第23話 ローザのハチミツ浸透作戦
「まったく、なんで帝都に戻って来たんだい」
「一人だけですが、姉妹が見つかりました。服と寝具だけでも、買ってあげたくて……」
ミーナは事実だけを抽出して答える。
「そうよ、こんな小さな子まで連れて……お嬢ちゃんお名前は?」
「ローザです、よろしくお願いします、なの」
ローザは年齢のことなどおくびにもださずに快活に応える。
「まあ、まあまあいいのよ! 遠慮しないでちょうだい。子供の頃のビアンキのでよければ、いくらでもどうぞ」
ローザは、ビアンキのお洋服を着てみる。
うん、甘ロリというやつだ。ビアンキの趣味の方向性は、ある意味一切ブレてない。さすがだと言えるだろう。
「お例と言っては足りないけど蓋のできるビンをくーださいな、くださいな」
ローザは童謡を歌うようにビアンキの母に声をかける。
「はい、持ってきたけどどうするの?」
ローザがくるくる取手を回すと、ローザの細工で馬車の屋根に設られた箱が回転して中の蜂の巣から雫が落ち、瓶に集まる。程々に集まった時点でビアンキの母にプレゼント。
「まだサラサラでお花の香りがたっぷりの、新鮮ハチミツです。ワイルドアップルのハチミツはおいしくて好きです。大好きです」
「まあ! そんな貴重品を、いいのかしら?」
別にいいだろう、衛士の詰所でも一見硬い食パンだが絶対違う何かを配ってたぐらいだ。
人類世界で言うとことのミンチ肉にナッツを混ぜたものを二度焼きしたもので、ナッツ以外は地球産でもこの世界由来のものとも考えられないが、ハチミツをつけるとこの世界の人間の口にはとても風味がいいらしい。
胃もたれがすると一部老人や女性には受けなかったが、持ち歩ける焼肉として一般的に大人気だった。兵士や若い男には特に。
「おうちを借りたいけど、なにもないから。この馬車でハチミツやさんになれないかな? かな?」
ローザは意気込んでみせる。
「遠くに行くと危険だから、まずはウチの前で。でも、子供は大人に甘えることも覚えなきゃ! そうだわウチに住みなさいな」
「でも、ご好意に甘えてばかりじゃ」
「じゃあ店の前でハチミツやさんを開くときは、銅銭10枚、売り上げが金貨1枚を超えるほど多かった時は、それ以上の売り上げの5パーセントを土地代に貰う。それでどうだろ?」
まあ、商売メインではなく
「こういう移動販売車で、あちこち現れますよ」
「蜂が増えるけど変じゃないですよ」
「衛士と商人と裸一貫の組にコネがありますよ」
と、友好的に分からせる目的もある。
しかもこんなちびっ子のママゴトみたいな商いからショボいショバ代たかったりするのは「恥ずかしい」とも思わせる。
ちなみに恥知らずには、蠅が産みつけた卵のコントロールで、帝宮が見える丘に行ってもらう事になる。女子供でも全く躊躇がないのがローザがローザたるゆえんだ。
その間に、帝都の地形や人口動態は虫を統括するオーバーマインドが、ミクロとマクロの視点からすべて把握している。
そんなローザが目をつけていたのが、馬車という機動力を活かしての何箇所かの移動販売。その中でも有力候補がビアンキの商店の前だった。
お裾分けにむかった向かいの成金の組事務所には誰もいなかった。
その間、移動するテラリウムと化した馬車は甘酸っぱい香りを放ち、小瓶に詰めた新鮮なハチミツは物珍しさから飛ぶように売れる。
復旧工事の帝都臣民にも手軽で手頃な二度焼き干し肉はよく売れた。みんな死んだ家畜を材料にしているから安いと思っているが、公式にはナイショ。ただ、
夕方になってやっと戻った成金に、裸一貫の分も含めて小瓶を渡す。ローザのハチミツをプレゼントし、ニコニコしながら成金を見る。
ヤクザも表稼業一本でこんなに忙しいのに、欲を掻いて帝宮の丘の埋蔵物資を探し戦場稼ぎに行き、誰も帰ってきてない。
結果成金は表稼業をほぼ独占していた。
「ローザのハチミツは、新鮮なうちにミルクやジュースに混ぜて飲むと元気いっぱい、いっぱい!」
「ほう、あんがとよ妹ちゃん。大人のジュースに混ぜても大丈夫なのかね?」
「分かんないの」
「じゃあおじちゃんが試してくるぜ。裸一貫も労ってやらなきゃな。見かけたらオヤジが探してたって、伝えておくんない」
成金はそのまま繁華街へと向かい、その後ローザは通りかかった裸一貫への伝言を伝え、初日のハチミツ屋さんを閉店した。
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