第34話 ローザのお店やさんの店員さん
真っ赤な人影が、スイングドアを押し開く。
男たちは口笛を吹く。体型が思い切り強調されたパッツンパッツンのバトルスーツのせいだ……あと5キロも太ったのも無関係じゃないはずですわ。
ミーナは依頼書の束を見ながら、男たちの視線を意識的に無視する。
帝都ヴァチカニアには、交易の動脈となるブリタニア王国への海路とゲルマン民国への街道と、宿場町や衛士の屯所が有る。
その間のどこかに、どうも大小の盗賊の拠点が存在するらしい。
ゴブリンの集落もあるようだ。
独立して動くユニーク種という変異体もいるようだ。大体こういう奴は単体で行動するか群を統率し、大きく強く狡猾だ。
冒険者ギルドの情報に飛び交う蜂の情報を新たに加えつつ反芻しながら、ミーナは考える。
『ミーナ、もう行っちゃうの?』
頭に響くのは、ローザの思念。今はもう蝶がなくてもこのぐらいは出来るようだ。
『いえ、まだ考え中ですわ。冒険者ギルドの本部で武器のメンテナンス待ちです』
『なら近くだよね、ビアンキ総業の前で屋台開いてるから手伝って』
襲撃する拠点の目星は立った、拠点には現在手持ちの最速の虫・トンボを飛ばしている。
『了解です』
『ミーナの事だから罠でも張ろうと思ってるかもだけど、虫と新魔法のテストのほうを重視してよね? ローザも新兵器の量産に成功したから! から!』
ヴァチカニアお店やさん屋台共同組合のちびっ子姐さんをやりながら、どこに虫を量産する暇があったんだと呆れつつ、ビアンキ総業に向かった。
ローザのハチミツやさんは、小じんまりしながらも刺激的な配色のロバの馬車で開店営業中だった。
「ミーナ、こっちこっち〜」
ローザは真っ赤なソフトレザーの人影に手を振る。
「何を手伝えばいいのかしら?」
「ウェイトレスさん!」
「具体的には?」
「んーと、配膳兼客寄せ!」
そんなものか、と思いつつミーナはビアンキ母から結局貰った青のゴスロリ服に着替えて、ウェイトレスの仕事をこなしていく。
仕事はミーナが来てからむしろ客が増え、ローザの作業量が減ったようには見えない。
むしろミーナを触ろうとしたり声をかけてくる男たちもいるが、紙一重で躱しつつ伸びた腕の神経節に親指を押し込む。
男達は「いでッ!」「あだッ!」「つうッ!」と情けない声をあげる。
「ミーナにエッチなことしようとしたら、メッ! だからね!」
今のは、滅多に無かった宇宙海兵時代の、対人類用の制圧術だ。
「そこに尻があったら触りたくなるじゃんローザ」
その通りですわ、とミーナは思ったが、口には出さない。
「じゃあね、次からはミツバチがお話を聞くって。いいよね!」
それだけは勘弁、とガラの悪い男達は退散した。
茜色に空も焼け始め、本日分のハチミツ屋さんの材料は品切れ。蜂も巣穴に戻ってローザのハチミツ屋さんも閉店する。
「そろそろ武器のメンテナンスも終わったかな。じゃあ、わたくしは受け取りに向かいますわ」
「ローザも行く!」
やり取りの時間もないし、馬車で行ったほうが早い。ミーナはローザを引き連れて店に向かう。
「あれ? 冒険者ギルドじゃないの?」
「キャンプ用品店でしてよ」
ふーん、そうなんだ……と言いながらローザは店内を物色する。テント、下敷き、携帯食料や浄水器なんかのキャンプ用品と食器等も買い込んで行く。
馬車に積むのでちょっと大振りな買い物となった。
「ずいぶん大きなお子さんがいらっしゃったんですね」
キャンプ用品店の男はちょっと残念そうな口調だ。
「いえ、姉妹ですわ」
まさか姉様がミーナの子供と間違えられるとは思っていなかった。
「そうですか、大きくなったら美人になりそうですね!」
残念ながら姉様はこれ以上成長しない。
「それでは、修理した道具一式となります。妹さんもご一緒の会計でよろしいですか?」
ローザはヨロヨロとしながらも購入する物品を会計カウンターに出す。
「ううん、ローザの分はローザが払う! それより表の馬車に積んで下さいな!」
その間にミーナは研ぎ直された暗器の類を受け取り、バトルスーツの各所に収納していく。
店員はその間に馬車に荷物を積み込むべく店外にキャンプ用品を運び出す。
「馬車、馬車っと……え? えぇ〜!」
店の表から店員の驚愕の声が響く。
目の前にあるのは様々な色で彩られた、一個の独立した生態系を構築しているテラリウムの馬車。こんな物を作れるのは、噂レベルですら一人しか該当しない。
帝宮崩落後、急速に孤児をまとめ上げて露店組合を結成した、屋台のハチミツやさん。
その店主は、辣腕を振るい既存の店舗と共存しながら店を切り盛りしてるという、通称『ちびっ子姐さん』。確か、ローザといったはず。
衛士にも成金にもビアンキ総業にも影響力があり、恫喝が全く効かない私兵を数え切れないほど配下に置いている。恫喝が一切効かない私兵、それは
どういうわけかローゼス系列店から、みかじめ料を取ろうとすると必ずこの蜂が現れ、そのまま粘っていると何故か帝宮の丘に向かうことになる。
さしずめ、ミーナはローザの分かりやすい用心棒というところだろう。
「もう時間も遅いし、今日は帰ろっか?」
ローザはミーナに笑いかける。
「お買い上げ、ありがとうございました〜」
ミーナとローザは、花咲くテラリウムの移動式生態圏
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