第37話 瘴気の沼の怪物たち
まさかゴブリンキングにああまで苦戦してしまったこと以外は、思いのほかゴブリンの拠点破壊はスムーズにいった。
当初の予定より若干遅れたものの、次の拠点に向かうべく馬車は進む。
「ミーナ、気付いてると思うけど、けど……」
「ええ、姉様。とてもイヤな臭いがします」
二人が遭遇戦を予測して武器を用意し始めたのを察したのか、即座に道傍から槍を持った亜人が襲いかかってくる。銀色にぬめる鱗に覆われた、魚人だった。
魚人の狙いはロバ。ミーナの対応は一瞬だけ間に合わない。
しかしロバは全く慌てず自ら一歩前進する。馬車を覆う独立した異界の生態系が、イバラの蔦を伸ばして近付いた魚人を捕まえ、そのまま咲き誇る花の中に取り込んだ。
ある意味メルへンチックな見た目のテラリウムの要塞と化した馬車から、見た目にそぐわないメキメキボリボリと雑な咀嚼音が響き、馬車は静まる。
「まあ、反撃力も割とあるから、大丈夫大丈夫」
「肉食系植物……ですわ、ね」
ジェルソミーナは魚人を追うべく、人型の敵を狩るのに適した狩猟用ナイフを手に、馬車を降りる。
短剣を手にした時に常に感じた違和感の正体を、
宇宙海兵が思ってたよりも、剣は難しいと。
ナイフと似たようでいて、しかし使い勝手が全く違う。
世界の理を超えた剣でも、シロウトが持てば木の枝にも劣る。
実際、
使った武器は、結局虫でしたわね。
またその虫たちが集めた地形データと魚人の位置情報を受けとり、ミーナは魚人の背後に近付きつつエラを押さえて心臓を突く。
魚人は呆気なく絶命した。
ローザから、支援オーバーマインドの情報が送られる。
・魚人はエラしか持っていない。
・陸上では体内に蓄積した酸素を使って活動する。
・地上での活動限界は10分前後。
・それ以上は酸欠で死ぬ。
ミーナも返信する。
・地上では背後からの攻撃が有効。
・見た目ほど硬くない。
・弱点はエラ、足もそうかもしれない。
・打撃も有効な可能性あり、棍棒を使う。
そして、付け加える
・組み付くと粘液で臭くなる。
ミーナは武器を棍棒に切り替え、背後から脚を殴る。棍棒は扱い易く、魚人の脚はとてつもなく脆い。放っておけば死ぬだろう。
ローザは、水場に戻れないように引力と斥力の合成魔法で魚人の群を足止めする。
地面に張り付いた魚人はピクリとも動けない。そこに、先端をピッケルにした軍用スコップに持ち替えたミーナが歩み寄る。
「魚に手足を生やした形だから、ここだと思いますわ」
エラとエラの間にピッケルの先端を振り下ろす。魚人は大きく一瞬痙攣したのち即死した。
「……ミーナ、よく知ってたの」
ミーナは知ってはいたが、ローザには教えていなかった。宇宙海兵は魚など見たことがないはずだし、ここに来てからも魚は料理になった物しか見たことがないはずだ。
そもそも人類は魚類を即死させる方法を発見するのに数万年はかかったはずだ。
なぜ分かった?
「なんとなくここかなって思いました。他の魚人にもとどめを刺しに行きましょう」
ミーナは見るものが見れば活け締めの要領で一撃で魚人を葬っていき、ローザは血を抜いた魚人の死体を回収していった。
魚人の群をあらかた片付けた二人は異臭の元、虫たちからの情報が極端に少ない場所に慎重に向かう。なにも分からない消失地点、そこは毒の瘴気が沸々と湧く沼だった。
「ミーナ、ガス浄化結界なの!」
「姉様、対魔法結界もお願いしますわ!」
ローザは周囲の魔力の高まりを感知し、とりあえずは厚い全属性防護結界を展開する。
「沼から来ますわ!」
ミーナの警告と同時に、魔法結界を超えて二人に衝撃が走る。
この減衰してすら全神経に激痛が走る感覚は、
「電気だよ、ミーナ!」
ローザは馬車に電力を逃し、ミーナはバトルスーツの自己結界を絶縁防護に切り替える。
「姉様、この沼をわたくしごと収納してくださいまし!」
瘴気の沼の中央には、ミーナを中心として帯電した魚……巨大ウナギの群が集まる。
生き物は収納できるのか? それよりも
『生きたままミーナを取り出せるのか?』
ローザには確証がない。一か八か、検証する。
ミーナが頭頂にピッケルを叩き込んだ巨大ウナギを収納し、馬車の近くに取り出してみる。
生物の収納は成功。ミーナにピッケルを叩き込まれたウナギは消失、離れた道の上に展開したそのウナギは、しぶとい生命力を見せつける。
ウナギは頭を落とされても簡単には死なないというが、その巨大ウナギも瀕死の状態だが生きてはいた!
ローザは毒の沼ごとミーナと巨大電気ウナギを収納し、即座にミーナだけを取り出す。
「なんとか……なりましたわ」
ミーナは瘴気ガスと高圧電流とミーナの異空間から脱出し、その場にへたり込もうとする。
「ミーナ……お疲れ様なの」
ローザはミーナの手を握り、頭を撫でる。
「まだ大丈夫ですわ、姉様」
ミーナはローザに笑いかける。
「じゃあローザ今から沼の跡地を焼くから、そこからどいてなの」
「え? お待ちくださいまし姉様! ……ってうおっ! 熱っ!」
ミーナが慌てて飛び退いたところを蒼白の炎にも勝るとも劣らない炎が容赦なく焦がし、分厚いガラスの窪地となった。
「ヒャッハー! 汚物は消毒なの〜!」
ローザはテンションが上がり、このような意味不明の言葉を吐きながら炎の魔法を連打している。
「すかしッ屁をこいてる最中だったら危うく松永久秀以来の汚い花火になるところでしたわ、このチンチクリン!」
ミーナはちょっとだけローザの火焔魔法に晒されたバトルスーツの尻を押さえながら宇宙海兵仕込みの口調で罵る。
「お姉ちゃんに向かって、なんて口が悪い子なのなの!? このデカっ尻!」
「まあ! わたくしが爆死しかけたのは誰のせいだの思ってるのかしら、この万年幼女!」
「語るに落ちたの、このデブっちょ! 栄養が頭に回ってないからオナラを自白して、妹ながらかわいそかわいそな頭! でもワガママなのは体脂肪率だけにしとくの!」
変な具合にテンションが上がった元侯爵家令嬢姉妹は、ひとしきり罵り合ったのち、馬車によって汚れが清められ、大人しく御者席に乗り込んだ。
結局不毛な姉妹の罵りで時間を浪費し、日暮れには帝都には間に合わなかった。馬には稗を、自分たちは折れた生木をスコップのノコギリ部分で切り取り夕ご飯とする。
ジェルソミーナは生の木を思い切ってボリボリと齧る。
口の中で、渋さと苦さが独特の不協和音を奏でる。なんの木かは分かりませんが、哺乳類が食べてもいい気がする風味じゃありませんわ。
「……生木って食べにくいの」
ローザは不満を述べる。
よく考えたら、この生木には動物の歯型はおろか虫一匹もついていなかった。
動物に食べられないように特殊な樹脂を含んでいたようだが、ローザとミーナには効かない。どうやらなんでも食べて大丈夫ではあるものの、残念ながら味覚は人間のままのようだ。
すっかり暗くなった森の中、馬車の荷台で疲れ果てた2人は今日の戦闘状況を共有・整理するべく手を繋いで眠った。
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