧かなかった。







 その日の学校の帰り道、雨が降った。


 傘はあるが、それでも結構、濡れる。


 高取山の北西の平地にある学校から、城の敷地に入ってすぐにある小さな日本家屋に帰り、アキラは風呂に直行した。


 体を洗い、湯舟に浸かってのんびりしていると、不意に戸がガタガタと鳴った。きっと、この家で一緒に暮らしているサカキの妻、血の繋がらない伯母だ。



「ごめんなさい、入ってます」



 自分が電気を点けていなかったせいで無人だと思ったのだろう。アキラは顔を見せて謝ろうと湯船から上がり、鍵を開けて戸を引いた。すると風呂場の電気がついて。


 カグヤが、全裸でそこに立っていた。

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