第5話 番号

本当にびっくりした。


なんで裕貴がここにいるのよ…。



あの頃、裕貴も私も依存しない性格で、

とても楽だった。


私にしてみれば、

お互いに自立した付き合いは本当に初めてで

こんなにも自然でいられる付き合いがあるんだと

裕貴とは全て分かり合えていると思っていた。


裕貴にしてみたら、もっとキャピキャピした子のほうがよかったんだろうけど……。


1年ほど付き合ったあと、

卒業間近で決まった私の就職。


「よかったじゃん」

電話越しにそう言われてから

何度かやりとりはしたけれど

卒業式の後はもう

裕貴は既に帰ってしまっていた。


「お互い忙しくなると思うし、

連絡できなくても仕方ないよね」

最後のメールはそれだけ。

返信すらないまま。


それから忙しくなり

会うことはなかった。




髪が伸びて、垢抜けた彼。

私を見てびっくりしていた。

忘れるわけないのにね。


でも、トキメキのようなものはなくて。

同級生に久しぶりに会った。


私にはそれだけのこと。


あの頃もっと素直になれていたら、とか

タラレバ言ってても仕方ない!


前を向いてるんだ!私は!


己に言い聞かせ、仕事に打ち込んだ。




夕方になり、定時で事務所を出る。

使ったついでに手洗い場を軽く掃除。

これは入社してからの日課。


「お疲れ様です」

いつもの、坂下さん。


「お疲れ様です」

毎日この時間に会う。

ただ、お疲れ様と言い合うだけの一瞬。


坂下さんを意識するまでは

気づいていなかった些細な時間。


今日もすぐ帰るんだろうな…。


最後の水滴を拭い、汚れたペーパーをゴミ箱に入れて振り返ると、まだ坂下さんがいた。


「わぁっ!……びっくりした……」

「ははは!驚きすぎ」


「いつもすぐ帰るじゃないですか!」

「はい、これ。」


さっと差し出されたいつものミルクティー。


「わ!ありがとうございます!」

「出会ったら買うことに決めたから」

「へ?なんですか?そのルール」

「気にしないで」


坂下さんが私に会ったらお金使わせてしまうなら

もう会えなくなっちゃう…!


「や、でも…!」


「そういえば、上野さんは俺の番号知ってたっけ?」

「え、いや、知らないです」

「また登録しておいてね!よろしく」

「でも、何見て…?」

番号何かに載ってたっけ?


「書くもの持ってる?」

「ないです」

「じゃあまた書いて渡すよ」

「あ、はい……」


オツカレさまーと手を振って帰っていく坂下さん。


呆然とする私。



……なに?いまの?


私、坂下さんに番号登録してって言われた……!


このドキドキがどうか

誰にも聞こえていませんように!

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