第8話 こじらせ

今日、坂下さんと会えますように…!!


そんな下心?を持って出勤する。


熱気からなのか、やけに暑くて髪を束ねる。


「上野ちゃん、髪のびたよね~」

かよ姉がコーヒーを飲みながら話す。


「そうだね。今週切る予定なの」

「私もそろそろ美容院行かなきゃなぁ~」

「私の美容院、めっちゃ良いよ!」

オススメのヘッドスパの話をしていると

コンコン、と事務所のドアを叩く音。


「失礼しまーす」

「あ!」

思わず声が出た。

坂下さんだ!


「上野さーん」

「あ、はい!」

駆け寄った私。


「この品番の帳票がなくて…」

サラサラとメモに書いたのは

品番ではなく、電話番号…!


「お願いしますね♪」

「え、はい!」


にっこり微笑んで事務所を出た坂下さん。


デスクからはメモは見えてないので

みんなは私のもらったメモに

品番が書いてあると思っているだろう。



半分に折って、ポケットにしまった。

大切なメモ。

昼休みになったら、登録しよう…!!


ふと、パソコンの画面越しに裕貴と目が合った。


「…ん?」

「……」

フイッと目をそらされた。


…もしかして私、顔に出てたかな…?


気持ちを落ち着かせるためにトイレへ行く。


あぁ、だめ!ドキドキする!

恋愛ってこんなに楽しかったっけ?!

にやけちゃうよー!

仕事なんて手につかないよ!


ジタバタするだけして、

気持ちを落ち着かせて、

手洗い場に出た。


そこには裕貴がいた。


「お疲れ様です」

「…浮かれすぎじゃね?」


?!


「何よ、そんな言い方…でも、顔に出てた?」

「めちゃくちゃ出てた。スキップしてた。」

「え!うそ!」

「いや、それは冗談だけど」

裕貴も少し笑ってる。


「お前、そんな顔もするんだな」

フッと暖かい裕貴の視線。

なんでだろう。懐かしいな。

いつぶりだろう。こんな風に話すのって…


「ごめん、知り合いってこと秘密にするって話なのにさ。こんな風に話してたらマズイよな」


「あ、うん…でも、いいよ!知り合いでも!」

今の感じなら、別にいいと思った。

後腐れなく、裕貴が面倒じゃないなら……。


「…や、やっぱちゃんと隠すよ。

だって面倒なだけじゃん。…じゃ、行くわ」


……ズキッ

なんでだろう。

自分で言い出したのにね。

胸が痛い。


何もなかったみたいにしないでよ なんて

都合良すぎだね。ホント。


自分が嫌になる。


自立してると思ってたけど本当は

誰かにこんな風に切り離されるのが怖くて

甘えられないだけなんだよね。


こじらせてるなぁ、私。


こんなんで坂下さんと近づいたってきっと

坂下さんも面倒なだけだよ…。


ポケットのメモをきゅっと握って

自分のデスクに戻った。

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