第25話 ローゼスのちびっ子姐さん

ミーナはローザの指示のもと、的確に青写真をまとめ上げる。

というか、ビアンキの父が図面を描いている。

ついでに、ビアンキの母が自分で思いついたように錯覚もさせる。

ビアンキの父に、夢が広がりすぎた母をたしなめさせ、現実の振り幅を自己規定させる。


これらを全部、ミーナが気付かれないように操り、そのミーナを腹話術の人形として操ってるのがローザとその一部であるオーバーマインドである。

ビアンキの両親は、まんまと自分で思い付いたと

ビアンキの父が盛り上がる女性陣をなだめつつ、自分で描いたと思い込んでいる図面。

これですら、人間と長きに渡って戦い得たドクトリンに沿った、だ。


「できた! この計画は我ながらいい出来だ!」

「ビアンキもきっと喜ぶわよね!」

の両親は快哉かいさいを挙げる。すっかり自分たちで考えたと信じ切っているためだ。

ローザとミーナは、ニコニコ笑いながら念話する。

『隠せないし、隠す気もないなら、向こうが目を背けるまで見せつけて宣伝しまくるのが一番なんだよ』

『問題は、水中に展示するものが全部消えることですわね、姉様』

『そこは大丈夫。まかせてミーナ』


一ヶ月後、なぜかビアンキの実家に住み着き娘同然に可愛がられている謎の姉妹に、使用人や従業員もいい加減慣れてきた。

家が無くなったから、という分かるような分からないような理由で、ビアンキの友人としか名乗らない。

妹は妹で、この世界では初の独立した人工生態系・ビオトープを表面にあしらった移動式生態圏要塞・ロバの馬車で神出鬼没の新鮮ハチミツのお店やさんをやっている。

若者と肉体労働者に大人気の携帯焼肉もたまに売ってる。


ローザのほうは、お店屋さんのあと、たまに食べられないと明らかに分かってる市場の売れ残りも買って帰る。

帰ったあとは、買ってきた魚などをビアンキの水槽にドンドン投入する。

仮説の範囲だったが、やはり大抵の生き物は、死なない限りは消えない。

短期間で死んでいたのは、おそらく神聖魔力と呼ばれるが原因だ。

神聖魔力が効きにくい生き物、しぶとく生き汚い生き物、死ぬより先に増える生き物を中心に可能な限り美しく、なのなの。

 

なんの肉かは決して語られないが、ローザは聞かれるとナイショだけど、と前置きした上で塩漬けの牛馬や豚の内臓肉と答えまくる。レシピまで大開帳してる。

最初はローザの周辺は浮浪児の運営する携帯焼肉屋台だらけになった。


そこでローザは考える。

金は僅かしか取らないし、文無しでも経営の方法は教えてくれる。学校が崩壊して失業した教師や飯屋の店主も、雇っている。

いわゆるフランチャイズ形式で、水族館と同じ方法で思い付かせた。


ただし、今度は成金のほうだった

人類世界にはフランチャイズという、食糧と軍票を兌換する商店の制度があった。ローザのオーバーマインドは、そのシステムを利用したのだ。

成金はヴァチカニアの商工業界に正式に加入し、ヤクザを完全解体。とは言え、もう生きてるヤクザはほとんど居ない。なぜならみんな帝宮の丘を荒らしに行って行方不明になったからだ。


必要悪を司法と立法と行政に分割し、スッキリと帝政と衛士と冒険者ギルドにと、暴力を外注に回す。

スリム化できた人員は使えるヤツは適材適所に。

本当に使えないヤツには

「丘にだけは行くんじゃねえぞ」

の言葉の後ろに、でかいシノギの匂いをさせながら忠告する。

言葉ひとつでみんな消える。


表稼業一本に絞って大正解だ。

成金はみかじめ料を廃止し携帯焼肉屋の屋台のフランチャイズを作成。

ただ、成金ほど嗅覚が鋭くても一人ではここまでが限界で、外宇宙出身の昆虫型生命体のローザの手助けが必要になった。


基礎講習さえ受ければ、あとは裸一貫の面接を通れば、そこらで売ってる材料より安い調理直前の食材を買うだけで露店フランチャイズ「ローゼス」系列店を名乗れる。

習っている間は無料で衣食住も保証される。屋台は敢えて一から組み立てさせられる。後でちょっとぐらいなら自分でなんでもできるようにという至れり尽くせりぶり。

浮浪児にとってチンピラやコソ泥なんて、今や丘に行くぐらいバカという意味を指す。

なるだけ損という事だ。


ローゼスは表向きはハチミツやさんのローザの店の系列店だが、後ろ立てにはビアンキの商会と衛士隊、元ヤクザの成金からは裸一貫が付いている。

浮浪児でも食えるぐらいの稼ぎにはなる、だからフランチャイズなのだ。

屋台のメニューの制約の都合上、ハチミツジュースやカツレツパイと言った食品をこちらでも再現する。業態は流行り廃れに即対応出来る。

だから屋台を自分でカスタマイズ出来るようになるまで叩き込んでいる。


今日も今日とてローザは周辺の屋台と一緒にお店屋さんを開く。屋台の元浮浪児たちは通りかるローザとその馬車に

「おはよう、ローザ姐さん!」

「おはようございます元締!」

と口々に声をかける。

「おはようなのー、みんなもがんばろうなのなのー!」

ローザはニコニコと微笑む。


「おう! 今日はここで仕事か? ちびっ子姐さん」

ふんどし一丁の男は陽気に声をかける。

「今日は携帯焼肉ねえのかい?」

「あれは本当は兵士や冒険者の人の戦場用の保存食だから、いつも食べたらものすごく太るの。あればかり食べちゃダメダメなのなの」

「なんでえ、つまんねーな」

裸一貫は拗ねる。幼女のお店やさんの前で。


「裸一貫のアニキ、こっちにはモツ煮があるよ!」

「煮汁に漬ける饅頭ありますよ」

「こっちはゲルマンソーセージのホットドッグだ! ウチはソーセージの茹で汁のスープも付けるぜ一貫の旦那!」

「デザートには揚げパンいかがですか?」

本来ならば浮浪児になり、奴隷に身を落とすかヤクザ者になるしか無かった子供たち、小さな商売人を見ながら裸一貫は立ち上がり答えた。


「おうよ! 全部一個づつくれ」

物陰に隠れてヴァチカニア進出を企てていた田舎のヤクザは、あのフンドシ男はえらく強そうだが、侠客一人組みしやすいと判断した。

自分がアリ、ゴキブリ、蝶により街に入るよりまえから監視され、にはまだ気付いてなかった。


いっぽう成金のほうも忙しい。

いつの間にか『ビアンキ総業』に改名したビアンキの実家が着実に大事業を請け負う間、今までにない事業を築いていたわけだ。


隣国のゲルマン民国では、ソーセージにしても余る豚を代表とした家畜の内臓から出る大量の廃棄肉を、神聖ヴァチカニア帝国が買ってくれるということで大喜びだ。

ただし新興の貿易商の成金が、凄まじい量の取り引きと引き換えに適正価格を求める。山ほど買うから安くしろ、とハッキリ言い切った。


ダメ押しに、

「曲がりなりにも人間が食うモノだ、下処理が甘かったら1年、腐ったモノを納品してきたら3年は全取引停止にさせてもらいまさあ。

ただ、傷んでると申告しての納品なら4分の1、腐ってても10分の1の値段で引き取らせて貰いますよってに、よろしゅうお願いします」

ヤクザ丸出しだが、流暢な民国語だ。

別におかしな事は何も言ってない、むしろゴミがカネになるというのは大歓迎だった。


今日も成金は、仕事帰りにローザのハチミツ屋さんのオリジナル栄養ドリンクを一杯引っ掛ける。

「おかえり! 今回のお仕事は長かったからお疲れ様なの」

「ああ。ただいま、ちびっ子姐さん。一本おくれ」

ローザはよく冷えた栄養ドリンクを渡す。


ちょっとだけ値が張るし量が少ないし、売ってる物の中ではそんなに美味しいモノでもない。

だから疲れたおじさんしか買わない。

主成分が糖分と各種ビタミンという、明日を生きる元気が欲しいおじさんにはよく売れている。

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