第43話 街へ戻ろうラナンを連れて
帝宮の丘から帝都に向けて、馬車はまた向かう。
せっかくの生捕りのゴブリンクイーン、しかも変異種を素材にしてまで作った戦闘用オーバーマインド専用端末ラナンはニートだった。
ローザとミーナはあまりのガッカリ感に呆然としそうになるが、とりあえず気を取り直して修理に出していたゴブリンクイーン時代のラナンの装備一式を揃えるべく帝都ヴァチカニアに戻るのだ。
こんなのでも少しは戦闘の役に……剣ぐらいは振れるかもしれないじゃありませんか、素体は現在のミーナと同レベルの強さはあったわけだし。
「……あ、鳥が飛んでる。おーい! こっちだよ〜」
ラナンが手を振ってる相手はどう見ても飛龍だった。
全員でかかれば勝てなくはない、最悪狙撃砲のプラネットバスターで撃てばたぶん死ぬだろう。見た目を外宇宙基準で考えれば血と肉とその他諸々の雨が降るはずだ。
仮に見た目より強かったとして、致命傷は無理でも落ちてきたところを許されざる者で斬ればたぶん大丈夫ですわ。今のわたくしの剣技なら。
ローザも、転生の循環から無理矢理引き剥がす『輪廻破棄』と精神自体を自分のものとする『魂魄蚕食』という恐ろしい新魔法を展開している。捕まえてペットにしようと思っているようだ。
そんな極大魔法の負荷に、小汚いゴブリンシャーマンの杖が耐えられるかどうかは別としても。喧嘩を売ったのはしょうがないとして、転んでもタダでは起きたくないのん。
しかし、飛龍は馬車を視認するなり全力で飛び去っていく。馬車本体までが物騒なイバラのツタを伸ばし始め、飛行中の飛龍を捕食する体制を取り始めたからだ。
「振られちゃった。残念ですね〜」
ヨレヨレのジャージにスコップ姿のラナンは、むくれてバオバブの実と葉で満載の馬車で不貞寝し、程なく本格的なイビキをかきはじめた。
積み込ませるときは疲れたとか肉体労働に向いてないとか文句タラタラだったのに、器用にバオバブの実と葉に埋まって寝ている。
長い睫毛にきめ細かい肌、鼻筋が通った整った顔立ちの眠れるラナンは絵に描いたような透明感のある美青年に見える。
女性が男装するとき、よっぽど念入りに手入れしないと男性よりブサイクになる。そこを考えると、残念なイケメンに見えるのは、ある意味で驚異的な顔の整い方をしている証左と言っていい。
少なくとも顔はいいのはよく分かるだけに、残念ぶりもひとしおだ。
……ローザとミーナが帝都への道すがら、早くも新戦力の増強を考え始めたのは仕方がないと言えるだろう。
「ただいまー、にいにい!」
女っけが全くないムサ苦しさを極める門前の詰所に、ローザはオーバーマインドの計算ずくの声をかける。
ちなみに見分けが付かないので、衛士のことは全員にいにいと呼んでいる。
それでも、衛士たちには好評だ。
ミーナとは別系統とはいえ大変な美少女に、にいにいと呼ばれるのは悪い気がしない、と思いつつ照れすぎてニヤけたキモい顔が丸出しになっていた。
今日に限ってローザがあからさまに媚びたのは、厄介なニートを拾ってきたからだった。
「うーん……このむせ返るような芳しい臭さは……もしかして男?」
熟睡中だったはずの残念なイケメン風ニートは、エサを察知した猫のような身のこなしで飛び起き、馬車から飛び出す。
そもそも帝都の顔ということで、ある程度は顔の出来も考慮に入れて選ばれている衛士だが、それ以上に戦えないと話にならないという現実問題もある。
一瞬も視線を外さずにB級品のジャガイモのような顔の衛士へと距離を詰め、気付いた時にはその大きな手を包むように握りしめた。
「ひええ! な、なんだキサマ!」
衛兵は手を振り解こうとするも、衛兵と比べて体重が半分ぐらいしかないニートは巧みに無力化して離さない。
ミーナもローザも「給料を全部買い食いに使ってそうだと上司に思われてる人」と認識してる、ただでさえ高身長揃いの中でも目立って大柄な衛士がこうも簡単に手を組まれるとは思ってもいなかった。
「ふふ、逮捕しちゃったぞ!」
厄介なニートめ、紹介する前からやらかしてくれるとは。
「キミがいけないんだよ。青臭いオスの匂いが、ボクを狂わせる」
「おかしいのは元からじゃありませんの!」
ミーナは思わず大声を出す。
衛士隊は、逮捕することが仕事に近い。そんな衛士の中でも荒事に長けた衛士が、手も足も出ない事に衛士隊の隊長は警戒する。
「た、隊長! なんかコレ全然剥がせません!」
ジャガイモみたいな衛士は為す術もなく悲鳴に近い声をあげる。
「そこのおまえ、大人しく手を離すんだ」
「離すのラナン! ハウス! ハウスなの!」
ジャガイモ衛士にジワジワとへばり付くラナンと、全員で引き剥がそうとする騒動を聞きつけて、褌一丁の男が駆け寄ってくる。
「なんだなんだぁ?! スライムかゾンビにでもへばり付かれたのか? だらしねえな!」
「違うの! ラナンは人間なの!」
「衛士のお兄さん、ボクと一緒にいけない事をしようよ」
一応庇われてはいるラナンだが、本人は衛士のジャガイモのような顔の唇に吸い付く5センチ前だ。
「この裸一貫、人一倍いろんな奴を見てきたつもりだけどよ、緑色の人間って見たことねえぞ。居るのか?」
「考えるなんてあなたらしくないですわね、まずは引き剥がすのを手伝ってくださいませんこと?」
それもそうだ、と思った裸一貫は考えるのをやめ、胴の隙間に力任せに手を差し込み、ラナンを強引に引き剥がした。
「……なんとか引き剥がせたのなの」
引き剥がしたのは隊長と裸一貫とミーナではあるものの、同じハイヴのオーバーマインドの隷下にある個体が全く違う挙動を見せたことにローザは疲れ果てている。
「いったいどういう了見だ、ちびっ子姐さんにコジキ姫」
「そうだな、是非聞かせて貰おうか」
もともと説明しようと思っていたのに釈明する羽目になった、ローザとミーナは天に向かって嘆息した。
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