第3話 分かたれた2つの星

「お、叔父さま? わたくしにイトコがいたなんて初耳です!」



 今度は少女──カグヤが驚いていた。


 サカキは沈痛な面持ちで目を伏せた。



「兄さんも話していなかったか……儂ら兄弟にはもう1人、弟がいたんじゃ。儂らとは不仲で絶縁状態じゃったが先年、嫁さんと一緒に死んでしもうて。残された一人息子を儂が引きとった」


「まぁ……」



 気遣わしげなカグヤに、アキラは微笑んだ。



「伯父さんとはその時に初めて会って。父がタケウチ兄弟の弟とは知らなかったので驚きました。初めまして、カグヤ殿下。ミカド・アキラです」


「初めまして。ルナリア皇帝タケウチ・ツヅキと皇妃ナギサが娘、カグヤです。7月に14歳になりました。アキラさんは、おいくつですか?」


「今は13歳、10月……もう来月か。14歳になります」


「では同い年ですね。イトコなのですし、他人行儀はやめにしませんか? わたくしのことは〘カグヤ〙と呼んでほしいですわ」


「カ……カグヤ。ボクのことも、〘アキラ〙で」


「ええ! アキラ、よろしくね♪」







 タケウチ兄弟。


 2人の天才科学者。


 宇宙開拓の立役者。


 弟のタケウチ・サカキは工学の専門家。人が宇宙で暮らすためのスペースコロニーや月で暮らすためのルナコロニーを設計し、自らその建造の陣頭指揮も執った。


 兄のタケウチ・ツヅキは生物学の専門家。コロニーに移住した人々を医療面で支え……その子供らに遺伝子操作を施したことが現在の世界情勢を決めた。


 人間の遺伝子を組みかえる。


 倫理的に問題のある行為だ。


 それでも、ツヅキはそれを断行した。


 原因は開拓民が置かれた状況だった。

 

 今でこそ地球の赤道上・高度3万6千㎞宙域には12のスペースコロニーがあるが、宇宙開拓の黎明期には軌道エレベーターの宇宙駅に付随する3つしかなかった。


 当時、開拓の本場は月だった。


 コロニー建造には膨大な量の鉄が必要になる。


 それは地球より月で採ったほうが効率がよい。


 月で採った鉄は、遠くまで運ぶより近くで使ったほうが経済的。開拓者たちは月で鉄を採り、それで月にルナコロニーを、月の近傍宙域にスペースコロニーを造っていった。


 この〔月とその近傍宙域のコロニー群〕に住む開拓民たちが月社会を形成し、月社会は地球連邦のルナリア州となり、のちにルナリア帝国となる。今は〔月〕とだけ呼ぼう。


 月の開拓はそれを推進した、フロンティアスピリットに熱狂する世界中の企業が競いあうことで急速に進んだが、あまりに多くの人々の活動は秩序を欠き、問題も起こった。その最たるが──



ばく



 それは放射線を浴びること。


 生物は放射線を浴びると健康を害される。


 宇宙には放射線が大量に飛びかっている。


 放射線の遮蔽は大規模な施設では難しくなくコロニーでは外壁で充分に成されているが、コロニーより小さい宇宙船や宇宙服では難しい。


 宇宙船や宇宙服に充分な遮蔽措置を施すと大変に高価となってしまい、月の開拓民が使う大量の宇宙船と宇宙服の全てに施すのは無理だった。


 だから大半の月の人々は措置の施されていない宇宙船や宇宙服を使ってコロニー外で活動し、そのあいだ被曝しつづけた。


 昔の宇宙飛行士と同じだ。


 対策は被曝線量を〝ここまでなら被曝しても安全〟という範囲に留めるよう注意することだけ。危険域に達したらコロニーにこもるか地球に帰るかして、もう宇宙には出ないようにする。


 その決まりを、全員が遵守するはずもない。


 故意にせよ、過失にせよ、違反が相次いだ。


 コロニー建造作業は宇宙に出ている時間が長く、作業員の被曝線量はすぐ危険域に達してしまう。それでいて専門性が高く、そうそう替えは効かない。


 多くの者が危険域を超えても月に留まり、仕事を続けた。


 件数が多すぎて政府は取りしまりきれなかった……結果。


 被曝による病気、病死が続出。


 月の人々は新たに生まれてくる子供たちまで同じ目に遭わせたくないと願い、それを叶えたのがタケウチ・ツヅキ医師だった。


 ツヅキは子供に受精卵の段階で遺伝子操作を施すことで、先天的に放射線への強い耐性を持たせる手術を率先して行い、また月の医療現場へと広めた。


 そうして生まれた子供は放射線対策が不充分な宇宙船と宇宙服しか使えなくても、被曝線量が危険域になることはない。



 ツヅキは月で最も尊敬される人物となった。



 遺伝子操作の是非については意見が別れる。だが月に移住した人々のあいだでは放射線に抗うという切実な問題から、是とするのが一般的となった。


 人間への遺伝子操作は地球連邦では違法とされていたが、地球連邦を構成する各州は、それ自体が独自の法を持つ1つの国家でもある。


 月・ルナリア州の議会はそれを合法と認めた。また地球連邦の全体を統べる連邦議会も〝ルナリア州内に限って〟と容認した。


 めでたし、めでたし。


 とは、ならなかった。


 どうせ遺伝子操作するなら……放射線だけでなく、あらゆる病気への耐性もつける。遺伝性疾患の元が見つかれば治療する。そして親の望む容姿にし、知力も体力も……


 あらゆる分野の才能も。


 高められるだけ高める。


 どう遺伝子を組みかえれば望む結果が得られるか未解明な部分も多く、手探りしながらではあったが、月社会は自然には一握りしか生まれてこない優秀な子供を産みつづけた。


 人工の天才〔ジーンリッチ〕を。


 彼らは幼少期からその能力を発揮して社会に貢献し、ルナリア州は爆発的に発展した。


 遺伝子操作を受けず自然に生まれた──〔アートレス〕という呼称が定着した──者ばかりで、天才はそのごく一部という地球の人々は、経済競争で月に太刀打ちできなかった。


 月が発展するほど、地球は衰退した。


 なら地球でも遺伝子操作を解禁して……とは、ならなかった。月への反感から地球の人々の遺伝子操作への嫌悪感が、かつてより増大していたから。


 地球は月を憎んだ。


 月は地球を蔑んだ。


 その軋轢は様々な摩擦を生み、流血を伴う衝突も発生し、それらが両者の溝をより深め……エスカレートしていく事態を誰もとめられず、その日が訪れた。


 ルナリア州は地球連邦を脱退、その民はタケウチ・ツヅキを皇帝として、ルナリア帝国を樹立。ルナリア帝国は地球連邦に対して宣戦布告し──


 地球と月の戦争が、始まった。

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