第36話 名もなきゴブリンの王

色とりどりの花束のような馬車は、半日もせずに目的地近くに到着する。

ゴブリンの集落がこんな帝都の近くにあるのは、余りにも無用心だ。しかも規模はかなり大きめで、こんな規模では冒険者ギルドも迂闊に手は出せないだろう。

事前の打ち合わせの通り、武器庫はミーナが、食糧庫はローザが襲撃を担当する。


ミーナはロープを結えた軍用スコップで壁を乗り越え、そのままスコップでゴブリンの喉を突く。もう一人のゴブリンは、ブラックジャックで後頭部を殴打、昏倒させる。

ゴブリンの衛兵の遺体ごと武器庫に入り、中に積み上げられた粗末な武器・防具もすべて他次元倉庫に放り込んだ。


いっぽうローザは武器らしい武器は持っていない。

しかし、全身が毒性と攻撃力が高い蟲の群で、ただ人間の格好をしているのがローザだ。

高所の櫓のゴブリンにはすでにハエが卵を産みつけ、村の入り口で暴れさせている。


そうしているうちに、ミーナ担当の武器庫が爆発炎上する。

今まで炎魔法は爆発させるのがメインだったが、今は引火。油のような燃料を組み込んでいる。武器屋で買った肥料を使って即席爆弾まで作っていた。


ローザは爆発の混乱の中、ハイキングにでも来たかのように楽しそうに食糧庫に近づく。

攻撃力が高いスズメバチに撹乱させ、隙を突いてハエに卵を産みつけさせる。しぶとい中級以上のゴブリンには、足許を泥にして沈み込ませ、固める。

弓兵、シャーマンにはスズメバチの毒のスプレーを撒き散らし、風の魔法で浴びせもした。

直接吸い込んだり目に入ったゴブリンは眼、鼻、口から血を吹き出し悶絶している。

その横をスキップしながらローザは通り抜け、食料倉庫の前に立った。


今だ、この瞬間を逃すわけにはいかないと腹を括ったゴブリンは、倉庫から飛び出してローザの首を黒曜石の手斧で叩き落とそうとする。

「ふーん、こんなのでワタシの首って切れるのかな? かな?」

ゴブリンの目に映るのは、黒曜石の斧を掴んだ手を蟹の鋏で掴む人間の子供。

ゴブリンの視界がどんどんと低くなる。その目に映るのは、そのままくずおれる首のないゴブリンの身体。

首を落とされた。自分は死ぬが、人間の子供も死ぬ。

もう一人のゴブリンが奇襲をかけるからだ。ほら、本命の方が姿を現す。全身を消炭に変えて。


……え?

という間も無く、全身が燃え尽きたゴブリンが食糧庫の前に前に蹴り出された。

首を落とされたゴブリンの意識はここで途絶えたが、ローザは遠慮なく食糧庫を漁る。

異臭と腐臭が入り混じっている。人間としては食べられないが、外宇宙生命体としては充分食べられるものまでローザ自身の異空間に放り込んでゆく。


ローザが食糧庫の外に出る頃には、ミーナがまともに使った事がないショートソードでゴブリンを叩き割り、引力と斥力で綱糸を操って切り刻んでいた。

ローザはたまに寄ってくるゴブリンをスズメバチで仕留めながら、ゴブリンの遺体を回収する。

最後の一匹を仕留め、ショートソードを遺体から引き抜いたミーナが疲労困憊で座り込むと、地面の底から衝撃が届く。

ミーナの仕掛けた非常口の肥料地雷が直撃したのか、念入りに隠された出口が土埃をあげて露わになる。


そこから出てきたのは、身の丈で一般的なものの倍ほどのゴブリン。身に纏う装備でも、格の違いを感じさせる。

「姉様……アレを使ってもよろしいかしら」

ミーナはいま背筋に感じている脅威、ではない違和感を抱いている。


おかしい、この規模の集落となるにしては、ゴブリンキングが小さすぎる。

「うーん、使っていいよ」

ミーナは短剣を収納し、虚空から剣を抜き放つ。


触れることも干渉することも叶わないはずの、重量だけの存在・暗黒物質を鍛え上げられた剣『許されざる物』をミーナは抜刀する。

キングとしては破格の小ささの最後のゴブリンも、同じ疑問を抱えつつ盾を構えて抜刀する。

「なぜ小さいのに、強い」

と。


体躯も、キングとしては小さいが通常のゴブリンとは違い筋骨隆々としている。その体躯から繰り出される剣は、何かの流派に属する剣技のそれだ。

ゴブリンキングの剣戟を縫い、ひらひらと致命打を躱すミーナはさながら真紅の毒蛇。

風にそよぐようにミーナの繰り出す『許されざる物』を受け流す、この顔が覆われたゴブリンキングも紅蓮の百合ということだ。


腕に受けつつ脛を切る凄絶な斬撃が交錯する死合いが十合、二十合と続き、膠着が続く。

しかし、偶然雲に隠れていた太陽の光が、ゴブリンキングの眼に刺さった。

「行け! 虫たち!」

ミーナのランドセルから、陽光に目が眩んだ刹那ゴブリンキングの仮面の内側にスズメバチが侵入する。

仮面を外してのたうち回るゴブリンキングの耳に蠅が侵入していく。

蠅は耳の奥で爆発し、脳を破壊しながら蛆が神経を乗っ取りゴブリンキングを支配していった。


ミーナは残敵を殲滅する掃討戦でスリングと鋼糸を使い、ローザは酸、毒、神経操作と大規模な冷凍魔法を試射する。

対生物を想定しなければ、上達しないからだ。二人はそれぞれの収納に略奪した物資を放り込み、ゴブリンキングを装備ごと回収し、ゴブリンの集落に火を放って立ち去ることにする。


ゴブリンキングの顔は、ほぼ人間だった。

薄汚れているとは言え、かなり美形な部類に入る。ゴブリンには基本的に

たまにメスが産まれたり、母体となった母親の種族に限りなく近いものも生まれる。


しかしゴブリンは常に他のメスの霊長類から生まれるのだ。繁殖用に捕まった女性も全くいなかった。

ならばなぜ、オークやエルフのようにのか?

霊長類が一度ゴブリンを産むと、

根本的な謎は解明されていない。


母親となった女性に想いを馳せてみた。いったいゴブリンとは何がどうしてこうなったのか、脳の破壊と同時に再生が行われたので、もう知る術はない。

ただ、やってることはローザと基本的に同じだ、と思い知る。


スズメバチの巣と蠅を少し残して、ミーナとローザは元は集落だったものを後にした。

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