第40話 勅命未だ変わらず

「丘への出入りはしても構わないが、死んだり行方不明になった者は2階級『降格』のうえ不名誉除隊とする」


というザンパーノの勅命も虚しく、丘の上に生えた奇妙なキノコ雲のような巨大バオバブに、帝都の臣民も態度を決めかねていた帝都周辺のチンピラ達も、それと大差がない者達も浮き足立つ。


またもや帝宮の丘の本格調査が奏上されたが、

「別に行くのは止めてないんだから、行きたい人は好きなだけ行ってくるといいよ。ただし死んだら不名誉除隊で、恩給も出さない」

「なぜですか陛下!」

「死ぬのが分かってるから」

臣下が全員絶句する。


「……あのね、みんな育てるのにヴァチカニア帝国の血税がかかってるんだよ? でも絶対死ぬのが分かってるのに行くと言ってるんだ。これって税金の無駄遣いじゃない?」

「恐れながら、行ってみねば分からぬではありませぬか」

「いや、分かってるよ。丘の上に生えてるのはバオバブで、行けば絶対に死ぬ」


「陛下は生きて帰ってきたじゃないですか!」

「ああ、九死に一生を得たとしか言いようがないよね」

ザンパーノは、目の前の愚かな臣下を覗き込む。

「……そういえば、キミは帝宮の丘の布陣の時に見なかった顔だね?」

「領地におりましたので」

「いやあ、知らないというのは実に勇ましいね! 羨ましいことだよ」

ザンパーノは大っぴらに侮辱する。


陛下は惰弱になりあそばれた!

と暴言を吐きながら、軍議の場を後にしようとする地方領主にザンパーノは声をかける。

「生きて帰ってくれば別に問題はないんだよ? キミが調査団を率いて丘に行って、行きたいものが好きなだけ掘り返せばいいじゃないか」

つまり、方針は全く変わらない。


こうして、哀れな領民と見事にザンパーノの口車に乗せられ引くに引けなくなった領主、一部の冒険者に外国の傭兵や地方のヤクザ、山出しの山賊団が揃い踏みで帝宮の丘に向かった。

数を揃えて一気呵成にやれば、という算段だったのだろう。帝宮の丘のテリトリーの外だったのに『』に食料を盗まれたと騒いでいた半端者の一団だけが、事の成り行きに唖然としている。

まさか、行くという奴がこんなに居るとは!


しかし、今回はバオバブの根に繋がったハイヴまで見つかり、その中に入った者は少しではあるが生還し宝物を発見した。

どんどんと攻略が進み、半端者たちは判断を誤ったかと後悔し始めた丁度その頃、実質一直線の補給線が伸びきった瞬間を逃さずハイヴは入り口を閉ざした。


その頃ミーナは、帝宮の爆発で道場が潰れた剣の師範から、剣技とスコップ術を習いはじめる。

「みんな今ごろ帝宮の丘に行ってるが、こんなとこで剣のお稽古なんてしてる場合じゃないんじゃねえのかい?」

師範から剣の基本型を習いながら、ミーナは答える。

「ザンパーノ陛下も勅令を撤廃していません。きっと何かあるのでしょう」


ローザはビアンキ総業に戻り、ハチミツ屋さんを開いたり水族館のビオトープに餌を与え、夜にはゴブリンの魔導書を解析する。バオバブの花の蜜もしっかり集めている。

そして時々、二人はビオトープの水槽に入れるための珍しい魚介類を捕獲してくる。

ゴブリンクイーンは帝宮の丘のハイヴで改造し続けるがままだ。


そうこうしているうちにまた時間は流れ二ヶ月後。

帝宮の丘の再爆発が起き、日明けとともに皆が驚愕する羽目になった。

収支で言えば責任問題になる線ギリギリの犠牲を出しながらも別の入り口を見つけて数回目のハイヴ攻略作戦のさなか。

月明かりもない深夜に帝宮の丘そのものが蛆を噴いて爆発を起こし、万単位の人命とそれに付随する一切合切を呑み込んだ。

そして朝日は昇り、まるで何事もなかったかのように、帝宮の丘は元に戻っていた。

掘り起こした土や散乱する岩もない、巨大なバオバブが生えた丘だった。


そして待ち構えていたのは、

「丘への出入りはしても構わないが、死んだり行方不明になった者は2階級『降格』のうえ不名誉除隊とする」

という勅命だった。


「ありがとう蛮勇の領主くん。キミのおかげで大切なことが分かったよ」

ザンパーノは夜、帝宮の丘を見ながら言う。

「アレは賢くなっている」

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