第28話 ミーナ、冒険者になります!

人通りの多いスイングドアの前。

この一ヶ月、ミーナも何もしなかった訳ではない。


姉様に言われた通り、周辺の野犬や狼、熊や亜人(ゴブリンやオーガ、ミノタウロスやサイクロプス)や亜人みたいなモノ(吸血鬼や山賊団や暗殺教団)に正面から乗り込んで全滅させたりしていた。

単純に、この世界の武器のテストと五行の魔法と六目の摂理の練習だ。


オーバーマインドは火水木金土の五行の魔法と光闇時空引斥の六目の摂理の力を解析し、行使できるようになった。

様々な局面での利用法もシミュレーション済みだ。

その実証実験に、ミーナは付き合っている。


悪戯……他の誰も倒さずに首領だけ幹部から盗んだナイフで無音で滅多切りに……したり、奴隷の食べ物以外のスプーンにローザ姉様のハエの卵を塗り込んでおいたり、そういうこともやった。


……でも飽きるんだな。

一人でやってると。

ともあれノルマは果たした。暗殺教団の馬を立てて助けた奴隷や生贄を馬車に詰め、衛士の詰め所に引き渡す。

……あんまり儲かりませんわね。


「誘拐された臣民は責任を持って預かる。生きてる犯罪者もだ」

まあ、生きてる犯罪者は姉様の蛆に操られて自力で丘に行ったから、そんなものは居ませんわ。

「お肉はどうすればよろしいのかしら?」

「ギルドに持っていけば引き取ってくれるよ」

「まあギルドですか、わたくしの姉妹のやってるようなモノですか?」

「どんなギルドだよ」

「ヴァチカニアお店やさん屋台共同組合、通称ローゼスですわ」


「……え? いま破竹の勢いで勢力拡大してる、『ちびっ子姐さん』のとこ?」

「おかしいですね、うちの姉妹はただのハチミツやさんのはずですが」

「そのハチミツ屋のローザが、ちびっ子姐さんだよ!」

ミーナは急ぎ、ローザのもとに向かう。


「いらっしゃいませ〜ってミーナじゃない。おかえり、おかえり!」

「ただいま。あー疲れましたわ、あのおじさん用ドリンク2本くださらないかしら?」

「毎度あり! どーぞどーぞ!」

ローザはおじさん用ドリンク2本をおじさんに渡す。

「ただ働きさせた妹からお金取るんですの? 誰のせいでこんなに疲れてると思ってるんですか!」

「オーバーマインド……かな?」

ローザはとぼけてみせる。


「つまりローザのせいじゃありませんか」

「怒ったら、美人さんが台無し。解体屋さんと肉屋さんと毛皮屋さんに行って行って!」

「収穫よりめんどくさいですわ〜。そこら辺をもっとこう、なんかいい感じでお任せできる冒険者ギルドみたいなの、ありませんの?」

ミーナは駄々をこねる。


「あるよ?」

「どこですの、それ」

「冒険者ギルド・帝都ヴァチカニア本部」

「……」

「そこの角左折して見える、大きな建物。お昼に屋台村を使ってくれる人もいるのん」

ミーナはおじさんドリンク2本を飲み干し、挨拶もそこそこに冒険者ギルドへと向かって行く。

「一本は奢りでいいよ……って一本分にも足りてない!」


そして、ミーナはスイングドアを開いた、という事だ。

「冒険者ギルドはこちらかしら?」

「ええ、こちらですよ」

「冒険者になりたいのですが」

「では、こちらの登録用紙にご記入ください」

手書き? ミーナは手続きを行うが、恐ろしいほどの書類の煩雑さだ。

「あの……魔力とかアピールしたり剣技を披露したり、水晶玉で能力を測ったりとかは……」

昔、それをやったら水晶玉が壊れて話題になった事が、あったはず。

「いや、履歴書があればそれでいいんです。そこに仕事募集の冊子があるんでそこから選んでください」

海兵になるより前の話だった。


「職業登録って無いですかしら。戦士とか魔法使いとか」

「いいえ、仕事の成果のレポートが要るだけです」

「え? 冒険者なんですのよね」

「魔法使いでも剣士でも、手段はいいんです。結果がすべてですね。私だって受付嬢のクエスト中の冒険者ですから」

「あの〜、猪とか熊とかゴブリンとか、もう倒してきたんですが」

「じゃあ、そこの査定カウンターに置いてください」

「全身あるんですが」

と言いつつイノシシを取り出す。

「うわ、デカ! むしろアイテムボックス魔法使えるんですね。行商人のほうが儲かりますよ、きっと。査定さーん」

受付嬢、むしろ受付嬢のクエスト遂行中の冒険者が鈴を鳴らすと、

「はいはーい」

と言いながら、けっこう美人のお姉さんが登場する。血まみれのエプロン姿で。ミーナは若干引いていると、査定のお姉さんは微笑む。


「……ああ、猟はするけど捌くのは苦手系? ウチの旦那みたい! へー、女にもいるんだ。

大きなお世話だけど、嫁入り前に克服しとかないと苦労するよ?」

だって死んだ生き物に刃を立てるのって怖いしかわいそうなんですもの。生きてる悪党を切り刻むのは平気ですけどね、とミーナは思った。


「まあ、アイテムボックス持ちの人はだいたいそうだもんね。色々持ってそうだから、裏で査定するよ、ついてきて。え〜と……」

「……ミーナ、そうミーナです」

元侯爵令嬢のジェルソミーナも流石に、冒険者ギルド登録で覚悟を決めた。

「分かったよ、ミーナ。行こうか」


「はい、じゃあここに獲物を置いて」

ミーナは言われるままに熊、狼、猪等々を置く。

査定のお姉さんは、傷痕をじっくり検分する。

「傷跡は綺麗だ、と。見たことない倒し方してるね、火属性魔法?」

まだこの世界では解明されてない六目の摂理の力……物理法則を組み合わせた、オーバーマインド謹製の新魔法だ。

「ええ、火魔法をアレンジしてみました」

「自分でカスタマイズしたの?」

「いえ、近所のおじさんが言った通り実験しましたの」

5歳児つかまえて誰がおじさんだ、と海兵は思った。


「……で、亜人もやったと聞いてるけど……出し

んさい?」

冒険者ミーナは溜息とともにゴブリンとオーガの死体を積み上げる。

ミノタウロスやサイクロプスは、正直期待してた。

その横に、山賊、暗殺教団、吸血鬼の首級の山を奥ゆかしくちんまりと置いてみた。


全部で50個ほどの首は全然ちんまりなどしてなかったが。

「どうすんのゴブリンとオーガの全身揃った死体の山……ほんとは人型は左耳だけでいいんだ。処分費が報酬超えるかも……まあ首は衛士に検分してもらうよ?」


助けた奴隷や生贄や人質の証言により、首にはキチンと報酬が出た。ゴブリンやオーガは、帝国の研究機関が買い取ってはくれたものの、買い叩かれてスズメの涙ほどの報奨金が出ただけ。

むしろ熊や猪のほうが結局高いって、なんとなく納得いきませんわ。

無事に検分が終わり、冒険者ギルドを出られたのは日もとっぷりと暮れてからだった。ミーナは受付嬢クエスト中の冒険者から、帰り際にギルドカードを受け取る。

カードじゃなくて木札を割った、割符だった。

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