第2話 ボーイ・ミーツ・カグヤ姫
「ハッ、ハァッ‼」
斜行軌道エレベーター・
戦争なんて初めてだ。月との戦争が始まったのはニュースで知っていたが、これまで日本には戦火が及んでいなかった。
少年は麓の住家から山中の施設にお使いに行った帰りだった。夜の山は危険だが、今夜は満月で明るいし慣れた道を通るしで問題なかった。
その、地球連邦政府からのメッセージは──
〖敵国のブランクラフトが宇宙から降ってきた。標的は天浮橋・地上駅や周辺の軍事施設と思われるので、近くの者は避難せよ〗
──という主旨だった。
地上駅から50㎞も離れていようと、空で戦っているブランクラフトの撃った弾がここまで飛んでくる可能性はある。
少年はすぐ山中にあるシェルターの入口を目指して走りだした──とたん、まるで落雷のように周囲が一瞬だけ明るくなり、直後に轟音が響いた。
ビームが近くに着弾したらしい。
直撃したら人間なんて消しとぶ。
しかも、騒音はなおも上空から鳴りつづけ、見上げると星ではありえない光源がいくつか高速で動いていた。敵と連邦軍のブランクラフトが戦いながら天浮橋の近くから流れてきたらしい。
少年は命の危機を実感し、高鳴って破れそうな心臓を押さえながらシェルターのある方角の竹林に入った。そして今──
メキメキメキッ‼
……ズドォォン‼
竹の折れる音に続いて、なにかが落ちた音。
そちらを見ると、茂みの向こうに光る物体。
やや歪な円筒のような形。表面が半透明のクリアパーツになっていて、内部から漏れる灯りで暗がりの中ぼんやり光っている。
「!」
少年はそれが戦闘機の姿にもなる可変ブランクラフトの、脱出装置で機体から射出されたコクピットだと気づいた。
上空で射出されてパラシュートで緩やかに降下していたが、竹林に落ちたせいで傘が竹に引っかかって、そこからは急激に落ちたらしい。
ガシャッ……ドサッ!
コクピットのクリアパーツ、キャノピーが開いて中から宇宙服を着たパイロットが飛びおり、着地するや転倒した。
「大丈夫ですか‼」
少年はパイロットの許へと駆けよって、さわらないように傍にかがんだ。痛手を受けているなら素人が動かすのは危ない。
「救急車を呼びます!」
「それには及びません」
予想外の、とても耳に心地よい少女の声だった。パイロットが平気そうにスッと立ちあがる。つられて立った、同年代の中では小柄な少年より、やや背が高い。
パイロットがヘルメットを脱ぐ。
目を奪われ少年の時がとまった。
声の印象どおり同年代の少女に見えた。ただの少女ではない、絶世の美少女……誇張なしに、これまで見たなによりも美しい。
真っすぐで艶やかな黒髪。
黒真珠のように澄んだ瞳。
均整の取れた目鼻立ち。理知的で気品に満ちた凛とした表情。それでいて雰囲気は柔らかく幼児のようなあどけなさも感じさせる、人懐こい笑顔をこちらに向けている……
「どこも痛めてはいませんから」
「そうですか……あ、そうだ!」
少年は我に返った。
「外は危険です、避難しないと! シェルターがすぐそこにありますので、案内します! ついてきてください!」
「はい」
少年が先導して、2人は歩きだした。
パイロットの少女が話しかけてくる。
「戦闘は終わりましたので、その点はご安心ください。火災などの危険があるので避難は必要ですが」
「そうですか! よかった……あ、ここです」
山肌に開いた入口。
シェルターに入る。
殺風景な広間。他に人の姿はない。電灯が点いていて、少年は明るい中で改めて見て、少女の美しさを再確認する……と同時に、気づいた。
少女の宇宙服が、地球連邦軍でなく。
ルナリア帝国軍のデザインであると。
全身から汗が吹きでた。
帝国軍の〘イーニー〙も、連邦軍の〘
そもそも少女が見た目どおりの年齢なら、連邦軍の兵士にはなれない。帝国ではこんな歳でも兵士になると聞くが。
こちらの顔を見て、少女が苦笑した。
「はい、わたくしは帝国軍人です。しかしご安心ください。あなたがたに危害を加える気はありません。わたくしは投降し、地球連邦に亡命を希望いたします」
「えっ。いいんですか?」
「初めからそのつもりでした。軍務で地球に降りてきて、施設への攻撃が始まる前にわたくしは隊の仲間を裏切り、彼らを攻撃しました。亡命を邪魔されぬよう」
「ええっ⁉」
「全員、コクピットに直撃させて殺しました。最後の1機とは相討ちになって、わたくしも機体が大破し、脱出した次第です」
話が重すぎる。
なんと返せば。
「コクピットのレコーダーに記録が残っています。途中、交戦した連邦軍の心神にわたくしが1発も当てていないことも……連邦のかたがたは仲間たちに全機やられてしまいましたが」
「その、大丈夫ですか?」
「えっ?」
「お仲間を撃ったこと、つらかったんじゃ」
「……わたくし、つらそうに見えますか?」
「いいえ。でも外見で人の心は分かりませんから」
少女が目を細めた。
「ありがとう。あなたは優しい人ですね。本当は大丈夫じゃありませんでした。でも、あなたの言葉で心が軽くなりました」
「そう、ですか」
〝それはよかった〟とも言えず、沈黙が漂い……それを破ったのは、広間の奥の通路から現われた老爺の声だった。
「アキラ! 無事か!」
「伯父さん! はい!」
少年──アキラの伯父、白髪の老人タケウチ・サカキは安堵を見せたのも束の間、パイロット姿の少女を見て顔を強張らせた。
「帝国軍──あっ⁉」
「サカキ叔父さま!」
そう言って少女は伯父へと駆けだし抱きついて、驚くアキラの前で伯父もまた相好を崩して少女を抱きかえした。
「おお、カグヤ! 大きくなったのぅ」
「はい! ご無沙汰しておりました!」
「伯父さん、この人が──」
声をかけたアキラに、伯父は頷いた。
「ああ、そうじゃ。ルナリア帝国の第1皇女タケウチ・カグヤ。儂の姪で、お前の
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