第13話 しあわせ

「そっち、座ってもいい?」

「となり……?」

うんうんと嬉しそうに頷く坂下さん。


「どうぞ…」


ばっと立ち上がり、どさっと横に座った。


大きいなぁ…


「あやな」

「…はい」


「って呼んでもいい?」

「!…もう呼んでるじゃないですか」


からかわれてる。

でも、全然イヤじゃない。


「ごめん、可愛くてつい」

ニッコニコな坂下さん。

酔ってるのかな…?


「あの、酔ってます?」

「ん?全然?ノンアルだし」


「だって、さっきから可愛いって連呼してるから」

「ごめん、でもあやなが可愛いから」

あぁ、だめだ。心臓がもたない……


「坂下さんて、そんな感じなんですね」

「どんな感じ?」

「……デレ?」

「あはは!そうかもね。ツン ではないなぁ」

「デレまくりですね」

「いや?」

「…全然。でも、恥ずかしい…」

「あやなはそんな感じなんだ?」

「…?」

「テレ!」

「…そうみたいです」

「会社では上手くかわすのにね?」

「いや、だってそんな可愛いって言われないし」

「え?毎日みんな言ってるのに?山本さんとか」

「あ、山本さんのは冗談でしょ?」

「あはは!全く響いてない」

「え?冗談じゃないの?」

「結構本気だよーあいつは」


ぐいっと飲み干す喉元に釘付けになる。

あぁ、夢みたい…。


「あやなもおかわりする?」

「はい。同じのを…」

すぐに店員さんを呼んでオーダーしてくれる。


「ね、いつから彼氏いなかったの?」

「え?……2年前くらいです」

「え!?そうなんだ…飲み会のときはまだいたよね?」

「飲み会?……あー、そうですね。いたかも」

「……俺さ、浮気されたことあって」

!!!

坂下さんも?!

……うそ……


「しばらく女の子と遊ぶのとか、もういいやって、彼女とか恋愛とかする気なくなっててさ」

「…わかります。私もそうでした」

「え!?浮気?!」

「はい、されちゃって」

「そっか、つらかったね」

「坂下さんも…」


浮気された者同士が、

こんな風に付き合うことなんてあるんだな。


そう考えたら、浮気されたことも

少しはプラスになっているのかもしれない。


「でも、毎日あやなと会社で会う度に、なんか癒されてたのかな。目で追うようになってて。お疲れ様です が聞きたくて、定時後は会いに行ってた」

「そうだったんですか……」

どうしよう。うれしい。

いつも会えるのは偶然だと思ってたのに。

わざわざ会いに来てくれてたなんて…。


「あやな」

「はい」

「俺は浮気なんてしないよ」

「!わたしもです!」

「ふっ…そりゃそうでしょ。

あやなはそんなことしないよね」

優しくて髪を撫でてくれる。

「こんな俺だけど、仲良くしようね」


坂下さんがゆっくり抱きしめてくれる。

固まっていた私が解れていく。


「坂下さん、だいすき…」

「…やばい。可愛すぎ」


ぎゅうっと抱きしめられて、

満たされていくのがわかる。


「あやな…」


名前を呼ばれて少し顔をあげると

優しくキスをされた。


「こんな場所でごめん」


こんな時にまで気遣い。

思わず笑みがこぼれる。


「笑うなよ」


ぎゅっとまた抱きしめられた。


「明日も仕事だし、そろそろ出ようか」

顔、赤い。


坂下さんもきっと、同じ気持ちでいたんだ。


うれしい。


うれしい。





うれしい。






帰りの車でもずっと手を繋いで

信号待ちのたびにキスをした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る