第42話 ラナンキュラス・レオニアン

「うーん、いい出来なの!」

ローザはバオバブの実で醸造した酒を舐める。

醸造時に枯れたバオバブの葉を発酵させて混ぜて、風味を深めたものだ。

総じて高級ないわゆる熟成酒だが、オーバーマインドの人類史アーカイブには1日で100年ものの熟成酒を醸造する技術が残っていた。


醸造をビアンキ総業に、流通を成金の商社に任せる。

まずはバオバブの熟成酒を神聖ヴァチカニア教会に奉納、同時にヴァチカニア帝政にも献納。ここしばらくの国家的損失で喉から手が出るほど外貨が欲しい帝政も教会も、すぐに外貨に替わる新開発の熟成酒は大歓迎だった。


「まさか、バオバブ酒がこんなに売れるなんて! さすがです姉様」

「えっへんなのなの!」

「バオバブの実からお酒が作れるなんて思いませんでしたわ!」

「普通は作れないの」

「……え?」

「だから、普通は作れないの。食物繊維が多すぎて」

「食物繊維ってまさか、分解にシロアリを使ったとか……」

「違うの、違うの」

「よかった、さすが姉様でもそこまではしませんでしたか」

「ミーナのゲロなの」


生木でも分解するミーナの腸内細菌から分離培養した酵素でバオバブの実の食物繊維を分解して云々……という講義が延々と続く。

ミーナは聞いているだけで吐きそうになる。

「美少女のゲロからできたお酒を飲めるなんて、ある意味貴族のご褒美に違いないの」

外宇宙生命体のローザがそう結論付けるからにはおそらく根拠があるはずだが、ミーナは聞かないことにした。


そんなことは全く知らない帝政と教会は、芳醇な桃のような濃厚な香りと上質の茶葉を思わせる渋みにほろ苦さを残す後口の飲み心地のバオバブ酒に、ヴァチカニアの名を冠する事を認めた。


ヴァチカニア全土の街道沿いの屯所や村々の礼拝所が1ヶ月で家一軒ぐらいの大きさに育ち、成長が止まるバオバブの木に置き換わる。

帝宮の丘のバオバブの木から落ちたバオバブの実を醸造する過程で出た副産物でもあるバオバブの種で、ジェルソミーナから採れた、木も分解する強力な酵素に晒されない限りは決して発芽しない。

ローザの酵素は強力すぎて、どんな頑丈な種でも粉砂糖並みに瞬時に溶けるので不採用だ。


そもそもこのバオバブは、元々宇宙海兵隊の拠点用に簡易テラリウムとして改造されたモノだ。

これらは実の中に食物繊維の代わりに乾燥した澱粉が溜まるよう改造されていた、本物の籠城出来る樹だった。


種の販売は、ヴァチカニア帝国限定。

無料で配ってもよかったが、一粒金貨一枚ポッキリで帝国政府と神聖教会を通じて販売した。

司祭か神父が厳密に測量し、埋めて地鎮祭を行うところまでセットで金貨一枚だから安い。司祭の地鎮が発芽とローザのオーバーマインド・ネットワークの登録の鍵にもなっている。

ついでに、登録は役人が執拗かつ厳密に行う。


役人と貴族の仕事は増えるが、それ以上に販売時に厳密に購入登録させるように進言したため、被災民救済と戸籍の整理に有用だった。

種を増やして密売して儲けようという輩もいたが、バオバブの木の家から取れる種はもう年に1メートルも育たず雪で枯れる、ただのバオバブだった。そもそも教会で売られている種は、神聖ヴァチカニア帝国のシンプル過ぎるほどシンプルな印章のキモである、偽造不能の特殊塗料で染められている。

風景がバオバブだらけになる中、ローザとミーナは帝宮の丘に向かう。

煮ても焼いても食べられ、2年は腐らない実が年中それなりに実る。さっそく屋台で流行しはじめたバオバブ料理を食べながら、帝宮の丘のバオバブへの小旅行を楽しんだ。


「どうなってますかしらね、ゴブリンクイーン」

「聞きたい? 聞きたい?」

「……いえ、遠慮しときますわ」


もう帝宮の丘への道を遮るものは何もなかった。

そもそもローザの帰還を遮るものなどない。帝宮の丘に到着したローザはバオバブに語りかけ、ミーナはハイヴのオーバーマインドと情報を交換する。


ほどなく、巨大バオバブにぽっかりと虚が開く。

そこには、色褪せたヤクザジャージ姿の改造済みゴブリンクイーンが眠っていた。

「コレは……物凄く見た目が変わりましたのね」

もともと濃い緑の肌は褪色し、明るい若草色となって森の妖精のようだ。癖のないエメラルドの髪の毛まで生えている。

一部の無駄もなかった筋肉も若干丸みを帯び、人形じみた顔も柔和さを感じさせる。

美少年のような中性的な美を感じさせる姿といえるだろう。


「意識はあるんですの?」

「オーバーマインドとしての意識ならあるけど、ゴブリンクイーンの意識も記憶もないの」

「名前は?」

「考えてないのん」

「うーん……ここで迷っても仕方ありませんわ。……そうね、ラナンキュラス・レオニアン、通称ラナンとかでいかがかしら?」

「意味は?」

「緑色の花」

「そのまんま過ぎるけど……ま、いっか!」


「オーバーマインド支援型有機インターフェイス『ラナン』アクティベートします」

ラナンは緑の瞳を炯炯と輝かせながら起きあがる。

「そういうのはいいから」

「あら、ノリが悪いね。やる気が無くなったからフテ寝していい?」

ヤンキージャージで二度寝するな、と文句を言いながらオーバーマインド支援型戦闘用ニート・ラナンを馬車に詰め込む。

こうしてローザとミーナはかつてゴブリンクイーンだったニートを保護し、ヴァチカニアへと帰っていった。

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