第9話 焦燥

はーーーー。

頭と手元で違うことするのって

なかなか難しい。


品番言いながら、電話番号を書く。

なんかアレだな。

常習犯だとか思われてたりして。


上野さんの顔、今度は一応ちゃんと見た。


引いてはいなかった。

名前を読んだときも、駆け寄ってきてくれたし。


彼女の一挙一動に癒されてしまう。


どうか俺の思い違いでなければ、

きっと前に進めるはず。


こんないい歳したおっさんが、

たかが番号を教えるくらいで、

と思うかもしれないが

それが分かっているからこそ!

引かれてしまうのではないかと

進めなくなってしまう。


どーでもいいような子が相手なら

何だって聞けるし、何だって渡せる。


でもこれで、あとは彼女次第なんだ。

登録するもしないも

捨てるも拾うも

上野さん次第。



朝イチに渡してしまったもんだから、

今日1日はずっと頭の中にある。


そして、上野さんに会ってしまったら、

何か言ったほうがいいのか?


帰りの時間、ズラすのもなぁ。


フラれるならそこでバッサリやってほしい所だけど

きっと彼女はそんなことはしないだろう。


「坂下さん」


作業中に突然声をかけられて

振り返ると、立花がいた。


「おつかれ!なに?」

なんとなく明るく答える。


「さっきの……品番なんスけど」

「……え?品番?」


「…いや、やっぱいいっす。俺の勘違いでした」

そう言ってくるりと振り返りスタスタ歩いていく。


なんだ?

その後ろ姿になんとなく違和感があって…


「あっ!」


あいつ、カマかけた?!

上野さんにメモ渡したとき、あいつ見てたのか!


「……へぇ……」


まぁ、カマかけてきて確信したとしても

あいつに何ができるんだか。


俺の勘では、あいつは元彼か何か。

それか上野さんに片思いしてたとか?


何にせよ、親しい関係だったことには間違いなくて

久しぶりの再会で盛り上がったんだろう。


俺に取られるのがそんなに嫌なんだ?

カワイイじゃん。


障害があるほうが燃える。

この感じ、久しぶりだな。


待ちに待った定時。

今日1日、上野さんを何度か見かけたけど

声をかけることも、かけられることもなく。

話しかけるタイミングはなかったことはない。

でもあえて俺からはかけなかった。


定時後のこの時間。

必ず2人きりになれるからだ。


あんなに不安だったのに、

ライバル出現で思いがけず燃えている俺。



いつも通りの時間に手洗い場に行くと

上野さんの姿はなかった。


しばらく待ってみても、来ない。

「……んー??」


よく見ると、すでに手洗い場は掃除した跡があって

あぁ、もう帰ってしまったんだ……とがっかり。


もしかして、避けてる?

俺、やっちゃった…?


あークソ。番号なんて渡さなきゃよかった。


これまでの行いもすべて水に流すように

激しめに手を洗っていると


「お疲れ様です」


そこに来たのは、立花。


またかよ。

てゆーか、オマエじゃねーって。


「うっす」

大人気なくフイッとあいさつ。


俺からの軽い殺意を察したのか、

立花はそのまま歩いていく。



「なぁ!」

呼び止めると、立花はその場で振り向いた。


「…お前、上野さんのこと好きなの?」

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