第14話 ふたりきり

家に着いてしまった。


「ごちそうさまでした」

シートベルトを外して顔をあげると

坂下さんがまたキスしてきた。


「いや、俺の方こそ、ごちそうサマ」


なんだろうこれ…恥ずかしい。


「また明日ね」

大きな手で頭をポンポンとしてくれた。


本当はまだ離れたくないんだけど

明日も仕事だ。仕方ない。


「ありがとうございました。おやすみなさい」


「律儀だよね。ホントに。でもそーゆーの大事だからすごく良いと思う」


「褒めすぎですよ…」


「そうかな?思ったこと言ってるだけだよ。…おやすみ」



走り出した車を見送り、部屋に戻る。


いつも通りの部屋を眺め

ほっとする。


…しあわせだったなぁ…。


机の上のメモ。


時計を見るとまだあのにらめっこから4時間しか経っていない。


なんて濃厚な4時間だったんだろう。



メイクも落とさなきゃ…

お風呂も…

着替えも…


さっきまではあんなに無意識だったのに

一気に動きが鈍くなる。


「坂下さんと付き合うんだ…」


まるで夢のようだと思いながら

お風呂に入る。



ぼーっとしているとのぼせてきた。


お風呂を出て、ふと時計をみると

もう日付が変わっていた。


「え!やばい!」


慌ててベッドに入ったものの、

いつまでも眠れる気がしなかった。





結局ほとんど眠れないまま

いつもより少し早めに出社すると

もう坂下さんの車が駐車場にあった。


いつもこんなに早いんだ…。


私は坂下さんのこと

実はあんまり知らないのかもしれない。


休みは何してるとか

家族構成とか


職場が同じでも話すことは仕事のことや

仕事の話がほとんどだった。


これからたくさん知っていくのかな…


思わずにやけそうになるのをぐっと抑えて

事務所に入った。


「おはようございますー」


「おはようございます」


あれ?

事務所には裕貴しかいない。


「…ひとりなの?」

思わず声をかける。


「悪かったな」

ムスッとした裕貴の返事。


「あ、ごめん、そうじゃなくて…他の人は?」

「まだ誰も来てないみたい」

「ふぅん…」

めずらしい。

いつも部長は1番に来るのに。


しばらくして1本の電話。


「上野さん?ごめん、今日熱が出てね…申し訳ない…」

部長からだった。


お大事にしてくださいと伝えて切り、

予定表を見ると、かよ姉は有休日だった。


営業さんも今日は外回りの日で誰もいない。



「今日はふたりだけだね。がんばろ!」

裕貴に声をかけると、

小さく おぅ と答えるだけだった。


午前中は特に忙しくもなく、

ひたすらキーボードを叩く音だけが響く。


午後からは、書庫の整理を頼まれてたんだけど

裕貴1人で大丈夫だろうか?


「立花さん、私書庫に行ってきます。

たぶん30分くらい」


「了解です…ってそれ持っていくの?」


私が抱えようとしていた大量の書類を見て

びっくりする裕貴。


「うん、そうだよ?」


「いやいや、誰かに頼めばいいのに」


「…裕貴しかいないけど、いいの?」


「女性には重すぎるでしょ」


「平気だけどなぁ…」


「書庫まで運ぶよ」


手伝ってもらえることになり、

一緒に書庫に向かう。



「…昨日、なんですぐ帰ったの?」

思いがけない裕貴のひと言。


「え?なんでって…どういうこと?」

いつもすぐ帰らないことを

なぜ裕貴が知ってるんだろう?


「…坂下さんのことなんだけど」


「!」


「…なんかあったんだな?」

にんまりする裕貴。

自分がいまどんな顔をしたのか

手に取るようにわかった。



「その、告白されて、お付き合いをすることに…

ってなんで裕貴にこんなの報告しなくちゃいけないのよっ」


「よかったじゃん」

からかわれると思ったのに、

裕貴は優しい顔をしていた。


「…ありがと」


「坂下さん、いい人だよな」


「そうなの…って何かあったの?」


「男から見ても色気あってさ…

俺も好きだわあの人」

歩みをとめず、前を見つめたまま言うその瞳は

決してウソはついていない。


「ふふふ。いいでしょ」

思わず笑みがこぼれた。


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