第3話 ルール

上野綾菜


俺の目にうつる組織表にある名前。




なぜだ……!!


気まずいぞー!!!



やっとの思いで再就職した先に

元カノがいるなんて。



立花裕貴 29歳


前職の営業は飛び込みも多くて

先が見えない大手ブラック企業。


30歳を目前にして、転職を試みて

見えない未来よりも今を楽しみたいと

あえて中小企業での再就職。


風通しの良さに惹かれ

選んだこの会社。


なのに。

高校のときの元カノがいる。



友達からの延長でなんとなく付き合い、

やる事やって、卒業と同時に自然消滅。


大学に進んだ俺と、就職を選んだ彼女。


さっぱりしていたから後腐れもないとはいえ、

連絡すらとってないままの再開はキツい。


「じゃあこのあと、

順番に各部署まわって挨拶ねー」


七三分けがよく似合う

小柄なおっちゃん部長に連れられて

各部署をまわる。


営業部に綾菜の名前があったのに

まだ顔をあわせていない。


なんでだ……いつ会うんだ……どこで……。


次々と移動して

自己紹介してペコリと頭をさげる。


みんな自己紹介を返してくれるけど

俺はそれどころではない。



「よし、じゃあこのあと別工場に行くからね。

休憩してから駐車場においで」


「あ、はい」



中小企業とはいえ、工場はデカくて

まわるのに丸一日かかりそうだ。


そして意外と人に会わない。


休憩時間になれば

みんなワラワラと出てくるらしいけど。


トイレを済ませて手を洗う。

鏡を見て はーーーーっとため息が出る。


何やってんだよ俺は。

集中しろよ。初日だぞ。


さっきの自販機でコーヒーでも買うか…。


えーーと…どっちだったか…




キョロキョロしていると声をかけられる。


「お。新人サン?」


ガタイのいい爽やかなオトコ。


「はい!今日から営業部に所属になります。

立花です!よろしくお願いします!」


「爽やかだねぇ。坂下です。よろしく。」


ポンッと肩を叩かれる。


この会社の人はみんな人当たりがいいなぁ…。

転職してよかった…。


「あのっ」


「ん?」


「自販機ってどっちでしたっけ?」


「右に行って、左手側」


「ありがとうございます」


ぺこりと頭をさげると、すっと手をあげて笑顔。



いい人だ。



言われた通り、

右に行って左手側に自販機があった。


作業着の男性と事務服の女性がいる。


「…やば」


そこにいたのは、談笑する綾菜だった。



足が動かない俺に気付いたようで振り向く。


「……あ、何か買いますか?」


笑顔で前をあけてくれた。


……あれ?

気づいてない?


「あ、今日から配属の……立花、です。」


「はじめまして。上野です。」


にっこり。



あれー?気づかない?


綾菜を見てボーゼンとしていると

「俺は山本でーす」

隣にいた作業着のオトコがおどけてきた。


「あ、よろしくお願いします!」

慌てて会釈。


「上野ちゃん、可愛いっすよね!」

「え?!」


綾菜の肩を抱き寄せて、

めちゃくちゃ笑顔な山本さん。


「ちょっと山本さんっ!」

もー!と笑いながらスッと引き離す綾菜。


「お触り禁止ですよ!もー!」

綾菜に言われて、笑いながら去っていく山本さん。


「…びっくりしたぁ」


ふっと綾菜の声。

「…新入社員て裕貴だったの…」

「!!…無反応だから、気づいてないのかと…」

「あは、さすがに気づくよ。」


そう言って笑う綾菜。


なんだ、ちっとも気まずくない。

本当によかった……!


「今から別工場に行くの?」

「あ、うん。」

「部長待ってるよ、きっと。」

「あ、ほんとだ…」

「行ってらっしゃい」

「あ、うん…」

「ふふ。あ、は不要です!私のことは気にしないで。面倒だろうから、面識があるってことは秘密ね。じゃあね。」


事務所に戻っていく綾菜。


面識がある、ねぇ…。


まるで、ただの知り合いみたいな言い方に

少し突き放された気分だ。


そりゃそうだよな。


そういう事にしといたほうが、


絶対いいよな……。



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