第39話 キノコ雲のような何か

査定カウンター裏の解体作業所に、肩をすくめながら飄々とした雰囲気の青年が降りてきた。

日頃からこういう売り込みの冒険者も多い。

年中行事と言っても過言ではない。

しかし冒険者ギルドのギルドマスターは、それを見て掛け値なしに絶句する。

生きたまま捕獲されたゴブリンキング、しかもおそらく産んだのは人間であろう変異種だった。

体格はキングにしては小柄だが、余分な筋肉が一切ない均整が取れた身体だ。


「驚くのは、ここからですわ」

ミーナは意思のない肉体から、仮面と兜を外す。

そこにあったのは、ゾッとするほど美しい貌。欠片も意思がないのがさらに恐ろしい。

「……メスなのか?」

ギルドマスターの問いかけに黙って首肯する。

先祖返りしたうえに、雌のゴブリンキング。ミーナはそこに気付いていなかった。


「このゴブリンキング……クイーンの彼女が率いた大規模な集落は、帝都のほど近くにありましたわ」

それはゴブリンの右耳の数を見ただけで分かる。

「さらに、魚人や巨大ウナギが住む瘴気の沼もございました」

ミーナが簡略な地図を描いて示そうとするところに、ローザが入ってきた。

ローザは無言で周囲を見渡すと、大きな羊皮紙にサラサラと地図を書き込んでいく。帝都周辺だけでも舌を巻く精密さだ。そこに、必要な戦力を書き込んでゆく。


「コレが最新の帝都ヴァチカニアの近況なの」


ギルドマスターの危惧より、はるかに深刻度が高い。

想定以上に、モンスターの巣や独立武装勢力が存在するのだ。

「このゴブリンクイーンは、いわば現在空っぽのままの存在。戦うだけの生き人形。でも、長剣の扱いと盾には長けています。ちょっとした処置をすれば、きっと役に立ちますわ」

ギルドマスターは考える。ミーナとローザの姉妹には、何か策があるのだろう。


「分かった、任せよう。どうせギルドが預かっても絞首刑ぐらいにしか使い道がない、戦力になるならアンタらが連れてる方がいいだろう」

今度はローザが、ゴブリンキング改めクイーンを収納する。


「あと、腕のいい剣のトレーナーの募集をしたいです!」

初めてローザが子供っぽい声で言った。

「それは、個人的なものかな? それとも『ローゼス』元締めとしての依頼かい?」

「んー…とりあえずローザとミーナで」

「なら、潰れた道場の師範が手すきのはずだ。ギルドのオファーとして紹介しとくよ」


ここからローザとミーナは、大忙しの強行軍になった。

まずは水族館に行き僅かに生き残った魚人と大ウナギをビアンキの水槽に入れ、ビアンキの父と現場監督を含めてランチミーティング。


席を辞したその足で、一瞬の躊躇もなく成金の店の前の露店でスープを飲んで一服していた裸一貫のもとに向かい、魔法のかかってない宝飾品の処分を依頼する。

商談が終わると絶妙のタイミングで退席し、移動中の馬車の中でゴブリンクイーンの装備をすべて外してキャンプ用品店で修理を依頼。ついでにゴブリンクイーンに派手なジャージを着せておく。


思いのほか使い勝手のいいゲルマン民国制式採用の軍用多機能スコップも2本追加した。ローザとゴブリンクイーン用だ。

ゴブリンシャーマンの杖だけが武器では、なんとも心許なかった。そもそも手を瞬時にビームを撃てる大鋏に変形させることができるローザに武器なんて要るのか?

……という気はしなくもないが、口には出さない。


そうしてローザは忙しくビジネスパーソンをしているが、帝宮の丘にはキノコ雲のような何かが成長し続けている。

消える気配はまるでない。


望遠鏡で見れば、それは奇怪な形のバオバブだと分かる。

問題は、なぜ要塞ほどもある巨大なバオバブの木が数時間で生えたかということだ。

このサイズになるには通常数千年はかかるはず。しかし、ローザとミーナが撒いてきた汚物の山は、バオバブの成長を助けたのだ。


日暮れ前には馬車はビアンキ総業に戻り、ローザとミーナは屋根裏部屋に入って楽しそうになにかを話し込んでいる。

ビアンキの父母は、その声を聞きながらお土産に貰ったウナギの肝をつつきながら、冷えたエールを呷っていた。


まさかローザとミーナが即座に外出し、再び帝宮の丘に向かっているとは思ってもみなかった。視覚、熱、振動、魔力、臭気……と、ありとあらゆる迷彩をかけて街の真ん中から徒歩で帝宮の丘に向かっている。

真横を通るどころか、ローザはここぞとばかりにローゼス系列店のブラックリストに載っている迷惑客の股間に頭突きさえ食らわせていた。


ローザとミーナが悠々とその場から離れるまで、迷惑客は激痛に気付いていない。脂汗をダラダラ垂らしながら失禁しているのに、脳が認識できずに偉そうにしていた。

二人はその場を離れると、遠くに迷惑客の絶叫が聞こえる。全く誰からも誰何されないままローザとミーナは堂々と帝都の正門から出て行った。


ローザとミーナがバオバブの巨木の根元に到着したときには、その手にそれぞれバーベキューの刺さった串を握っていた。もちろん、帝都から出た時には持っていなかった。


盗賊にもなれずに丘の近辺でたむろしている連中が、焚き火を囲んでバーベキューをしていたのが原因だ。

串ごとバーベキューを持ち去られたのに気付かない連中がケンカを始めるのも見飽き、そのまま肉や野菜を食べながら来たのだ。

「やっぱり人間の食べ物は美味し〜ね!」

と、ローザは屋台連合の元締めの言葉とは到底思えない事を言っている。

その台詞を聞いて呆れているミーナは、気が付かないまま串ごと食べていた。

人間の食べ物が刺さってる串は美味しいと無意識に思っているのが原因だ。乾いて火が通った竹だから、食べやすかったのだから仕方がない。そう、仕方がないのですわ。


すっかりバーベキューを食べ切ったローザとミーナは、変異種のゴブリンクイーンをバオバブの木のウロに納める。

木の穴とはいえ、ちょっとした部屋より広いから馬鹿にできない。

ゴブリンクイーンを入れるべきだと判断したのは、他でもないバオバブの根と接続されたハイヴに巣食うオーバーマインド達だ。

外宇宙由来の技術で、ゴブリンクイーンもオーバーマインドと接続され、ジェルソミーナにも負けず劣らずの改造が施されるということだ。


こうしてローザとミーナの今日の忙しいスケジュールはひと段落つく。

二人は日暮れを待ってビアンキ総業へと帰途に就いたのだった。もちろん帰り道では、人相の悪いチキンヤロー達から保存食を全部貰っておみやげとしたのだった。

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